王妃となったアンゼリカ

わらびもち

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騎士団長の息子と宰相の息子②

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「パメラは。もちろん僕との婚約も解消となった。本来であればルルナに夢中になりパメラを放置していた僕が有責で婚約破棄されてもおかしくなかったんだが……パメラは格上相手にとんだ無礼を働いてな。それが原因で家から勘当という形で除籍され修道院行きとなった。なので、僕と彼女は致し方ないという理由で婚約解消となったんだよ」

 パメラとはアインスの婚約者の名前だ。
 ケビンの婚約者同様、アインスの婚約者までもが修道院へ。しかも同時期なんて流石におかしい。
 
「……一体、何があったんだ? ファニイもお前の婚約者も修道院行きなんて……偶然にしても同じ時期なんておかしくないか?」

 アインスは一瞬言いにくそうに視線を逸らし、やがて覚悟を決めたかのように真っすぐケビンの方を向く。

「……パメラも、君の婚約者も、グリフォン公爵令嬢の前で粗相をしてしまったそうだよ」

「粗相だと……? 何か失敗でもしたのか?」

 察しの悪いケビンにアインスは本日何度目かのため息をついた。
 どうして伝わらないのだろうと、察する能力の低い友人に失望を感じざるを得ない。

「……違うよ。排泄をいう意味だ。つまり、パメラもファニイ嬢もグリフォン公爵令嬢の前で漏らしてしまったということだよ」

「……は!? 漏らした……? ……嘘だろう?」

 ケビンはアインスの発言が到底信じられなかった。
 幼児ならまだしも、とっくに成人済みの健康な若い女性が人前で漏らすなど通常では考えられないことだ。

「ファニイがそんな……幼児みたいな真似を人前で!? 嘘だ、そんな……」

「……信じられないだろうが本当の話だ。実際その場面をパメラの侍女やファニイ嬢の侍女が目撃している。もちろんグリフォン公爵令嬢と、彼女の侍女も」

「いや、そもそもどうして二人が揃ってグリフォン公爵令嬢の前で漏らすんだ? どんな状況でそんなことになったんだよ!?」

「……二人は揃ってグリフォン公爵令嬢の邸に訪問したそうだよ。そして三人でお茶をしている最中に二人は粗相をしてしまったそうだ」

「茶席で漏らした……? 何だよ、それ……? それにどうしてその三人が茶会をしているんだ? ファニイはグリフォン公爵令嬢と接点なんか無かったはずだぞ?」

「ほら、殿下の婚約者がサラマンドラ嬢だった頃もさ、パメラとファニイ嬢はよくサラマンドラ家を訪れていたじゃないか? 二人はグリフォン家を訪れたそうだよ」

「ん……? なんかよく分からないが……つまりファニイ達は面識もないのにグリフォン家に押し掛けたってことであっているか?」
 
 アインスが頷き肯定の意を示す。それを見た後、ケビンは不思議そうに首を傾げた。

「あれ……? 確か面識のない相手の邸に訪れるのはマナー違反じゃなかったか? 俺も前に似たようなことをやらかしたら父上に大目玉を食らったぞ?」

「その通りだよ、ケビン。パメラもファニイ嬢も格上の公爵令嬢相手にとんでもないマナー違反をしでかしたんだ。どうしてそんなことをしたのか理由は分からない。分かっているのは、彼女達が格上相手にマナー違反をした挙句に粗相をしたという事実だけだ」

 頭が混乱して上手く考えられない。
 面識のない相手の邸を訪問して粗相を働くなんていう真似はがさつな自分ですらしないと、ケビンは元婚約者の行為に軽蔑を感じた。

「なんだよ……それ。なんでファニイはそんなことをしたんだよ!? ……意味が分からない」

「……それは僕もそう思ったよ。でもこれで分かっただろう? 婚約が解消された理由が……。この件は、パメラの両親は半狂乱で娘を修道院へと押し込めたよ。だから僕はパメラと話すことも出来なかった……」

 ふと、どうして社交界に知れ渡っているのか疑問に思ったケビンだが、元婚約者がそんなことをしたというショックのせいでその考えはすぐに消え失せてしまった。

「ファニイが言っていたのはそういうことだったのか……。あいつ、俺が会いに行っても決して部屋から出てくれなくてさ。結局顔も見ないまま修道院に行ってしまったんだ」

「それはそうだろう。人前でそんな事をしてしまったら僕だって恥ずかしくて誰にも会いたくなくなる。ましてや、好きな男にはなおさらだろう。傍から見てファニイ嬢はお前のことを好きだったように見えたよ」

 ここでケビンはふと思った。確かファニイはグリフォン公爵令嬢に、ルルナへの嫌がらせの真相を話してしまったと言っていたはず。でも、アインスの話を聞く限りだと、何かをやらかしたのはファニイの方だ。それに粗相をするような状況下で真相を話すのは何だかおかしい。

 何かが変だ、と思い始めたケビンだがアインスが発言した内容の衝撃によりその疑問が吹き飛んでしまった。

「なあ、ケビン、君は殿下がこのまま国王に即位すると思うか? 僕は……多分無理だと思うよ」

「なっ……!? 何を言っているアインス! 殿下は陛下の唯一の王子だぞ!? 殿下以外が王になるなど有り得ないだろう?」

 ケビンはエドワード以外が王になるなど有り得ないと本気で思っていた。
 そんな浅はかな友人に失望し、アインスは「君は本当に馬鹿だね……」と呟く。

「あのさ、ケビン。君は王位継承権という言葉を知っているか? エドワード殿下以外にも王になる権利を有する人はいるんだぞ?」

「それは知っている! だが、陛下もエドワード殿下に跡を継いで欲しいと仰っていたじゃないか!? 次代を決めるのは国王陛下なのだから……ご子息のエドワード殿下以外が王になるなど有り得ない!」

「国王陛下はそうでも、グリフォン家はどうだろう……。少なくともグリフォン公爵令嬢は“エドワード殿下は王に相応しくない”と言っているそうだ」

「なんだと!? たかが公爵令嬢が何と不遜な……!」

「不遜……ね。そうかな? 僕もそう思うよ……。エドワード殿下は未来の王として相応しくない」

 アインスのとんでもない不敬な発言にケビンは一瞬にして顔を真っ赤に染めた。
 そのままアインスの胸倉を掴み凄むが、彼は少しも動じない。
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