王妃となったアンゼリカ

わらびもち

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殿下は発情期ですか?

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 アンゼリカが国王へと急な謁見を要請することとなったのは、今から数時間前のいざこざが原因だった。

 この日アンゼリカは王妃教育の休憩時間に中庭を散歩していた。
 庭師が丹精込めて設えた庭はとても美しく目にも鮮やかで、彼女は上機嫌で歩を進めていたのだが、とあるものが視界に入った瞬間眉をひそめた。

(こんな場所で堂々と……はしたないわね)

 アンゼリカの視線の先には庭園に設置されている精緻な細工のベンチがあった。
 そこには若い男女が腰掛けており、男は女の肩を自分の方に抱き寄せ、女は男の胸にしなだれかかっている。

 これが下町にある公園のベンチであればまだいい。
 だがここは国王のいる王城、そんな厳粛な場所で人目を気にせず男女がべったりとくっついているなどはしたない。

 しかも、男の方がその国王の一人息子である王太子だから余計に目も当てられない。
 アンゼリカは汚い物を見たと進行方向を変えようとしたが、運悪く王太子に見つかってしまった。

「アンゼリカ嬢、私に挨拶も無しに行くつもりか?」

 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる王太子にアンゼリカは内心げんなりとした。

「ご機嫌麗しゅうございます、殿下」

 嫌々ながらもアンゼリカは完璧で優雅な礼をとる。
 それまで馬鹿みたいに二人の世界に入っていた王太子と女はアンゼリカの優美な姿に目を奪われ、言葉を失った。

「ときに殿下、お聞きしたいことがございます」

「はっ……!? あ、ああ……なんだ、言ってみろ」

 うっかり見惚れていた王太子はアンゼリカの問いかけで我に返った。
 女の前で敵視していた婚約者に見惚れて罰が悪そうに目を逸らし、裏返った声で答える。

「ありがとうございます。では……」

 ここで王太子は「その女は誰ですか!?」とアンゼリカが責めてくるだろうことを予想していた。
 婚約者が別の女と仲睦まじく過ごしていた所を目撃したのだから、きっとショックを受けたはずだと。
 澄ました婚約者の焦った顔が見られる、と王太子は密かに期待して彼女の言葉を待った。

「殿下は今、でございますか?」

 王太子の期待は大幅に外れ、澄ました顔のアンゼリカから出た言葉はとても予想出来ないようなものだった。
 あまりに辛辣で直球な表現に王太子は目を丸くして「は?」と言うだけで精一杯である。

「いえ、こんな屋外で人目もはばからず、恥ずかしげもなく女性の体に触れているものですから……ひょっとしてそうなのかと思いました。……違うのですか?」

 嫌味でもなんでもなく、ただ純粋にそう疑問に感じたから聞いているのだ。
 そう言わんばかりに澄んだ瞳を向けるアンゼリカに王太子は顔を真っ赤にし、口をパクパクと開閉させた。

「な……な、なんだと!? 貴様! 私を愚弄しているのか!?」

「いいえ? 愚弄するつもりなどございません。そうでもなければ王太子の位に就いている方がこんな屋外ではしたない行為に及ばないだろうと思っただけです」

「それが愚弄していると言うんだ!! それに何だ、その厭らしい表現の仕方は!? 私はただ愛しいルルナと過ごしていただけだ!」

「ルルナ……? ああ、そちらは殿下ご執心のビット男爵令嬢でしたか! 用もないのにしょっちゅう王宮へと来ていると噂の!」

「はあああ!? 貴様、ルルナを愚弄するのか!」

「いえ、事実を述べているだけですけど? だってそちらのビット男爵令嬢が王宮を訪れる理由って何ですか?」

「そんなの私が招いているからに決まっているだろうが!! 王太子である私の客人に無礼は許さんぞ!」

「殿下が招いていらっしゃる? 何の用事があって?」

「そんなの私がルルナに会いたいからに決まっているじゃないか! ルルナは私がこの世で唯一愛した存在だ! 愛しい相手に会いたいと思うのは当然だろう?」

 王太子の愛の言葉に隣にいるルルナは「エド様……」と彼の愛称を目を潤ませて呼んだ。
 彼もそんな愛しい相手に応えるように「ルルナ……」と熱っぽく彼女の名を紡ぐ。

「そうですか、殿下がビット男爵令嬢に会いたいがために王宮へと呼びつけていることは理解しました」

 いちいち嫌な言い方をするアンゼリカを王太子は睨みつけた。
 せっかく愛しの少女といい雰囲気だったのに、この嫌な言い方のせいで台無しだと言わんばかりに。

「では、どうして外で恥ずかしいほどべったりとくっついていたのですか? 愛し合いたいのでしたら部屋でお願いします。このような公衆の面前で猥褻な行為をされては不快です。はっきり申し上げて迷惑ですよ」

 きっぱりときつい台詞を浴びせるアンゼリカに王太子とルルナは目を丸くして驚いた。
 貴族らしくまわりくどい言い方で嫌味を言われたことはあれど、ここまではっきりと直球で文句を言われたのは初めてだ。

「き……貴様! 何だ、その無礼な物言いは!?」

「無礼と言われましても……このようなところで破廉恥な行為に及んでいる殿下の方こそ多方面に無礼ですわよ。それにわたくしには人目につく屋外で猥褻な行為に及ぶ思考回路がさっぱり理解できませんの。王太子という高貴な身分の方がそんなことをするなんて……“発情期”以外思いつかないですよ」

 獣だけでなく人にも発情期ってあるのですね。

 アンゼリカが小首を傾げてそう言うと、王太子は顔を真っ赤に染めて怒りを沸騰させた。

「ふざけるな、無礼者が!! お前のような無礼な女とは婚約破棄だ! さっさと私の目の前から消えろ!」

「あら、さようでございますか。分かりました、それでは婚約は“破棄”ということですね? すぐに陛下と父にも伝えて婚約破棄の手続きをいたしましょうか」

 王太子が激高しようとも、アンゼリカは少しも怯まない。
 それどころかあっさりと婚約破棄を承諾し、あろうことか手続きまで済ませようとしていた。

 これに焦ったのはそれまで怒っていた王太子だ。
 アンゼリカが婚約破棄を嬉しそうに承諾した様子に何故かショックを受け、同時に頭の中が「不味い」と警鐘を鳴らす。
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