茶番には付き合っていられません

わらびもち

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馬車を用意したのは……

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「…………ごめんなさい。私、今までずっとミシェル様を傷つけていたのですね……」

「は? 今更ですか? 逆にどうして傷つけていないと思っていたのです? 罪悪感無く他人の婚約者にずーっとくっついていられるその愚鈍な神経が羨ましいです」

 私の言葉にヘレンは一度引っ込んだ涙を再び溢れさせた。

「すみませんでした……。てっきり、私達は友達だと思っていたので……」

 その発言に耳を疑った。
 友達? 私とヘレンが? え? 何をどうすればそんな解釈が出来るの?

「貴女……頭は大丈夫? 何をどうすればわたくしと貴女が友人だと解釈できるの?」

「え? え……だって、昔から一緒に過ごした仲ですし……幼馴染のようなものだと……」

「それは貴女が何故かいつもわたくしの婚約者の隣にいたからよね? 本来は婚約者同士の交流のはずなのに、無関係の貴女は堂々と同席していたわよね? しかもそれを指摘すると王子は何故かわたくしを怒鳴りつけてきたわね? どちらかといえばわたくしが邪魔者だったわね? だから何も言えずに大人しくその場に置物のように居続けるしかなかったわたくしと……友達? 幼馴染? 貴女……頭がおかしいのではなくて?」

 目の前でミシェルがあの馬鹿王子に罵倒されている姿を何度も見てきたというのに何も感じないの? 泣きそうな顔で耐えていたミシェルと見て罪悪感を覚えなかったの?

 やはりヘレンはおかしい。そして今、私ははっきりとこの女が嫌いだと分かった。

「ご……ごめんなさい! ミシェル様を悲しませるつもりはなかったんです! アレクとは兄妹のように育ったから……隣にいることがもう当たり前になっていて……」

じゃなくて、本物の兄妹だけどね」

「────っ!!?」

 ヘレンの顔が強張ったところを見る限り、彼女はあの馬鹿王子を異性として愛していたのだと分かる。愛した男が実の兄だと分かってさぞかしショックでしょうね。

「……だとしたら! もう私の家族はアレクだけなんです! 王妃様は昏睡状態でお話もできない状態で……もう永くないのだと私でも分かるんです……! だったら、だったらせめてアレクだけでも助けたいんです!」

 涙ながらに必死で訴えてくるヘレン。しかし私はそれよりも彼女の発言の一部に違和感を覚えた。

「…………王妃様が昏睡状態? ……それって、意思疎通もできないということ?」

「へ……? え、ええ……そうです」

「それって……いつから?」

「え? えーっと……数日前から……」

「まって、じゃあ……貴女は今日、?」

 ヘレンが使用した馬車は王家の紋章付きの、使ものだった。いくらヘレンが王妃様や王子の寵愛を受けていようとも、王族でないのならあの馬車を動かす命令を下すことは不可能。以前彼女がここに来たときは王妃か王子が使用許可を出したのだろうが、今王子は投獄されており、王妃も昏睡状態にあるという。

 だとしたら……誰がヘレンにあの馬車を使わせたというの?

「あ、え、えーっと……。ごめんなさい、それを言ったら駄目だと言われていまして……」

「言ったら駄目? その人物の名を出すことは禁じられているというわけ?」

「はい…………そうなんです。私、どうしても王妃様とアレクを助けたくて……。だからミシェル様に会いにいこうと思ったのですが、お邸の場所も知らなくて……困っていたらその方が馬車を出してくれたんです。でも、名前は出したら駄目って……」

「そう……分かったわ」

 ヘレンが言わずとも候補は絞られている。王妃と王子を除外した王族はもう、国王か大公殿下しかいない。

(考えられるとしたら国王が……? でも、いったい何のために? ヘレンをわたくしの元に寄越して何になると? それともまさか大公殿下が?)

 未だに何を企んでいるのか分からない国王。そんな国王ならばヘレンを私のもとに寄越すという意味不明な行動も平気でしそうだ。

 ただ……もし大公殿下だったらと思うと気が気じゃない。
 あの御方だけは信頼できるのだと思いたい。だから私は少しカマをかけてみることにした。

「まあ……その御方も馬鹿が過ぎるわ。貴女を使って息子を助けようなんて……他力本願で厚顔無恥な御方ですこと」

「なっ……そんな言い方しないでください! は本気でアレクを心配して…………あっ……」

 ヘレンは自分の失言に気づき口を両手で塞いだ。
 ふーん……なるほど、陛下がね。よかったわ、大公殿下が裏で糸を引いていなくて……。

「だとしても頼る相手を間違えているわ。投獄された王子を一介の令嬢であるわたくしが何とか出来ると思って?」

「それは……ミシェル様がまたアレクと婚約してくれたらどうにかなると……」

が貴女にそうおっしゃったの?」

「……っ!? そ、それは……その……」

 ヘレンは実に分かり易い。淑女教育を受けていないであろう彼女は感情を表に出さないすべを知らない。だからこうして口に出さずとも、その表情だけで心の内が分かる。

「まわりくどく言っても貴女は分からないでしょうからハッキリ言うわね。よ。わたくしはあの王子がこの世で一番嫌いなの。それに投獄されるような犯罪者の妻になるなんて恥よ。はこのエルリアン家の娘であるわたくしにそんな恥辱を受けろと?」

 高圧的な口調で告げればヘレンはビクッと体を震わせた。
 本来であれば公爵令嬢に直答できる立場にないことを分からせるため、あえて厳しい言い方をする。おそらくヘレンはそこまでは理解できないだろうが、私の言い方が何となく怖いということは感じ取れたようだ。

「ご、ごめんなさい……。でも、でもそれ以外の方法が見つからなくて……! わ、わたしに出来ることなら何でもしますから!」

「は? 何でもする(・)? 呆れた……。お前は自分に出来ることがあると思っているの?」

「へ………………?」

 呆気にとられるヘレンに私はため息をついた。
 何故彼女はこうも根拠のない自信を持てるのか、それが不思議でならない。

「お前にいったい何が出来るというの? 身分も権力も無いお前に状況を一変できる力があるとでも? ……思い上がりも甚だしいわ。こんな状況になる前にあの二人から離れることが、唯一お前に出来たことよ」

「それは……だって、嫌でした! 二人は私にとって大切な人です! 離れるなんて考えられない……」

「だったらグダグダ言ってないで現状を受け入れなさいよ。お前が大切にしている人がお前のせいで破滅する姿をしっかりその目に焼き付けなさい。今のお前に出来ることはそれだけよ」

 現実を突きつけられたヘレンはショックで茫然自失となった。
 
 自分に何の力も無いことも、もう手遅れなことにも、私に言われるまで気づかなかったのだろうか?

 つくづくこの女は頭がおかしい。自分がやらかした事に何の罪悪感も持っていない。
 それに分かっていたことだが倫理観もおかしい。無理強いされていたならともかくとして、自分の意志で婚約者持ちの男の隣に居続ける精神が理解できない。

 自分のせいで婚約が壊れても、自分の大切な人が死ぬかもしれなくとも、自分の行いを何ら後悔していない。そのずれた考えに寒気すら感じる。
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