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隠し扉
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夜になり、侍女も下がらせ、部屋に誰もいないことを確認した私はクローゼットの扉を開ける。
ここは服も小物も入っていない。あるのは古ぼけた鏡だけ。
「さて、映像を確認しましょう」
この鏡は王族のみが所持する“魔法道具”。
鏡面に手を当て、王家の者だけが知る呪文を唱えると、そこに映像が浮かび上がる仕組みとなっている。
「前世で言う所の、モニターみたいなものよね。これがあってよかったわ」
この魔法道具は二対となっており、鏡の他に水晶の置物が存在する。
鏡は『モニター』の役割を、そして水晶の置物が『カメラ』の役割を担い、離れた場所の映像を録画し再生できるようになっているのだ。
私はこの水晶の置物をある部屋に設置しておいた。
そう、婚約者が逢瀬に使用しているあの応接室に。
「うわぁ……服はだけているじゃないの。何しようとしていたのよ……気持ち悪いわね」
鏡には着崩した状態で口付けを交わす二人の姿が映っている。
そして扉をノックする音が響くと慌てて衣服を整えるセレスタンと、本棚の後ろからそそくさと出て行くアンヌマリーの姿が。
「ふーん……いい所を邪魔されたから、あんなに不機嫌だったってわけね。それにしても、隠し扉はあそこだったのね……」
何故この応接室が彼等の逢瀬に使用されているか、それはこの場所に隠し扉があるからだ。
扉の存在自体は知っていたものの、明確な場所までは分からなかったが、この映像でそれが判明した。
王族の私すら知らない隠し扉の存在を、何故彼等が知っているのか。
それは本当に偶然、アンヌマリーがここを掃除している際に知ってしまい、それをセレスタンに告げてここを逢瀬の場所にしようと提案したらしい。
”らしい”というのは、私もそれを小説で知ったからだ。
主人公の特性とも言うべきか、掃除していると偶然本棚の隙間に隠し扉のスイッチを見つけ、興味本位で押してみたら隠し通路と繋がったとか。
小説の中では「これで誰にも邪魔されずに逢瀬を楽しめますね☆」で済むだろうが、現実では王家の隠し扉の存在を部外者が知った時点で処刑ものだ。
だが多分頭にお花畑が咲いているであろう二人はそのことに全く気付いていない。
別に私がそれを父親に密告すれば二人の首が切られてそれで終わる。
だけど、そんな簡単に死んでもらっては困る。
あんな屑どもの血で王宮を汚したくない。
それにもっと惨めな姿を、どん底に叩き落された姿を見せてもらわねば、気が済まない。
子供をすり替えて家を乗っ取ろうとする屑どもには、それがお似合いの末路なのだから。
「この隠し扉は使えなくしておきましょう」
彼等がこの隠し扉を使用しているところを見られでもしたら、彼等の首が落とされてしまう。
それは困るので、元凶は潰しておかないと。
*
それからしばらくして、また定例茶会の日がやってきた。
色鮮やかな季節の花を愛でながら飲むお茶は格別なはずなのに、目の前に仏頂面の男が座っているだけで全て台無しだ。
「領地の作物が不作のようでして、今年の税は下げるべきかと……」
「ああ、そうなのか……」
「どうやら日照りが原因のようですわね。今年は雨が少なかったから……」
「ふうん、そうか」
話題を振っても上の空でいい加減な相槌を打つ婚約者。
それはいつものことで、そのことについて私が苦言を呈すことはない。
王女である私が許すから、そんな無礼な態度をとっていいと思っているのだろう。
思い違いも甚だしい。
「……セレスタン様、わたくしが今話しているのは、わたくし達が治める予定の領地のことですよ? それなのに、その興味がない態度は何ですの……?」
「えっ…………?」
今まで見たこともない私の態度に彼は相当驚いたようだ。
飲もうと傾けたカップをそのままに、驚愕した表情をこちらに向けた。
「な、なに……? いきなりどうしたんだ?」
動揺が隠せないのか、カップを持つ手が震えている。
そのせいで中身が零れて衣服を濡らした。
「熱っ!?」
「あら、大変。すぐに着替えて治療しませんと。アリス、ローゼ、二人共セレスタン様をお願い」
近くにいた二人を呼び、セレスタンの治療と着替えを命じる。
するとそこにアンヌマリーが割って入った。
「姫様! 治療でしたらわたくしが!」
恋人を他の女に触れさせたくないのか、それとも恋人が火傷したことで動揺しているのか知らないが、この場でしゃしゃり出るのは悪手でしかない。
案の定ローゼとアリスに「控えなさい無礼者! 姫様はわたくし共に命じたのですよ?」と強めに嗜められていた。
彼女達の発言は至極当然なこと。王女から命じられた者がいるのに、それを制して自分がと主張するのは不敬な行為だ。
