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二人と一人のお茶会④
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アンゼリカが招かれざる客人に高価で希少な茶と菓子を振る舞ったことには理由がある。
それは相手を調子に乗らせ、ある事を聞き出す為だ。
ミラージュの件を調査していくうちにパメラとファニイが自分の利益しか考えない人間だということが分かった。
そういった人間は特別扱いに弱い傾向がある。
国王ですら口に出来ない希少品を提供することで、彼女達は勝手に自分がアンゼリカに国王よりも優遇されているのだと勘違いした。そんなことは一言もいっていないというのに。
そして案の定調子に乗った。特に親しくもないアンゼリカ相手に、筆頭公爵家のミラージュの悪口を聞かせるという愚行に走るほどに。
「ミラージュ様のお邸では普通のお茶とお菓子しか出ませんでしたわ」
「そうそう、特に珍しくもない焼き菓子と紅茶でしたわ。気が利かないうえに面白みのない性格がそういった部分にも影響するのよね」
かなり図々しい発言をしていることに、気が大きくなった二人は気づかない。
アンゼリカも表面上は笑顔で悪口を聞いているが、心の中は冷めきっていた。
「そんな面白みのない性格だから殿下にも飽きられてしまうのよ」
「ええ、本当に! あんな品性の欠片もない庶子に婚約者の心を奪われてしまうなんて情けないわ。それもこれもミラージュ様に魅力がないからよ!」
それは貴女達も同じでは?
心の中でそう思ったアンゼリカだが、それを口には出さなかった。
ここで話の流れを切ってしまえば、自分が知りたいこと(・)が聞けないから。
「ミラージュ様がもっとしっかりなさっていたら、あんな下品な女に殿下もケビンもアインス様も惹かれずに済んだのよ!」
「本当にそうだわ! 庶子の男爵令嬢くらいさっさと遠ざけてしまえばよかったのに……ぐだぐだと話し合いで済まそうとするなんて信じられない!」
「そうよ! なにが『殿下が望むのなら、あの方を愛妾にするよう手配します』よ! いい子ぶっちゃってさ……虫唾が走るわ!」
先程まで淑女らしい口調で話していたのに、興奮のせいかそれが乱れている。
きっとこれが彼女達の本来の話し方なのだろう。とてもじゃないが格上公爵令嬢に対する言葉遣いではない。
それに、不作法を咎めるよりも、もっと気になる発言があった。
「愛妾に……? ミラージュ様は、ご自分の婚約者の不貞相手を愛妾として召し上げようとなさったのですか?」
驚いたようにそう尋ねるアンゼリカにファニイは“我が意を得たり”とばかりに喜んだ。
「そう! そうなんですよ! 有り得ないですよね? だって婚約者の浮気相手ですよ! 私だったら絶対に無理! それなのに『殿下が望むなら~』とか言っちゃって……馬鹿みたい!」
「そんなことをすれば私達の婚約者だって好き放題あの女に会えちゃうじゃないですか? そんなことも分からないなんてどうかしているわ! そういうところが気が利かないのよ……!」
怒る二人を尻目にアンゼリカは「ミラージュ様らしい」と考えた。
自分だったら無駄な金がかかるので、愛妾になどしない。
それで王太子が傷つこうが絶望しようが別に構わないし、気にも留めない。
だが、どこまでも優しいミラージュは、王太子の幸せを第一に考えたのだろう。
夫を共有することは自身を傷つけかねないのに、それでも相手の為に我慢する道を選んだ。
