茶番には付き合っていられません

わらびもち

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帝国での日々

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 あれから一か月も経たないうちに私は帝国へと輿入れした。

 そう、婚約ではなく結婚だ。また横槍を入れられてはたまらないと皇太子殿下の計らいで婚約期間を飛ばして皇家に輿入れすることとなった。

 結婚式こそまだ先だが入籍だけは済ませ、晴れて私は帝国の皇太子妃となったのだ。

「ミシェル、君と夫婦になれて本当に嬉しい……」

「殿下、いえ……バーソロミュー様。わたくしも貴方様と共に過ごせて幸せです」

 夫となった皇太子バーソロミュー殿下は私をとても大切にしてくれて毎日が幸せだ。
 正直こうして話が通じるというだけでとても嬉しい。アレクセイは罵倒無しで会話が出来ない男だったから。

 母国の王妃教育を修めていたおかげで皇太子妃教育もそこまで苦ではない。
 教師陣からお褒めの言葉を頂く程度には出来ているんじゃないかと思う。

 それでも他国から来た私を良く思わない者もいる。代表的なのは見目麗しい皇太子を狙っていた令嬢や未亡人達だ。彼女達は家格や立場などから妃にはなれないので妾の座でも狙っているのかは分からないが、やたらと私に突っかかってくる。

 そう、それはこうして宮殿内を散策している時などに……

「まあ……ご覧になって? みすぼらしい田舎女があんなに堂々と……」

「我が物顔でいい御身分ですこと。よくも恥ずかしげもなく顔を晒せたものですわ」

 こんな風にヒソヒソ陰口を叩かれることは珍しくもない。
 だけど私は大人しくそれを聞き流すことなど出来やしないので見つけ次第叩き潰すことにしている。ほら、一匹見つけたら百匹はいるって言うし……こういう手合いが増えたら嫌だから。

 私は笑顔で陰口をたたく女共のところまで自ら近づいていった。

「御機嫌よう。こんな場所で陰口に勤しむとはお暇があってよろしゅうございますわね?」

 彼女達はいきなり私から声をかけられてひどく驚いている。
 たいていの貴婦人は陰口スルーが基本だからね。こうやって声をかけてこられるとは思っていなかったのでしょう。

 嫌いなのよね。そうやって反論されないだろうと安全圏から悪口言ってくる奴。
 
「あ、な、なんで……」

「まあ! 身分が上の相手から挨拶をされても返すことも出来ないなんて! 貴族令嬢としてあるまじき態度ですこと。ポップ男爵家とムーブ子爵家ではどのような教育をなさっているのかしら……」
 
 いきなり話しかけられてしどろもどろになっている彼女達を思いっきり罵倒してやると笑ってしまうほど顔面蒼白となった。どうせ自分達が何処の誰かも分かっていないと高を括ったのだろう。家名を知られていないのであれば制裁を加えられることもないと甘く考えているからこそこういった軽率な行動をとれるのだ。

 だから私はとマウントをとってきそうな人物を中心に名前と顔を覚えることにした。こちら独自の手法で調査した資料を片手に徹夜で記憶した。

 その甲斐あってか誰にどのような事を言われようともすぐに対処できるようになった。
 たいていが家名を告げてやると顔色を失くして震えだす。
 そんな顔をするくらいなら最初からやらなければいいのに……。

「貴女方はわたくしを“田舎者”だとおっしゃいますけど、その“田舎者”を選んだのは畏れ多くも皇帝陛下と皇太子殿下ですわよ? それに異を唱えるということは……貴女方は皇家に叛意がお有りなのかしら……?」
 
「皇家に叛意!? め、滅相もございません! そのようなことは決して有り得ません」

 今度は二人共ガタガタと分かり易く震えだした。
 なんか、いい気になって私のことを見下していたけどさ……それって私を選んだ皇太子殿下と皇帝陛下を下に見ているということも同然だからね?

「ふうん……そう? 貴女方にとってわたくしは恥ずかしい存在なのでしょう? 顔を出さないでほしいともおっしゃっておりましたわねえ……」

 口角を上げて不敵に笑えば彼女達は恐怖で涙を流し始めた。
 ミシェルの顔は相当綺麗だからこうやって笑うだけで怖いだろうね。

 それにしてもこの人たち大した顔もしていないのによくもまあ傾国級の美女であるミシェルの顔を馬鹿に出来たものだわ。きっと鏡を見たことが無いのね。

「この件につきましては正式に貴女方の家にも報告を入れておきますね」

「ひっ……!? そ、そんな……それだけはお許しを! この程度のことでそこまで……」

「あら? わたくしは貴女方の礼儀作法が基本もなっていないものだと注意するだけですよ? のことでそこまで騒がなくともよろしいんじゃありませんこと……?」

「申し訳ございません! ご無礼をどうぞお許しください……!!」

「まあ……そんな事を言われても、ねえ? 謝ったら許されるのは幼子だけですわよ」

 既にデビュタントを迎えたであろう年齢で、謝ったから許されるなんていう甘ったれた思考を持っていては駄目だろう。一挙手一投足が命取りになる貴族社会でそんな甘えた考えではすぐに潰される。まさに今がその時だ。

「貴女方のお家では皇族を悪し様に罵っても良い、というお考えのようね?」

「ち、違います! そんな不敬な考えなど持ち合わせておりません!」

「あら、では先ほどの皇太子妃であるわたくしへの罵詈雑言はどう説明すべきかしら? 貴女方は不敬にならないとでも思った?」

 あー、とうとうへたり込んじゃったか。反論出来ないなら最初から言わなきゃいいのに、馬鹿ね。まあ反論してもそれはそれで不敬だけど。

「……貴族でありながら身分制度も分からないうちはここへ来るべきではないわね」

 暗に「帰れ、二度と来んな」と言っていることが理解できたようだ。
 涙目で「お許しください」と縋りついてこようとした。

「無礼な! 妃殿下に触れるでない!」

 令嬢たちが私の足元に縋りつきそうになったその時、キャシーが間に割って入る。
 やだ、キャシーったら頼りになる……。

「みだりに皇族に触れようとするなど言語道断です。さっさとここから立ち去りなさい」

 キャシーの一喝に脅えた令嬢たちは這う様にしてその場から立ち去った。

「退治しても退治してもあの手の輩はどこからともなく湧いてきますね」

 吐き捨てるように呟くキャシー。それには全面的に同意するわ。
 なんで駆除しても湧いてくるのかしら? 巣から叩かなきゃ駄目かもね。

「対処療法じゃ限界があるかもね……。別の方法を考えてみるわ」

 一度見せしめとして公の場であの手の女に恥をかかせてやろうか……。
 そう考えていたその時、近くから鈴の音が鳴るような笑い声が聞こえた。

「見事ね、ミシェル」

皇后様お義母様!?」

 声のする方に顔を向けるとそこには義理の母となった皇后陛下が大勢の従者を連れて立っていた。

 え? お義母様、いつからそこにいたの?
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