茶番には付き合っていられません

わらびもち

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これで終わり

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 目の前の男は私が威嚇の為に地面に発砲したのかと思っただろうが、実際は違う。
 本当は足を狙ったのだ。奴が私に近づかないようにと。
 あれだけダンテ様から銃の使い方について指導を受けたのにこれだ。
 やはりどうしても人に対して撃つとなると躊躇してしまう。

(前世でも今もこういう荒事とは無縁の世界で生きてきたからな……。やっぱり人に向けて撃つとなると足がすくむし手も震えて狙いが定まらない)

 私が今持っている銃はか弱い貴婦人でも扱えるようにと設計された軽量型の物らしい。
 なので銃弾を二発しか込められないとか。知識がないからよく分からないがこれは前世のものとは少し違う様だ。

 亡くなった元皇太子のジュリアス殿下の婚約者はその二発を確実に人体へと撃ち込んだと聞く。一発目はジュリアス殿下に、そしてもう一発目は自分へと。周囲が止める間もないほど早く、躊躇いなくやってみせた。か弱い貴婦人をそこまで衝動に駆り立てるほどジュリアス殿下の仕打ちは彼女の精神を傷つけたのだろう。

 それに比べて私は目の前の男にそこまでの怒りや憤りは感じていない。
 どちらかというと憐みを向けてしまう。

 確かに自分の意志で体を動かせない事は相当なストレスだと分かる。そしていざ動かせるとなった時は既に死ぬことが決まっていたのならそれは絶望するだろう。ただ、その憤りを私にぶつけられても正直困る。同じ転生者というだけで他は何の関係も無い赤の他人なのだから。

 それに……別に彼がもっと早くに陛下の体の所有権を奪ってしまえばよかったのではないかと思う。彼の話では陛下の精神が弱ると彼が体を使えるようになるそうだが、だったらもっと早い段階で意図的にその状態を作り出すことも出来たのではないか。

 長年同じ体にいたのならば陛下の心の脆い部分など知っていたはずだ。そこを突けばあの脆弱な陛下は簡単に心を弱らせると思う。そこをつけば完全に彼が陛下になり切ることも可能だったはず。

(逆上されると困るから言わないけれどね……)

 逆上して再び襲い掛かられたら自分の身を守るために発砲することになるが、当たる自信が無い。しかもそれで弾切れになるし、そうなるともう身を守る術が無くなってしまう。

 先程の発砲で戦意喪失してくれたら助かるのだが……と彼を見ると、急にワナワナと震えだした。

「お前には優しさってものがないのか!? 俺はこんなにも恵まれていなくて可哀想なのに……少しくらい俺の望みを叶えてやろうと何故思わない!」

「……お生憎ですけど、わたくしはヒロインではないので慈悲深さも優しさも持ち合わせていませんわ」

「なんて冷たい女なんだ! 流石は悪役令嬢だな? 自分ばかりが幸福で満足か!」

 だから体を使って慰めろと? なんで同じ転生者というだけの関係性しかないあんたにそこまでしなきゃいけないのよ!?

「あの……わたくし達って他人ですよね? これで家族とか恋人とか友人とかであればまだしも、貴方は元婚約者の父親というだけの存在ですよね? 特に貴方に何の恩義もありませんよね? なのにどうして貴方の不満をわたくしが解消せねばならないのです?」

 正論を告げると男はひどくショックを受けた顔をした。
 理解できないが彼の中では私が彼に同情して身を任せるという妄想があったのかもしれない。二次元ではそういう展開もあるかもしれないけど、現実には無理だ。冷たいかもしれないが何の情も無い相手を慰めようなんて気は微塵も起きない。

「それ以上近づいたら撃ちます。今度は地面ではなく、貴方に向けて」

「ふん……上等だ。そんな震えた手で俺に当たると思っているなら好きにしろ。どうせもう、俺は毒杯を飲んで死ぬ運命だ。だったら撃たれようともお前を……!」

 男が私を押し倒そうと肩を掴んだその時だった。

「エルリアン嬢! 先程銃声が聞こえましたが無事でいらっしゃいますか?」

 バンッと大きな音を立てて扉が開き、外からダンテ様と当家の騎士達が雪崩れ込んできた。

「失礼、こちらの御方は我が主が望まれた大切な存在です。みだりに触れぬように」

 ダンテ様は私の肩を掴む偽陛下の両手をはがし、そのまま後ろに回す。

「痛っ……!? な、なにしやがる小僧!!」

「おや? 先王陛下は随分とお言葉に品が無いのですね……? 気でも触れましたか?」

「うるせえ! いいから離せ! 誰だよてめえは!?」

 痛みと驚きで偽陛下は口調を取り繕う事もしない。
 いや、そもそも今までも取り繕っていたのだろうか?
 もしかすると彼は独立した人格だから陛下が学んだ作法や言葉遣いの記憶を共有していないのかもしれない。

「助かりましたわ、ダンテ様。来てくださってありがとうございます……」

 ダンテ様の顔を見るとほっとして気が抜けてしまった。
 その場に膝から崩れ落ちそうになるのを堪えるだけで精いっぱいだ。
本音を言うと怖かった。男に襲われそうになるのも、拳銃を人に向けて撃ったことも。

「エルリアン嬢! 無事ですか? お怪我はございませんか?」

 遅れて入ってきた宰相を思わず睨みつけそうになった。
 もとはと言えばこいつが“最期の願い”だなんだのと言って私と陛下を二人で会わせたせいでこんな目に……

「ええ、何ともございませんわ」

「そうですか……それはようございました。貴女の協力のおかげで陛下も今生に思い残すことはないでしょう。本当にありがとうございました」

 いや、思い残すこと有りまくりだと思うよ?
 まあそんなのこの人にとってはどうでもいいだろうな……それでいいといった様子に違和感を覚える。

「……宰相閣下、お言葉ですが即位なされます新王陛下は実の兄君の命を奪うことを反対していらっしゃいますよ? 新しき王の意向を無視して先王陛下に死を迫るのは些か烏滸がましいかと」

「なっ……! 無礼ですぞ、エルリアン嬢! 女性が小賢しく口を出すなど品がありませんな!」

 なに分かり易く焦ってんのよ? そんな態度じゃ“何かあります”と言っているようなものだけど?

「ほお……。ならば男の儂ならば口を出しても良いというわけだな?」

 宰相の背後から現れたのは私の父、エルリアン公爵だ。
 父は物凄く厳しい目を宰相に向けている。

「こ、これはエルリアン公爵閣下……。何故このような場所に……?」

「それはに我が娘がいるからだよ。それも宰相、貴殿の差し金と聞いたが?」

「いえ……それはその……陛下の最期の願いの為に臣下として動いたまででして……」

「はあ……回りくどいことは止めにしよう。宰相、先王陛下は大公殿下の嘆願により生きていただくことが決定しておるはずだぞ? それを無理に毒にて自害させようとするのは……殿を先王陛下が黙認していて、その口封じの為だろう?」

 ええ!? そんなくだらない理由で私はここまで来たの?
 というか、横領していたの宰相!? その口封じのためになんか上手い事言って自害させようなんて腹黒い奴! ああ、ほら、偽陛下はそのこと知らなかったみたいで唖然としているよ!

 顔面蒼白となった宰相が父に命じられた騎士によって捕縛される。
 ここに来ることを父に報告したら難しい顔をしたのは宰相を怪しんでいたからなのか。

 一騒動が終わり、父親の顔を見たことで余計安堵した私は急に力が抜けてその場に倒れ込んだ。薄れゆく意識の中で私が見たのは慌てた父とダンテ様の顔だった……。
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