自分ではおよそ考えもつかない発想に、アンゼリカはただ感心した。
どこまでも真っすぐで、高潔で、優しい。
自分には無い、美しく清い心根。ミラージュのそういった部分をアンゼリカは好んでいる。
(まあ、それでも彼女達の言い分も分からなくもないけれどね)
異常ではあるが、彼女達の婚約者が王太子の恋人に懸想をしているのは事実だ。
主君の恋人に懸想という発想自体が信じられないうえに、彼等はそれを隠しもしていないそうだ。
目の前の二人にはミラージュのような自己犠牲の精神は欠片も備わっていないように思える。そんな彼女達にとって、恋敵である男爵令嬢が王宮に居座り続けるのは耐えられないだろう。
「……それをミラージュ様には申し上げたのですか? 愛妾になどしたら側近達がいつでも会えてしまう、と」
「……言いました。でも、ミラージュ様は『殿下以外の殿方に会わぬよう、きちんと監視役をつけます』と言って、考え直してはくれませんでした……」
「なるほど、監視役を。だったら気を揉む必要なんてなかったのでは?」
愛妾にかかる費用は全てミラージュ持ちとなる。
つまりは監視役もサラマンドラ家が用意した人材であるはずだ。
それならば雇い主であるミラージュの言う事を聞くだろうから、彼女が「王太子以外の男と接触をさせぬよう」と命じればそれを守るはず。
「そんなの甘いですよ! あの女が殿下に『お友達に会えないなんておかしい!』とでも泣きつけば、アインス達を会わせるようにしてしまいます!」
「そうです! 殿下はあの女にだけ甘いし、あの女の言う事は何でも聞いてしまうのです!」
二人にそう言われ、アンゼリカは数回会っただけの王太子の顔を思い出す。
確かに、あの短絡的思考の男ならばそういう阿呆な真似も平気でしそうだ。
「ふむ、つまり貴女達はその男爵令嬢を愛妾として召し抱えることに絶対反対だったと」
「そうなんです! なのに、ミラージュ様は聞き入れてくれないし……! あの分からず屋!」
「ははあ……ミラージュ様は貴女達に反対されても男爵令嬢を殿下の愛妾にしようとしたのね。なるほど……、でも、そうなると一つおかしな点があるわね?」
彼女達の発言が事実だとすると、一つ世間で事実とされていることと矛盾が生じてくる。
そしてそれはアンゼリカが彼女達より聞き出したかった事でもあった。
それは相手を調子に乗らせ、ある事を聞き出す為だ。
ミラージュの件を調査していくうちにパメラとファニイが自分の利益しか考えない人間だということが分かった。
そういった人間は特別扱いに弱い傾向がある。
国王ですら口に出来ない希少品を提供することで、彼女達は勝手に自分がアンゼリカに国王よりも優遇されているのだと勘違いした。そんなことは一言もいっていないというのに。
そして案の定調子に乗った。特に親しくもないアンゼリカ相手に、筆頭公爵家のミラージュの悪口を聞かせるという愚行に走るほどに。
「ミラージュ様のお邸では普通のお茶とお菓子しか出ませんでしたわ」
「そうそう、特に珍しくもない焼き菓子と紅茶でしたわ。気が利かないうえに面白みのない性格がそういった部分にも影響するのよね」
かなり図々しい発言をしていることに、気が大きくなった二人は気づかない。
アンゼリカも表面上は笑顔で悪口を聞いているが、心の中は冷めきっていた。
「そんな面白みのない性格だから殿下にも飽きられてしまうのよ」
「ええ、本当に! あんな品性の欠片もない庶子に婚約者の心を奪われてしまうなんて情けないわ。それもこれもミラージュ様に魅力がないからよ!」
それは貴女達も同じでは?
