62 / 84
それを知るのは……
しおりを挟む
「姫様、ご命令の通り新居に家具を一式ご用意しました。ですが……あれでよかったのですか?」
「ご苦労様、ローゼ。ええ、いいのよ。あれは一時的なものだから」
「左様でございますか……。それと例の”隠し扉”なのですが、まだ封鎖しなくてよろしいので?」
「ええ、まだいいわ。用事が済んだ後に塞ぐから」
「畏まりました。では何かありましたらまたお呼びください」
要件を伝えるとローゼは丁寧に頭を下げ、そのまま部屋を出ていった。
「この世界って、前世で読んだ小説の世界とは少し違うのね……」
誰もいない空間に向かって私は独り言ちた。
この世界は前世で読んだ小説の世界に酷似しているが、それでも全く同じではない。
所々で小説の世界と違う箇所が出てくるのだ。
例えば、ルイの存在。それとヨーク公爵家の根深い嫁姑問題。
これらは小説には全く書かれていなかった。
多分、そのどちらもヒロインとヒーローの甘い恋には関係ないからだろう。
小説のメインは二人の甘い恋が成就することであり、その他の関係ない部分は物語にとって不必要だから。
でもこの世界は小説ではなく現実だ。二人を中心に回り、二人の都合がいいように動くわけがない。
だからだろうか、小説の世界には存在するのに、この現実世界に存在しないものがある。
その一例が”前泊り”という風習だ。
新居が完成する前に当主がそこで一晩過ごし、不都合がないかを最終確認するというものだが、この世界にそのような習慣は存在しない。
別に住んでから不都合が見つかろうがその都度直せば済むだけの話だ。時間も金もある貴族にはそれくらい苦ではないのだから。
小説ではこの”前泊り”という風習が存在する。
フランチェスカが婚約者と共に一晩新居に泊まるという描写が書かれていたのは覚えている。
だが、この時セレスタンはあろうことかこの約束を当日取りやめたのだ。
当日にドタキャンされたフランチェスカは一人泣きながら夜を過ごすという悲しみを味わう。
セレスタンはどうして当日ドタキャンなどという暴挙をかましたのかというと、彼の愛しいアンヌマリーがこの日体調を崩して寝込んでいたからだ。
『アン、体調はどうだ?』
『セレスタン様!? どうしてここに? だって今日は……』
『ああ、本当は”前泊り”の予定だったが取りやめたよ。君が心配でそれどころじゃないからね……』
『私の為にそんな……! でも嬉しい……』
などという寒い茶番を二人きりで繰り広げていた描写には殺意が湧いたものだ。
ようはセレスタンがフランチェスカよりもアンヌマリーを優先したという為だけにこの”前泊り”という言葉が登場した。二人がイチャイチャするところを読者にアピールする為だけに。
小説の世界は何処まで行ってもヒロインとヒーローに甘い。この世は二人だけの為に存在すると言わんばかりに。
だが現実は違う、二人の為に世界は回っていない。
だからだろうか、二人の愛をアピールする為だけに使用された”前泊り”という風習はこの現実世界には存在しない。なので当然この世界の人物はこんな風習を知らない。
知っているとすれば、私と同じ小説の世界を知る転生者のみ────。
「ご苦労様、ローゼ。ええ、いいのよ。あれは一時的なものだから」
「左様でございますか……。それと例の”隠し扉”なのですが、まだ封鎖しなくてよろしいので?」
「ええ、まだいいわ。用事が済んだ後に塞ぐから」
「畏まりました。では何かありましたらまたお呼びください」
要件を伝えるとローゼは丁寧に頭を下げ、そのまま部屋を出ていった。
「この世界って、前世で読んだ小説の世界とは少し違うのね……」
誰もいない空間に向かって私は独り言ちた。
この世界は前世で読んだ小説の世界に酷似しているが、それでも全く同じではない。
所々で小説の世界と違う箇所が出てくるのだ。
例えば、ルイの存在。それとヨーク公爵家の根深い嫁姑問題。
これらは小説には全く書かれていなかった。
多分、そのどちらもヒロインとヒーローの甘い恋には関係ないからだろう。
小説のメインは二人の甘い恋が成就することであり、その他の関係ない部分は物語にとって不必要だから。
でもこの世界は小説ではなく現実だ。二人を中心に回り、二人の都合がいいように動くわけがない。
だからだろうか、小説の世界には存在するのに、この現実世界に存在しないものがある。
その一例が”前泊り”という風習だ。
新居が完成する前に当主がそこで一晩過ごし、不都合がないかを最終確認するというものだが、この世界にそのような習慣は存在しない。
別に住んでから不都合が見つかろうがその都度直せば済むだけの話だ。時間も金もある貴族にはそれくらい苦ではないのだから。
小説ではこの”前泊り”という風習が存在する。
フランチェスカが婚約者と共に一晩新居に泊まるという描写が書かれていたのは覚えている。
だが、この時セレスタンはあろうことかこの約束を当日取りやめたのだ。
当日にドタキャンされたフランチェスカは一人泣きながら夜を過ごすという悲しみを味わう。
セレスタンはどうして当日ドタキャンなどという暴挙をかましたのかというと、彼の愛しいアンヌマリーがこの日体調を崩して寝込んでいたからだ。
『アン、体調はどうだ?』
『セレスタン様!? どうしてここに? だって今日は……』
『ああ、本当は”前泊り”の予定だったが取りやめたよ。君が心配でそれどころじゃないからね……』
『私の為にそんな……! でも嬉しい……』
などという寒い茶番を二人きりで繰り広げていた描写には殺意が湧いたものだ。
ようはセレスタンがフランチェスカよりもアンヌマリーを優先したという為だけにこの”前泊り”という言葉が登場した。二人がイチャイチャするところを読者にアピールする為だけに。
小説の世界は何処まで行ってもヒロインとヒーローに甘い。この世は二人だけの為に存在すると言わんばかりに。
だが現実は違う、二人の為に世界は回っていない。
だからだろうか、二人の愛をアピールする為だけに使用された”前泊り”という風習はこの現実世界には存在しない。なので当然この世界の人物はこんな風習を知らない。
知っているとすれば、私と同じ小説の世界を知る転生者のみ────。
323
お気に入りに追加
5,562
あなたにおすすめの小説
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました
あおくん
恋愛
父が決めた結婚。
顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。
これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。
だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。
政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。
どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。
※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。
最後はハッピーエンドで終えます。
わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。
ふまさ
恋愛
伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。
けれど。
「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」
他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる