茶番には付き合っていられません

わらびもち

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文句が言いたいの?

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「わたくしがアレクセイ殿下の婚約者になったことが貴方の入れ知恵だったというわけ? そんな……政略で選ばれたのではなかったの?」

 王家が筆頭公爵家と結びつきたいが為にこの婚約を整えたのだと、おそらくだいたいの人間がそう思っていることだろう。王宮の大臣たちも、私の邸の者も、他家の貴族たちも……ミシェルとアレクセイの婚約が政略だと疑わない者などいない。国で一番の大貴族の娘が王太子に婚約者に選ばれることは当然といえるのだから。

「いや、考えてもみろよ。政略で娶った嫁に対して初夜で『君を愛することはない』と宣言しちゃえるような馬鹿だぜ? 政略のことなんて頭にあるわけないだろう?」

 自分の国のトップがそこまで馬鹿だったなんて知りたくなかった。
 だったらこの人の助言がなければ陛下は息子にどこの令嬢を宛がおうとしていたんだろうか?

「ジェームズはアレクセイが自分で選んだ女と婚約させるつもりだった。けど、そんなことを周囲が許してくれるとも思えない。それでも自分みたいに好きでもない女と無理やり婚約させるなんて可哀想だ……と悩んでいるところに俺があいつを唆した。そこからはまあとんとん拍子で話が進んだな。息子本人は婚約者のお前を蔑ろにして貧乳ヒロインを溺愛して……これなら結婚後にお前を手に入れられると思った矢先にお前からの婚約破棄だ。それもこれもお前が前世の記憶なんか取り戻したせいだ……! 以前の大人しいミシェルなら自分から婚約を破棄するなんて真似は絶対にしなかったのに!」

 ん? もしかしてこの人は私に文句が言いたくて呼び出したの?
 今までの話を聞いている限り私がどうしてここに呼びだされたかいまいち分からなかったんだけど……最期に文句が言いたい為?

 何を言われようとも負け犬の遠吠えにしか聞こえないのだけど……まあいいわ、今際の際の話くらい聞いてあげましょうか。

「そうですか。だったらよかったですわ、記憶を取り戻して。貴方がおっしゃるように、以前のミシェルはどんな理不尽でも国の為とあらば受け入れてしまう難儀な性格をしておりましたもの。夫が閨を拒否するから世継ぎを設けるという目的で義理の父親を受け入れてしまうほどに従順でしょう。貴族としては正しいのかもしれませんが……それだと馬鹿をつけあがらせるだけです。閨を拒否する夫も、そこに付け込んで息子の嫁を強姦しようとする舅も叩き潰してやればよろしいのよ。ミシェルは貴方もおっしゃったように王家すら扱いを丁重にせざるを得ないエルリアン家の娘なのですもの」

 なんであんな馬鹿親子の為にミシェルが犠牲にならねばならないのか。
 馬鹿の血を後世に繋ぐ必要がどこにあるのか知りたい。
 別にあの親子じゃなくとも王位継承権のある人間はいるのだからそっちに任せればいい話じゃないの。あんなのに任せていたら国が滅亡するわよ。

「それにいくらわたくしの性格が変わったとはいえ、アレクセイがもっとまともな男だったら婚約破棄はしなかったわよ。あんな浮気相手を侍らしながらお茶会に来るような頭のおかしい男なんて願い下げだわ。浮気相手がいてもいいからこちらを尊重してくれるような男だったらそのまま結婚していたでしょうね? 逆に聞きたいのだけど、陛下も貴方もどうしてアレクセイを更生させようとしなかったの?」

 たとえヘレンに心を捧げていようとも、ミシェルを婚約者として尊重してくれるような男だったら婚約破棄はしなかった。ヘレンに傾倒して他が目に入らないような非常識な男だったから見限った、ただそれだけだ。そうなる前に保護者である父親が態度を改めさせればよかった話だろう。こちらを責めるのはお門違いというものだ。

「……そんなの俺だって分かっていたさ。正直、いくら顔が良くてもアレクセイのように頭のおかしい男は俺が女でも願い下げだ。もし、俺がこの体の所有権を握れていたのならぶん殴ってでも矯正していた。ジェームズは親馬鹿なのもそうだが……愛人の一人や二人くらい別に問題ないだろうと放置したんだよ……」

「愛人云々の問題ではありませんね。婚約者の前で堂々と別の女を侍らせているのは常識を疑う行為ですもの。愛人というのであればせめて隠れて交流をしませんと」

「それはそうだ……。だけど、小説でも同じ描写が書かれていただろう? アレクセイは当然のようにヘレンをミシェルの前で連れまわしていた。だけど誰にも咎められなかったし、二人は何の罰も受けなかった。だから俺だってそこまで問題視していなかったんだよ」

「……あんなのは小説の中だけの展開です。現実はそうはいきません。……ところで、先ほど陛下と貴方は互いに干渉できないとおっしゃっていましたけど、会話は出来るんですの?」

「ん? ああ、会話だけは可能だ」

「そうですか……。では、貴方は今こうして陛下の体の所有権を得ている訳ですが……それは何故ですか? 自由に所有権を握れないのではなかったの?」

「ああ……それはだな、どうやらジェームズの精神が弱った時だけ自由に体を乗っ取れるらしい。今までもそうだった。ジェームズが弱った隙をついてこの体を自由に動かしてやった。王妃との初夜だってそうだ、もともと心が脆いジェームズは妻とはいえ好きな女以外と寝なきゃいけない状況にひどくストレスを感じていた。そうしたらすんなりと俺は表に出てこられたんだ」

「今、貴方が表に出ているというのは……投獄されたストレスでということ?」

「その通りだ。今まで王族として蝶よ花よと持て囃されてきたこいつがこんな寂れた塔に閉じ込められるなんて耐えられなかったんだろうよ。ちなみに……帝国の皇太子が来た時も時々出られたんだ。ジェームズのやつ、皇太子がお前を奪いに来たと知ってかなりストレスを感じていたぞ?」

「……わたくしは陛下のものじゃありませんから、勝手にストレスを感じられても困りますわ」

「そのおかげで俺は体の所有権を奪えたけどな。とは言っても完全に奪えたのは最近だ。それまでは俺が表に出たりジェームズが出たりを繰り返していたからな」

 そういえばあの辺りから陛下の行動がおかしくなっていた気がする。
 それはこの偽陛下という別人格が表に出ていたからなのね……。

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