王妃となったアンゼリカ

わらびもち

文字の大きさ
上 下
22 / 109

器ではない

しおりを挟む
「……お前もミラージュも正論ばかりだ! 私の気持ちなどちっとも考えていない! ルルナは私の癒しだ。王太子としての重責に潰されそうになった時、彼女の存在がどれだけ支えになったことか……」

 王太子の告白にルルナは目を潤ませ「エド様……」と彼の顔を見上げた。
 二人の間に再び甘い空気が漂ったが、またしてもアンゼリカがそれをばっさりと切り捨てる。

「なるほど、殿下にとってビット男爵令嬢は“癒し”だと。その“癒し”がなければ王太子としての重責に耐えられないと、そう仰るのですね?」

「……そうだっ! お前には分からないだろうが、未来の王となる私は日々重い重責に悩まされている。それを癒してくれるのはルルナだけだ! これは本来なんだぞ!? それをルルナが代わりに努めてくれているのだから感謝位したらどうなんだ!!」

 あまりにも自分勝手な言い分。
 王太子はこれと似たような台詞を前の婚約者のミラージュにも常日頃から言っていた。

 ルルナは癒しだと、親が決めた婚約者のお前には癒されない、と。

 真面目で優しいミラージュは王太子の戯言をそのまま受け取り心を痛めていた。
 
 のだと。

 これを言えばミラージュが黙った学習した王太子は、同じことをアンゼリカに対しても言った。
 これさえ言えば、アンゼリカは婚約者を癒せない不甲斐ない自分を責めるだろうと。

 だが、他人への優しさなど持ち合わせていないアンゼリカに効果はない。
 むしろそれにより更に攻撃力の高い言葉を投下されるとは、この時の王太子は全く予測していなかった。

「そうですか。他者に癒しを求めなければ王太子として成り立たない殿下は……

「は…………? 今、なんて……」

「殿下は為政者としての器を持ち合わせていない、と申しました。他者に癒しを求めなければ王太子として成り立たないなんて、自分で言って恥ずかしくないのですか?」

「は、はああ!? き、貴様……なんて無礼な!」

「だってそういうことでしょう? ビット男爵令嬢がいなければ、貴方は王太子としても国王としても成り立たないのでしょう? そんな矮小な器では為政者として不安ですわね……。致し方ないので国王陛下に進言致します」

「なっ……!? なんでそうなる! 私以外が王太子なんて……有り得ないだろう!?」

「どうして有り得ないのですか? 国王陛下の御子は確かに殿下だけですが、王位継承権を持つ方は他にもいらっしゃるでしょう? 確かサラマンドラ公爵家にも王家の血は流れているはずです」

 過去に王女が降嫁しているサラマンドラ公爵家にも王家の血は流れている。
 王太子が継承権一位なら、サラマンドラ公爵とその子息は二位と三位の継承権を持つ。

「癒されないと王としての重責に耐えられないのでしたら、殿のでしょう。辛い思いをするよりもその役目を誰かに譲ってしまえばいいのです。ご自分では言いにくいのでしたら、わたくしの方から陛下に進言しておきます」

 では御前失礼、と優美な礼を見せるアンゼリカを王太子は呆けた目でただ見ていた。文句にせよ、止めるにせよ、何か言わなければいけないのに声が出ない。

「エ、エド様…………」

 ルルナが名を呼ぶと王太子はハッと我に返った。
 呆けている間にアンゼリカはどこかへ行ってしまったようで、周囲を見渡しても姿が見えない。

「エド様……私、あの人怖いです……」

「ルルナ…………」
 
 ルルナは心の底からアンゼリカに恐怖したようで、顔面蒼白のまま涙をはらはらと流している。

「以前、令嬢たちから色々言われた時も怖かったですけど……あの人の怖さはそういうのとは違う……」

 それは王太子も同感だった。正論や嫌味を吐いてくる人間はこれまでもいたが、アンゼリカはそういった人間とは格が違う。

 こちらが何を言っても感情を揺さぶられることなく、ただ淡々と本質を突いてくる。
 反論したくとも、人としての温もりを感じさせない人形のような顔でそれを告げられると怒りよりも恐怖が勝る。

「ルルナ……怖い思いをさせてすまない」

 王太子はルルナを優しく抱き締める。
 相手を安心させるようなその行為は己の心を落ち着かせるものでもあった。

 婚約してまだ数日しか経っていない年下の婚約者に人格を根底から否定され、本来ならば血管が千切れるほど怒り狂ってもおかしくないはず。なのに、何故か先ほどから恐怖しか感じない。

 あの、美しいが温度を感じさせないアンゼリカの青い瞳。
 凍った海を思わせる氷結の青。あの絶対零度の瞳に見据えられると恐怖で足がすくむ。

 あんな恐ろしい女が妻になるなど耐えられない。
 
 王太子は恐怖で身震いし、ふとを頭に浮かべた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。

金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。 前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう? 私の願い通り滅びたのだろうか? 前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。 緩い世界観の緩いお話しです。 ご都合主義です。 *タイトル変更しました。すみません。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

処理中です...