王妃となったアンゼリカ

わらびもち

文字の大きさ
上 下
35 / 109

二人と一人のお茶会①

しおりを挟む
「つまり、貴女方はミラージュ様を見下していたということですわね?」 

 冷たい海の底を思わせるような青い瞳が床に転がる二人の貴族令嬢を見下ろしていた。その瞳は見る者の心を凍らせてしまいそうなほど冷え切っている。

「お優しいミラージュ様なら、何をしても、何を言ってもかまわないと……。たとえ濡れ衣を着せようと、どうだっていいとお思いで? ……まったく、身の程を知りなさい。思い違いも甚だしいわ」

 床に転がっている貴族令嬢のうちの一人、子爵令嬢ファニイは心の底から怯えた目を青い瞳の少女に向けた。
 
 まるで人形のように端正な顔立ちの少女は、道端のゴミでも見るような目でファニイともう一人の少女を見ている。

「……お客様にお着替えを」

 もう、
 青い瞳の少女はつまらなそうな声で近くにいる侍女に着替えを命じた。

 侍女達は慣れた手つきでファニイともう一人の少女を数人がかりで担架に乗せる。
 その際に濡れたドレスの裾から雫が垂れて嫌そうに顔をしかめた。

「淑女がをするなんて、恥ずかしいこと……」

 クスクスと、青い瞳の少女の侍女達が嗤う様子にファニイは羞恥で顔を真っ赤に染める。文句でも言ってやりたいが、あまりの恥ずかしさに言葉が出てこない。

 ファニイは運ばれた状態で周囲を見渡し、自分が連れてきた侍女を探す。
 すると、青い顔でオロオロしているだけの侍女の姿が目に入った。

(オロオロしていないで助けなさいよ! 役立たずっ……!!)

 羞恥のあまり自分の侍女を涙目で睨みつけるファニイだが、侍女に罪はない。
 ファニイの侍女は行儀見習いで来ているだけの貴族令嬢だ。これで幼い頃からずっとファニイに仕えている忠義心の篤い侍女であるならともかく、ただ箔をつけるためだけに仕えているのだ。忠義心なんてものは砂粒ほどしかない。
 
 そんな彼女が主人を目にして上手く動けるわけもなく、その家の侍女達に介助されているのをただ見ているだけであった。

 それはもう一人の少女、伯爵令嬢パメラの侍女もそうだった。
 
 むしろ彼女はでいきなり粗相をした主人に汚いものを見るような目を向けている。

 ────よりにもよって、王太子の婚約者であるでこんな粗相を……!!

 声は発していないはずなのに、そう聞こえてきそうなほどパメラの侍女は憤っていた。というのも、この後彼女は当主であるパメラの父親にこの件を説明する義務があるからだ。

 この国では未婚の貴族令嬢につく専属侍女は、令嬢の行動全てを邸の当主に説明する義務がある。
 
 それは純潔を絶対とする貴族令嬢が婚前によからぬことをしていないかを証明するためであった。

 プライバシーも何もあったものではないが、純潔を証明する目的で皆がしていることである。そうなると当然この件についても話さないといけないわけで、侍女は今から胃が痛くなる思いだった。純潔は失っていないが、尊厳は失っている。これを当主にどう説明したものかと、主人の心配よりもそちらの方が気になってしまう。

 ドレスの裾を濡らしたまま担架で運ばれる二人の令嬢。
 それをただ見ているだけの侍女二人。
 そして黙々と床の掃除を始めるその邸の下女達。

 実に混沌とした状況の中、一人だけ優雅にお茶を飲んでいる令嬢がいた。
 彼女はグリフォン公爵令嬢アンゼリカ、この邸の主人の娘である。

 この異様といえる事態が何故起きたのか。
 それは今から遡ること数時間前のこと、アンゼリカの邸にパメラとファニイが先触れ無しで訪れたことが発端であった────。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。

金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。 前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう? 私の願い通り滅びたのだろうか? 前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。 緩い世界観の緩いお話しです。 ご都合主義です。 *タイトル変更しました。すみません。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

【完結】貴方の傍に幸せがないのなら

なか
恋愛
「みすぼらしいな……」  戦地に向かった騎士でもある夫––ルーベル。  彼の帰りを待ち続けた私––ナディアだが、帰還した彼が発した言葉はその一言だった。  彼を支えるために、寝る間も惜しんで働き続けた三年。  望むままに支援金を送って、自らの生活さえ切り崩してでも支えてきたのは……また彼に会うためだったのに。  なのに、なのに貴方は……私を遠ざけるだけではなく。  妻帯者でありながら、この王国の姫と逢瀬を交わし、彼女を愛していた。  そこにはもう、私の居場所はない。  なら、それならば。  貴方の傍に幸せがないのなら、私の選択はただ一つだ。        ◇◇◇◇◇◇  設定ゆるめです。  よろしければ、読んでくださると嬉しいです。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

処理中です...