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騎士団長の息子、ケビン④
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「聞いてくれファニイ! 俺もあの女のせいでこんな酷い怪我を負う羽目になった! お前や俺を傷つけた悪女をこのまま許していいのか?」
共に復讐しようという流れにすればファニイを懐柔できるかもしれない、とケビンはほくそ笑んだ。確かにアンゼリカはケビンにとって憎むべき相手だ。ファニイを懐柔し、砦行きを阻止すればもしかしてまた王太子の側近として返り咲けるかもしれない。
そうすれば王太子の権力でアンゼリカを断罪できるかもしれない、などと甘いことを考えていた。そんなケビンにファニイの冷めた声がかかる。
「ああ、アンタ、グリフォン公爵令嬢に暴力振るおうとしたんだって? だったら自業自得よ。あんな恐ろしい女に危害を加えて、無事で済むわけないじゃない。むしろそれだけで済んだことに感謝しなさいよ」
「感謝だと!? こんな重傷を負わされた挙句、側近を辞職させられ砦に行かされるのに?」
「重傷や砦行きはともかくとして、側近の辞職は当たり前よ。殿下がご執心の女に懸想するような男に側近が務まるわけないじゃない。むしろ今まで側近でいられたことが不思議で仕方ないわ。殿下も自分の恋人に横恋慕している男をよく傍に置いていたわよね」
「なっ……! 違う! 横恋慕などしていない! 俺はただ殿下の隣にいるルルナを支えたいと……」
「……それがおかしいのよ。婚約者でもない女が殿下の傍に侍ることを許したら駄目じゃない、普通。私は何度もそう忠告したのに、アンタはちっとも聞きやしないんだもの……」
「婚約者じゃないから何だというんだ! 殿下はルルナのことを一番愛しているんだぞ!? 主君の真実の愛を成就させようとして何が悪い!」
「何が悪いか分かっていない時点で終わっているわ、アンタ。だいたい、婚約者がいる男に擦り寄るような尻軽女を愛している時点で殿下も終わっているわね」
「尻軽女だと!? 貴様! ルルナを悪く言うことは許さないぞ!」
「アンタ……さっき私を一番愛しているだの好きだの言っていたくせに、やっぱりあの尻軽男爵令嬢の方が大切なんじゃないの! 嘘つき! 大っ嫌い! もう二度と顔も見たくない!」
ケビンは「しまった」と咄嗟に口を手でふさいだ。
今はルルナのことよりもファニイを口説き落とすことの方が大切なのに、うっかりと本音が出てしまった。
「いや、ちが……話を聞いてくれ! 俺が一番好きなのは昔からファニイ一人だけで……」
「どこの馬鹿がそんな見え透いた嘘を信じるのよ!? 馬鹿にするのもいい加減にして!」
「違う……! とにかくここを開けてくれ!」
埒が明かない。こうなればもう、無理やりにでも押し倒してファニイを自分のものにしなくてはとケビンは焦った。
「分かってんのよ……。アンタ、砦行きが決まったんだって? それが嫌で私に今更擦り寄ってんでしょう……?」
確信を突かれ、ケビンはビクリと体を揺らした。
「妻帯者になれば小父様は砦行きを取りやめるわよね。アンタの妻になれば私まであんな場所へ行かなくちゃいけない。あの優しい小父様が私まで巻き込むことをよしとするわけないわ。だから今更私に言い寄ろうとしているんでしょう? 散々私を蔑ろにしたくせに随分と都合がいいこと……」
「ち、違う! そうじゃない! 俺は本当にファニイのことが好きで……」
「一言も謝罪していないくせに何を言っているの? 好きなら、今まで私を蔑ろにしてあの男爵令嬢を追いかけていたことを何故謝らないの?」
「え? あ、そうだったな。すまない、これからはお前だけを大切にすると誓うから……」
「軽いわね……。そんな軽い謝罪なんていらないわよ。いいからもう帰って! 私はもう修道院行きが決まっているからアンタと結婚なんて無理よ」
「待ってくれ! 修道院なんかに行かないで、俺と……」
「……それから先は言わないで。もう無理なのよ。社交界にあのことが知れ渡っているから、もう貴族の妻にはなれないの!」
「あのことって何なんだ!? 何が知れ渡っているというんだ!?」
「そんなのアンタに言いたくないわよ! 帰って! 帰れ!」
ドン、と扉に何かを投げつけるような音がした後ファニイの声が止んだ。
どれだけケビンが扉を開けるように訴えかけても、扉の向こうから返事はない。
埒が明かず、従者に無理にでも扉を開けるよう命じるが「入出の許可もないのに無理に開けるような不作法な真似は出来ません」と拒否される。
────何故だ、ファニイは俺が何をしても好きでいてくれたのに……。
ケビンがどれだけ冷たくしても、ルルナに夢中になっても、ファニイはずっと好意を示してくれていた。何をしても好きでいてくれるであろう相手に拒絶され、ケビンは茫然自失となる。
