茶番には付き合っていられません

わらびもち

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人の話を聞かないヒロインは……②

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「おい、止まれ! 止まらんと痛え目に遭うぞ!」

 野太い声がかかり、御者は反射的に馬車を止めた。見れば数人の男が馬車の前方を立ち塞ぐように立っており、その手にはボウガンが握られていた。

 そのボウガンは自分達に向けられており、鋭い矢がこちらを狙っている。
 矢の先が夕日に照らされ鈍く光るのを目にし、御者は喉をひゅっと鳴らす。

「ひっ……ひいいいい!!!」

 頭が危険を意識した瞬間に御者は手綱を離して馬車から降り、男達とは反対方向へと全力で走っていった。すかさず男達は御者へとボウガンの矢を発射したが、余程悪運が強いのか掠りもしない。

「追いますか?」

「いや、いい。放っておけ」

 男の一人が仲間の中で一番体格のいい人物に尋ねる。
おそらくその人物こそこの集団の頭なのだろう。

 そしてその他の男達は御者のいなくなった馬車の御者台に飛び乗り、手綱をとって馬を止めた。その手際の良さから彼等はかなりこういった状況に慣れているようだ。

かしら、こりゃ相当いい馬車ですよ。バラして部品を売ればいい金になりそうだ」

「馬も相当いいのを使ってますぜ。これは高く売れますよ……」

 男達は目を輝かせて馬車と馬を吟味する。頭と呼ばれた人物は男達に「それよりまず中にいる奴を引きずり出すぞ」と告げる。

「こんな高級馬車に護衛が一人もついていないのが気になる。中にいるのは腕っぷしの強え奴かもしれんから、慎重に開けろよ」

 頭と呼ばれた男は高級馬車に一人も護衛がいないことに違和感を覚えていた。
 護衛がいないのではなく、つけられないだけなのだが事情を知らない者がそんなことに気づくはずもない。

 だからもしかすると馬車の中には戦闘能力の高い騎士等が乗っているのではないかと考え、配下の者に十分注意するよう告げて扉を開けさせた。

 ゆっくりと扉を開け、馬車の中の人物が武器を構えていきなり飛び出してきたて……ということがないと確認して中を覗き込む。

「ほお……これはだ」

 馬車の中にいたのは豊かな金の髪と紫の瞳が美しい可憐な少女であった。
 今自分の身に起きている状況が理解できず恐怖で体を震わせている。

「な、なんなの……貴方達……」

「ふうん……声もいいな。肌も髪も上質だ……

 馬車の中にいたのが若い女と知って警戒を緩めた頭が舌なめずりをしながら馬車の中で震えるヘレンを値踏みする。その他の男達も馬車の中をのぞき、ヘレンを見ると「ヒュー!」と囃し立てた。

「えー……売っちまうんですか? これだけの上玉ならちょっとくらい味見したかったんすけど……」

「阿呆か、よく考えろ。この女を含めた全てを売っぱらえば、娼館貸し切り出来るほどの金が手に入るぞ? そうすれば女なんて選り取り見取りだ。こんな小便臭いガキを相手にするよかそっちの方がいいだろう?」

「あ、それもそうですね。流石は頭!」

 男達はヘレンを前提で話を進めている。当の本人はというと、彼等が何者で自分が今どんな状況に置かれているか全く分からず混乱状態にあった。

「貴方達はいったい誰なの!? 御者さんは何処?」

 必死に訴えるヘレンを無視して男は乱暴に腕を掴んできた。

「い、痛っ……!? な、なに? 何するの!?」

「とりあえずここから出てもらおうか、お嬢ちゃん」

 下卑た笑みを浮かべる粗野な男にヘレンは恐怖を感じた。
 状況が上手く飲み込めないが、このままだと何処かに連れ去られてしまうというのは分かる。

「いやっ! 離して! 触らないで!」

 男の腕を振り払おうと身を捩るがびくともしない。
 その無駄な行動はかえって男の機嫌を良くするだけだった。

「活きのいいお嬢ちゃんだな。ちいっとばかし色気が足りねえが……この顔なら十分高値がつくだろう」

「……高値って何? 私は帰らなくてはならないのよ! お願いだから離して!」

 ヘレンが必死に訴えようとも男は全く耳を貸さない。
 何故なら男にはヘレンの言い分を聞く必要性などないからだ。
 
 先程ヘレンが御者の言い分を聞くよりも自身のしたい事を優先させた事と、全く同じことが今おきている。

「おい、このお嬢ちゃんを眠らせろ。それで全身に布をかけて運べ」

 ヘレンが男に何かを言い募ろうとする前に背後から鼻のあたりに手巾を覆われる。
 その手巾はやたら甘ったるい香りが漂い、それを嗅いだ瞬間ヘレンの意識は途絶えた。

 そして、ヘレンはやたら露出の高いドレスを身に纏った女が沢山いる館で目を覚ますのだった────。
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