茶番には付き合っていられません

わらびもち

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知らなかったの?

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「駄目だと言っても……貴女に何が出来るの?」

「そ、それは……でも、私だけ助かるなんて……出来ません」

「ああ、そう。ならお好きになさったらよろしいのではなくて? わたくしは別に強制しません。貴女のお好きになさいませ」

 私の突き放す態度にヘレンは悲痛な顔を向けてきた。
 この状況を客観的に見れば私は可憐なヒロインを虐める悪女だろう。
 だけどそれで別に構わないし、心はひとつも痛まない。

 この、どこまで“良い子”であろうとする彼女の態度に吐き気がする。
 それで本当に彼女の行動が善であるなら私も心が揺れたかもしれない。

 だが、ヘレンがした行動はただミシェルの心を無神経に踏みにじっただけ。
 本当の善人であれば他人の婚約者に恋人面をして侍らないし、大人しく身を引いたはずだ。それをせず、こんな結果になるまで王子の傍にいた挙句、自分が踏みにじった相手に厚顔無恥にも助けを求める。本人に悪意が無い分たちが悪い

(なにより、ヘレンがミシェルにちっとも罪悪感を抱いていないところが無性に腹立つのよ……!)

 ヘレンはミシェルに
 ミシェルの婚約者に、ミシェルの目の前で大切にされ続けても、ミシェルに悪い事をしたと思っていない。
 だからこうして友達面をして、平気で助けを求めてくるのだろう。

 私の感想でしかないのだが、ヘレンはと思う。

 私なら婚約者や恋人がいる男性と必要以上に仲良くなろうとは思わない。
 ましてやその婚約者や恋人の前でその男性と仲睦まじく過ごすなんて真似は絶対にしない。そんなの相手が嫌な想いをすると分かり切っているから。

 これでヘレンが私から婚約者を奪って悦に浸るマウント女であったなら、その行動も納得できる。他人の所有物が欲しくて仕方ないという欲しがり女であるというなら行動に説明がつく。

 けれどヘレンはそうではない。他人にマウントを取るような真似はしないし、そういう発想にも至らないだろう。だからこそ行動に説明がつかなくて気味が悪い……。

「…………ねえ、貴女はどうして王妃様やアレクセイ王子の傍を離れなかったの? わたくしは再三注意したし、住む場所も働く場所も与えると言ったのに……」

 ミシェルはヘレンに別の場所を用意したうえでアレクセイ王子の傍を離れるように伝えていた。身一つで放り出してもいいだろうに、きちんと次の場所まで整えてあげるなんてミシェルは本当に優しい。悪役令嬢なんて位置付けされているがミシェルは我慢強くて慈悲深い女性だ。王子と公爵令嬢の婚約を潰し、国を乱したヘレンよりずっと。

 あら? 今の状況だとヘレンの方がミシェルよりよっぽどじゃない?

「それは……だって、アレクや王妃様と離れたくなかったから……。二人は私にとって家族なんです……!」

「確かにお二人は貴女と血の繋がっただけど、そんな生温い事を言っているからこんな状況になるのよ?」

「………………え? 今、なんて…………」

「は? だから、王妃様とアレクセイ王子は貴女の実の母親と兄だって…………あら? もしかして……貴女、二人と血が繋がっていると知らなかった?」

「そんなの知りません! え!? 王妃様が実の母親でアレクが兄? どういうことですか! 私の両親は亡くなったハスリー子爵夫妻で……」

 ヘレンはひどく取り乱して私に詰め寄った。

 なんだ、さっき二人のことを家族と言ったから、てっきり知っているのだと思ったわ。意外にも王妃様はヘレンに黙っていたのね。あの自己主張の激しい女なら「わたくしが実の母よ!」とか言ってそうなのに。

「だからそのハスリー子爵と王妃様の間に出来たのが貴女よ。アレクセイ王子は陛下との御子だから異父兄妹になるわね」

 別にもう黙っていなくてもいいか、王妃も黙っていろとは言っていなかったし。
 私は開き直って彼女の出生について話した。

「え? え……? そ、それじゃあ……ハスリー家のお母さんは……?」

「亡くなったハスリー子爵夫人? 彼女は貴女を育てる為だけに娶ったそうよ」

 自分の出生が余程ショックだったのか、ヘレンは顔面蒼白になりながら「うそ……うそよ……」と呟いている。この女はミシェルを散々傷つけてもお構いなしだったのに、自分が傷つくとここまで狼狽えるのか。

「な、なにそれ……? お父さんは……なんでそんなこと……」

「貴女のお父君がどうしてそんな事をしたかって? ……陛下の妻を寝取るようなゲスの考えなどわたくしは知らないわよ」

 父親を“ゲス”と蔑まれて怒るかと思いきや、ヘレンは青い顔を赤く染めて俯いた。
 その表情は恥辱に打ち震えているかのように見えた。

(亡くなった父親を悪く言わないでほしい気持ちよりも、その父親が王妃と不貞をしていたことを恥ずかしいのね)