心の中でそう思ったアンゼリカだが、それを口には出さなかった。
ここで話の流れを切ってしまえば、自分が知りたいこと(・)が聞けないから。
「ミラージュ様がもっとしっかりなさっていたら、あんな下品な女に殿下もケビンもアインス様も惹かれずに済んだのよ!」
「本当にそうだわ! 庶子の男爵令嬢くらいさっさと遠ざけてしまえばよかったのに……ぐだぐだと話し合いで済まそうとするなんて信じられない!」
「そうよ! なにが『殿下が望むのなら、あの方を愛妾にするよう手配します』よ! いい子ぶっちゃってさ……虫唾が走るわ!」
先程まで淑女らしい口調で話していたのに、興奮のせいかそれが乱れている。
きっとこれが彼女達の本来の話し方なのだろう。とてもじゃないが格上公爵令嬢に対する言葉遣いではない。
それに、不作法を咎めるよりも、もっと気になる発言があった。
「愛妾に……? ミラージュ様は、ご自分の婚約者の不貞相手を愛妾として召し上げようとなさったのですか?」
驚いたようにそう尋ねるアンゼリカにファニイは“我が意を得たり”とばかりに喜んだ。
「そう! そうなんですよ! 有り得ないですよね? だって婚約者の浮気相手ですよ! 私だったら絶対に無理! それなのに『殿下が望むなら~』とか言っちゃって……馬鹿みたい!」
「そんなことをすれば私達の婚約者だって好き放題あの女に会えちゃうじゃないですか? そんなことも分からないなんてどうかしているわ! そういうところが気が利かないのよ……!」
怒る二人を尻目にアンゼリカは「ミラージュ様らしい」と考えた。
自分だったら無駄な金がかかるので、愛妾になどしない。
それで王太子が傷つこうが絶望しようが別に構わないし、気にも留めない。
だが、どこまでも優しいミラージュは、王太子の幸せを第一に考えたのだろう。
夫を共有することは自身を傷つけかねないのに、それでも相手の為に我慢する道を選んだ。
自分ではおよそ考えもつかない発想に、アンゼリカはただ感心した。
どこまでも真っすぐで、高潔で、優しい。
自分には無い、美しく清い心根。ミラージュのそういった部分をアンゼリカは好んでいる。
(まあ、それでも彼女達の言い分も分からなくもないけれどね)
異常ではあるが、彼女達の婚約者が王太子の恋人に懸想をしているのは事実だ。
主君の恋人に懸想という発想自体が信じられないうえに、彼等はそれを隠しもしていないそうだ。
目の前の二人にはミラージュのような自己犠牲の精神は欠片も備わっていないように思える。そんな彼女達にとって、恋敵である男爵令嬢が王宮に居座り続けるのは耐えられないだろう。
「……それをミラージュ様には申し上げたのですか? 愛妾になどしたら側近達がいつでも会えてしまう、と」
「……言いました。でも、ミラージュ様は『殿下以外の殿方に会わぬよう、きちんと監視役をつけます』と言って、考え直してはくれませんでした……」
「なるほど、監視役を。だったら気を揉む必要なんてなかったのでは?」
愛妾にかかる費用は全てミラージュ持ちとなる。
つまりは監視役もサラマンドラ家が用意した人材であるはずだ。
それならば雇い主であるミラージュの言う事を聞くだろうから、彼女が「王太子以外の男と接触をさせぬよう」と命じればそれを守るはず。
「そんなの甘いですよ! あの女が殿下に『お友達に会えないなんておかしい!』とでも泣きつけば、アインス達を会わせるようにしてしまいます!」
「そうです! 殿下はあの女にだけ甘いし、あの女の言う事は何でも聞いてしまうのです!」
二人にそう言われ、アンゼリカは数回会っただけの王太子の顔を思い出す。
確かに、あの短絡的思考の男ならばそういう阿呆な真似も平気でしそうだ。
「ふむ、つまり貴女達はその男爵令嬢を愛妾として召し抱えることに絶対反対だったと」
「そうなんです! なのに、ミラージュ様は聞き入れてくれないし……! あの分からず屋!」
「ははあ……ミラージュ様は貴女達に反対されても男爵令嬢を殿下の愛妾にしようとしたのね。なるほど……、でも、そうなると一つおかしな点があるわね?」
彼女達の発言が事実だとすると、一つ世間で事実とされていることと矛盾が生じてくる。
そしてそれはアンゼリカが彼女達より聞き出したかった事でもあった。
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