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自白剤①

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 パメラとファニイが酒を好むことをアンゼリカは事前の調査で把握していた。
 そんな彼女達にこの国では珍しい種類のワインを提供すれば飛びつくであろうことは考えるまでもない。

「まあ……なんて芳醇な香りなのかしら! それにとても甘くて美味ですわ……」

「このシュワッとした喉越しもいいですわね……! 甘いのに爽やかで、いくらでも飲めてしまいそうです」

 つい先ほどまで詰め寄られていたというのに、今は二人共ワインの味に夢中になっている。

「気に入ってもらえてよかったです。人によっては、この口内を泡を厭うのですよ。ですが、どうやらお二人は大丈夫なようですね?」

「ええ、もちろん! むしろこの刺激が喉に心地よいです」

「ふふ、よかった。このところ気が滅入るような曇天の日が続きましたので……少しでも気分が上昇するようにとご用意しましたの。こちらは当家所有の農園で採れた白ブドウから造られたのですよ」

 グリフォン公爵家はワイナリーを保有しており、領地で採れたブドウをそのままワイン製造に用いている。栽培から製造、販売まで一貫してグリフォン公爵家で行えるので、希少なスパークリングワインも手に入るのだ。ちなみにスパークリングワインは賓客への贈答等なので市場には出回っていない。

 それを伝えるとパメラとファニイは「そんな希少なワインを口にできるなんて!」と益々喜んだ。

「だからこんな希少なワインが手に入るのですね。! !」

 今、パメラの口からアンゼリカとグリフォン公爵家を貶めるとんでもない発言が飛び出た。

 パメラは自分の発言が信じられず、慌てて口に手を当て「わ、わたし……いま、何を……」と慌てふためく。ファニイも友人の発言が信じられず、驚愕した顔でパメラを見た。

「ふふ……成金ですか。パメラ様は当家をそのように思っていらっしゃったのね?」

 侮辱を受けたのに怒ることもせず、アンゼリカは場違いなほど柔らかい笑みを浮かべる。それは慈愛に満ち溢れた聖母のような笑みで、パメラは逆にそれを恐ろしく感じていた。

「ち、ちがうんです、アンゼリカ様……! 今のは何かの間違いで……!!」

 涙を浮かべてパメラは必死に弁明しようとした。
 確かに心の中ではアンゼリカのことを“成金”だと嘲笑ってはいたが、それを口に出してはいけないことくらい分かっている。

───なんで!? 口に出すつもりなんてなかったのに、どうして……!!

 失言をしたパメラを見てファニイは焦った。
 何とかアンゼリカの気を逸らそうと話題を替えようとするが、彼女もまた

「あの! アンゼリカ様、今日のお召し物とても素敵ですね!? 高い外国産のシルクを使ったドレスなんて着ちゃって、安い布しか使えない私達への?」

 パメラに続いてファニイまでもがアンゼリカを貶める発言をかましてしまった。

 何かがおかしい、どうしてこんな発言をしてしまうのか。
 失言というレベルの話ではない。まるで心の言葉がそのまま出てきてしまったかのような……。

 とにかく弁明せねばと思い、二人は「違うんです」「誤解です」と訴えかけながら、縋るような視線をアンゼリカへと向けた。

そうして気づいてしまう。自分を侮辱されてさぞ怒っているであろう彼女がニンマリと嗤っていることに……。

「あらあら……お二人共わたくしのことを?」

「いえ! そんな滅相も無い!! 違うんです、これは何かの間違いで……!」

「弁明する必要などなくってよ。……不思議でしょう? どうして心の内に秘めていた事が口を衝いて出てきてしまったのか……」

 涙目でぶんぶんと必死に否定する二人だが、ふとパメラの方が違和感に気づく。

「……アンゼリカ様、私達にいったい何をしたのですか……?」

 侮辱を受けているのにここまで余裕の表情で笑っているのはおかしい。
 しかも先ほどの含みのある発言。
 あきらかに何かをしたと考える方が自然だ。

「あら、気づいたのね? 貴女はなかなか勘が優れているわ。そうよ、先ほどのお酒にわたくし特製のを仕込んでおいたの」

「は? 自白剤…………?」

 二人の耳は確かに“自白剤”という単語を聞き取ったのに、頭の理解が追い付かない。
 まさか茶会でそんなものを盛られるなんて……というショックで頭が理解を拒む。
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