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違和感

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「侵入者の正体がセレスタン様!? そんな馬鹿な……!」

 新居に侵入した男の正体が分かったことをルイに伝えると、彼はひどく衝撃を受けた顔を見せた。

「信じられないのも当然かと思われます。ですが、確かにこちらの調で犯人は彼だと判明しました」

「あ、いえ、王宮の調査を疑っているわけではないのです……。そうではなく、セレスタン様は軟禁されているはずなのにと……」

「ええ、そうですよね。軟禁中の彼がどうやってわたくし達の新居に現れたのか、ハッキリしたことはまだ分かっておりません。ただ、どうやら協力者がいるようでして……」

「協力者……というと、まさかもう一人の女の侵入者ですか!?」

「ええ、おそらくは……。そちらの正体はまだ分かっておりませんが……」
 
 水晶の置物カメラでそちらは確認出来なかったので正体は不明だ。
 分かっているのはエメラルドのブローチを身に着けているということだけ。

「……考えられるとしたら、ヨーク公爵家の関係者ですよね」

「仮にその女性の助力で脱出しているのでしたら、そうでしょうね……。ルイ、セレスタン様に力を貸してくれるような女性に心当たりはありますか?」

「いえ……残念ながら思い浮かびません。そもそもセレスタン様に近づけるような者といったら見張りの騎士か、もしくは世話をするメイドくらいです。まさか、そのメイドが……?」

 そう話すルイの顔色は悪い。

「……申し訳ございません、フラン。度重なる当家の貴女へ対する無礼の数々……お詫びのしようもありません」

「ルイ、貴方が悪いわけではありません。それよりも、セレスタン様をどうにかしませんと」

「ええ、確かに……。すぐにでも義父母に伝え、対策をとるように致します」

「お願いします。それと協力者である女性も探って頂けますか?」

「勿論です、お任せください」

 ルイは私の手にそっと口づけを落とし、その後部屋から退出した。
 
 本当ならば今日は一緒にお茶を楽しむ予定だったのに、セレスタンのせいでそれどころではない。

 ルイがいなくなった後の部屋で、私はローゼの方を向き口を開く。

「ローゼ、セレスタン様は何が目的なのかしら?」

 あの男の目的が本当に分からない。
 何のために新居に侵入し、何のために隠し扉など見つけたのか。
 そしてその隠し扉で何をするつもりなのか、皆目見当もつかない。

「……恐れながら申し上げます。姫様、セレスタン卿の目的なのですが……その……」

 歯切れの悪い言い方をするローゼに私は首を傾げた。
 その様子はいつもハッキリと物を言う彼女らしくない。

「貴女はセレスタン様の目的が分かるの?」

「いえ、あくまで想像ですが……その、姫様に申し上げるには少々憚られる内容でございまして……」

「まあ、構わなくてよ。大丈夫だから言って頂戴」

「はい……畏まりました。では申し上げます、おそらくセレスタン卿の目的は……姫様、貴女様自身かと……」

「わたくし? それは、どういうこと……?」

「姫様、非常に下品な物言いをしますと、王侯貴族の女性は未婚の内は処女であることが絶対ですよね?」

「え? ええ、そうね……。少なくともわが国ではそうだわ」

「ええ、処女でないと嫁げないと言われるほど貞操観念が高いです。昔、傷物にされた相手に嫁がねばならなかった哀れな令嬢もいたほど……」

「ちょっと待って……。それって、つまりセレスタン様はわたくしを……」

 青い顔で頷くローゼに私は背筋を震わせた。

「嘘でしょう!? だって……あの人はわたくしを嫌っていたはずなのよ? なのにそんな……」

「ええ、あの方は分不相応にも姫様に無礼な態度ばかり取り続けておりました。その結果、全てを失ったのです。姫様の夫という輝かしい未来が待っていたはずなのに、それを自らの手で捨てた愚か者。そんな愚か者が再びそれを取り戻すとしましたら……そのような強硬手段に出てもおかしくないかと……」

 確かにセレスタンは考えが浅く、本能のまま動くというまるで獣のような性質を持っている。
 そうでなければ王宮であのような醜態を晒すはずがない。

(セレスタンがそこまでの下衆だったなんて……。確かに小説でもフランチェスカと結婚しておきながらアンヌマリーとも関係を持つ屑ではあったけど……)

 ふと思った。
 小説の中のセレスタンは屑であることに間違いはないが、ここまで直情的に動くキャラクターだっただろうかと。

(いや……小説ではもっと慎重に動いていたはずよね。少なくとも王宮で喚き散らすような真似はしなさそうだし……。それにここまでの馬鹿だったら物語でも早い段階で婚約破棄していたはずだし……)

 何故だろう、セレスタンの性格に違和感を覚える。
 だがどちらも屑であることに違いはないし……。

「姫様、安全のためにも隠し扉は封鎖してしまった方がよろしいかと……」

「……いいえ、それはまだそのままにしておいて頂戴」

「え!? 何故ですか?」

「確かめたいことがあるからよ。それが済めば封鎖するわ」

 紅茶のカップを傾けると、冷えた液体が喉を通る。
 
「悪いけどお茶を淹れ直してくれる? すっかり冷めちゃったわ」

「はい、畏まりました。直ちにご用意します。お砂糖はどうしますか?」

「そうね、スプーン一杯だけ入れて頂戴」

 いつもは砂糖を入れずに飲んでいるが、今は甘くて温かいもので心を落ち着けたい。

(あれ……? そういえば小説のセレスタンもそうだったわよね? 甘い物が嫌いで、お茶にも砂糖を入れなかったはず……)

 小説の中で”セレスタンは甘い物が嫌い”という描写が確かあったはず。
 お菓子はもちろんのこと、お茶に砂糖が入っていても駄目だった。

 だが、思い返してみればこの世界のセレスタンはお茶会の際、紅茶に砂糖を入れて飲んでいた。しかも結構な量を……。

 何だろう、何か違和感がある……。
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