「そんな……私は……不貞で出来た子なの……? だから王妃様はあんなに私に優しくしてくれたの……」

「まあ、そうなるわね。貴女は不思議だと思わなかったの? 王妃様が貴女をあんなに大切にしていたこと。形式上は自分の侍女にしたけれど、実際貴女の仕事なんて王妃様やアレクセイ王子の話し相手くらいでしょう? 侍女の仕事を一つもさせていないことを疑問に思わなかったの? それとも楽を出来たからむしろ嬉しかった?」

「楽だなんてっ……! そんなことは思っていません! それに……王妃様が私は傍にいてくれるだけでいいって……」

「それはそうでしょうね、実の娘だもの。しかも最愛の人との子だから可愛さだって倍増よね。だけど可愛いからといって愛玩動物のように扱うのはいただけないわ」

「なっ……愛玩動物だなんて……!」

「あら、間違っていないでしょう? 貴族令嬢としての教育もまともに受けていないし、侍女としての仕事だって出来ないじゃない。貴女はお茶を飲む作法ですら全くなっていないし、そのお茶を淹れることだって出来ない。王妃様は将来貴女をどうするつもりだったのかしらね? 親ならば子供の将来を考えて教育するのが当然でしょう?」

 ヘレンは頭もよくないし作法もなっていない。
 王妃が彼女に何もやらせないせいで侍女の仕事ひとつ身についていない。

 これで将来どうやって生活させるつもりだったのだろうか?
 貴族として生きていくのであれば淑女としての教育は必須。平民として生きていくとするなら手に職を持つか炊事等の家事をこなせなければ話にならない。ヘレンはそのどちらも出来ていないのだ。あの王妃は娘をどうしたかったのだろうか?

「愛玩動物から人間に進化させるためにわたくしは貴女に王妃様達から離れなさいと言ったのですよ。しっかりと手に職をつけ、将来生きていく事に困らないようにと。貴女の将来を心配して差し伸べたわたくしの手を取らなかったのはご自分でしょう? ……まさか、貴女本気でアレクセイ王子の妃の座を狙っていたの?」

 こんな図々しい女に手を差し伸べるなんて、つくづくミシェルは優しい。優しいを通り越してお人好し過ぎる。
 
あれ? なんでこんな優しいミシェルがあの物語では悪役令嬢なんてやっていたのだろう……。あまりにもヘレンが無神経で馬鹿な女だから我慢の限界が来ちゃったのかな?

 あー……いるよね、すごく優しい人ですら怒らせる無神経な奴。
 考えてみればヘレンってそうだわ。無神経に他人の婚約者にベタベタするわ、侍女なのに平気で職務放棄して同僚を怒らせるわ、近くに絶対いてほしくないタイプの女だわ。

「いや……ちが、そんなつもりじゃなくて……」

 ……なんか耳赤くない? こいつ、以前は王子のことそんな風に思っていないなんて言っていたくせに、やっぱり好きだったの?

「ふーん……じゃあ、どういうつもりだったの?」

「それは……その、どんな形でもいいから王妃様とアレクの傍にいたいと思っていました……」

「ふーん、そう。なら、わたくしに申し訳ないとは思わなかったの? 目の前で自分の婚約者が別の女を寵愛している様を見せつけられてわたくしがどう思うか考えなかった?」

「それは……ごめんなさい、ミシェル様がそこまで傷ついているとは思わなくて……」

 こいつ、正気か? 頭のネジが外れているのか?
自分の婚約者が別の女とイチャイチャしている姿を見せつけられて何も思わないわけがないでしょう!

「…………ああ、貴女って悲しいほどに。他人のパートナーを奪って平然としているところも、周囲を巻き込み多くの人を傷つけても罪悪感ひとつ抱かないところも。嫌になるくらいあの王妃そっくり。血は争えないようね……」

 目の前の女は純粋無垢な“ヒロイン”であると同時に最低最悪の王妃の血を引く娘でもあった。だからこんな……他人の婚約を壊しても何とも思わず、更に自分が傷つけた相手に恥知らずにも助けを求めることが出来るんだ。

「ちが……私、そんなつもりじゃなくて……!」

「どんなつもりでも貴女がわたくしの婚約を壊したことに変わりはないわよ。王妃様だってハスリー子爵と不貞を犯して夫人を悲しませたし、夫である陛下を裏切っている。でもそれに対して罪悪感ひとつ抱かないのよ。凄いわよね、わたくしにはとても真似できないわ……」

「………………っ!?」

 もしかしてヘレンは今初めて自分の所業がどれだけ酷いのか気づいたのかもしれない。
 いや、遅くないか?
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