少し考えれば分かるだろうに、どうやら頭の中をお花畑に浸食されてしまったのか、知能指数が著しく下がっている。それがどのような結果をもたらすか、知能の下がった彼女には分からないのだろう。
ここは服も小物も入っていない。あるのは古ぼけた鏡だけ。
「さて、映像を確認しましょう」
この鏡は王族のみが所持する“魔法道具”。
鏡面に手を当て、王家の者だけが知る呪文を唱えると、そこに映像が浮かび上がる仕組みとなっている。
「前世で言う所の、モニターみたいなものよね。これがあってよかったわ」
この魔法道具は二対となっており、鏡の他に水晶の置物が存在する。
鏡は『モニター』の役割を、そして水晶の置物が『カメラ』の役割を担い、離れた場所の映像を録画し再生できるようになっているのだ。
私はこの水晶の置物をある部屋に設置しておいた。
そう、婚約者が逢瀬に使用しているあの応接室に。
「うわぁ……服はだけているじゃないの。何しようとしていたのよ……気持ち悪いわね」
鏡には着崩した状態で口付けを交わす二人の姿が映っている。
そして扉をノックする音が響くと慌てて衣服を整えるセレスタンと、本棚の後ろからそそくさと出て行くアンヌマリーの姿が。
「ふーん……いい所を邪魔されたから、あんなに不機嫌だったってわけね。それにしても、隠し扉はあそこだったのね……」
何故この応接室が彼等の逢瀬に使用されているか、それはこの場所に隠し扉があるからだ。
扉の存在自体は知っていたものの、明確な場所までは分からなかったが、この映像でそれが判明した。
王族の私すら知らない隠し扉の存在を、何故彼等が知っているのか。
それは本当に偶然、アンヌマリーがここを掃除している際に知ってしまい、それをセレスタンに告げてここを逢瀬の場所にしようと提案したらしい。
”らしい”というのは、私もそれを小説で知ったからだ。
主人公の特性とも言うべきか、掃除していると偶然本棚の隙間に隠し扉のスイッチを見つけ、興味本位で押してみたら隠し通路と繋がったとか。
小説の中では「これで誰にも邪魔されずに逢瀬を楽しめますね☆」で済むだろうが、現実では王家の隠し扉の存在を部外者が知った時点で処刑ものだ。
だが多分頭にお花畑が咲いているであろう二人はそのことに全く気付いていない。
別に私がそれを父親に密告すれば二人の首が切られてそれで終わる。
だけど、そんな簡単に死んでもらっては困る。
あんな屑どもの血で王宮を汚したくない。
それにもっと惨めな姿を、どん底に叩き落された姿を見せてもらわねば、気が済まない。
子供をすり替えて家を乗っ取ろうとする屑どもには、それがお似合いの末路なのだから。
「この隠し扉は使えなくしておきましょう」
彼等がこの隠し扉を使用しているところを見られでもしたら、彼等の首が落とされてしまう。
それは困るので、元凶は潰しておかないと。
*
それからしばらくして、また定例茶会の日がやってきた。
色鮮やかな季節の花を愛でながら飲むお茶は格別なはずなのに、目の前に仏頂面の男が座っているだけで全て台無しだ。
「領地の作物が不作のようでして、今年の税は下げるべきかと……」
「ああ、そうなのか……」
「どうやら日照りが原因のようですわね。今年は雨が少なかったから……」
「ふうん、そうか」
話題を振っても上の空でいい加減な相槌を打つ婚約者。
それはいつものことで、そのことについて私が苦言を呈すことはない。
王女である私が許すから、そんな無礼な態度をとっていいと思っているのだろう。
思い違いも甚だしい。
「……セレスタン様、わたくしが今話しているのは、わたくし達が治める予定の領地のことですよ? それなのに、その興味がない態度は何ですの……?」
「えっ…………?」
今まで見たこともない私の態度に彼は相当驚いたようだ。
飲もうと傾けたカップをそのままに、驚愕した表情をこちらに向けた。
「な、なに……? いきなりどうしたんだ?」
動揺が隠せないのか、カップを持つ手が震えている。
そのせいで中身が零れて衣服を濡らした。
「熱っ!?」
「あら、大変。すぐに着替えて治療しませんと。アリス、ローゼ、二人共セレスタン様をお願い」
近くにいた二人を呼び、セレスタンの治療と着替えを命じる。
するとそこにアンヌマリーが割って入った。
「姫様! 治療でしたらわたくしが!」
恋人を他の女に触れさせたくないのか、それとも恋人が火傷したことで動揺しているのか知らないが、この場でしゃしゃり出るのは悪手でしかない。
案の定ローゼとアリスに「控えなさい無礼者! 姫様はわたくし共に命じたのですよ?」と強めに嗜められていた。
彼女達の発言は至極当然なこと。王女から命じられた者がいるのに、それを制して自分がと主張するのは不敬な行為だ。
少し考えれば分かるだろうに、どうやら頭の中をお花畑に浸食されてしまったのか、知能指数が著しく下がっている。それがどのような結果をもたらすか、知能の下がった彼女には分からないのだろう。
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