「……ケビン坊ちゃま、もう帰りましょう。このまま此処にいてもファニイお嬢様は部屋から出てこないかと」
従者が帰るよう促すも、ケビンは唖然としたまま反応がない。
致し方ないので従者は自分の判断でケビンが乗る車椅子を押してファニイの邸を後にした。
共に復讐しようという流れにすればファニイを懐柔できるかもしれない、とケビンはほくそ笑んだ。確かにアンゼリカはケビンにとって憎むべき相手だ。ファニイを懐柔し、砦行きを阻止すればもしかしてまた王太子の側近として返り咲けるかもしれない。
そうすれば王太子の権力でアンゼリカを断罪できるかもしれない、などと甘いことを考えていた。そんなケビンにファニイの冷めた声がかかる。
「ああ、アンタ、グリフォン公爵令嬢に暴力振るおうとしたんだって? だったら自業自得よ。あんな恐ろしい女に危害を加えて、無事で済むわけないじゃない。むしろそれだけで済んだことに感謝しなさいよ」
「感謝だと!? こんな重傷を負わされた挙句、側近を辞職させられ砦に行かされるのに?」
「重傷や砦行きはともかくとして、側近の辞職は当たり前よ。殿下がご執心の女に懸想するような男に側近が務まるわけないじゃない。むしろ今まで側近でいられたことが不思議で仕方ないわ。殿下も自分の恋人に横恋慕している男をよく傍に置いていたわよね」
「なっ……! 違う! 横恋慕などしていない! 俺はただ殿下の隣にいるルルナを支えたいと……」
「……それがおかしいのよ。婚約者でもない女が殿下の傍に侍ることを許したら駄目じゃない、普通。私は何度もそう忠告したのに、アンタはちっとも聞きやしないんだもの……」
「婚約者じゃないから何だというんだ! 殿下はルルナのことを一番愛しているんだぞ!? 主君の真実の愛を成就させようとして何が悪い!」
「何が悪いか分かっていない時点で終わっているわ、アンタ。だいたい、婚約者がいる男に擦り寄るような尻軽女を愛している時点で殿下も終わっているわね」
「尻軽女だと!? 貴様! ルルナを悪く言うことは許さないぞ!」
「アンタ……さっき私を一番愛しているだの好きだの言っていたくせに、やっぱりあの尻軽男爵令嬢の方が大切なんじゃないの! 嘘つき! 大っ嫌い! もう二度と顔も見たくない!」
ケビンは「しまった」と咄嗟に口を手でふさいだ。
今はルルナのことよりもファニイを口説き落とすことの方が大切なのに、うっかりと本音が出てしまった。
「いや、ちが……話を聞いてくれ! 俺が一番好きなのは昔からファニイ一人だけで……」
「どこの馬鹿がそんな見え透いた嘘を信じるのよ!? 馬鹿にするのもいい加減にして!」
「違う……! とにかくここを開けてくれ!」
埒が明かない。こうなればもう、無理やりにでも押し倒してファニイを自分のものにしなくてはとケビンは焦った。
「分かってんのよ……。アンタ、砦行きが決まったんだって? それが嫌で私に今更擦り寄ってんでしょう……?」
確信を突かれ、ケビンはビクリと体を揺らした。
「妻帯者になれば小父様は砦行きを取りやめるわよね。アンタの妻になれば私まであんな場所へ行かなくちゃいけない。あの優しい小父様が私まで巻き込むことをよしとするわけないわ。だから今更私に言い寄ろうとしているんでしょう? 散々私を蔑ろにしたくせに随分と都合がいいこと……」
「ち、違う! そうじゃない! 俺は本当にファニイのことが好きで……」
「一言も謝罪していないくせに何を言っているの? 好きなら、今まで私を蔑ろにしてあの男爵令嬢を追いかけていたことを何故謝らないの?」
「え? あ、そうだったな。すまない、これからはお前だけを大切にすると誓うから……」
「軽いわね……。そんな軽い謝罪なんていらないわよ。いいからもう帰って! 私はもう修道院行きが決まっているからアンタと結婚なんて無理よ」
「待ってくれ! 修道院なんかに行かないで、俺と……」
「……それから先は言わないで。もう無理なのよ。社交界にあのことが知れ渡っているから、もう貴族の妻にはなれないの!」
「あのことって何なんだ!? 何が知れ渡っているというんだ!?」
「そんなのアンタに言いたくないわよ! 帰って! 帰れ!」
ドン、と扉に何かを投げつけるような音がした後ファニイの声が止んだ。
どれだけケビンが扉を開けるように訴えかけても、扉の向こうから返事はない。
埒が明かず、従者に無理にでも扉を開けるよう命じるが「入出の許可もないのに無理に開けるような不作法な真似は出来ません」と拒否される。
────何故だ、ファニイは俺が何をしても好きでいてくれたのに……。
ケビンがどれだけ冷たくしても、ルルナに夢中になっても、ファニイはずっと好意を示してくれていた。何をしても好きでいてくれるであろう相手に拒絶され、ケビンは茫然自失となる。
「……ケビン坊ちゃま、もう帰りましょう。このまま此処にいてもファニイお嬢様は部屋から出てこないかと」
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