茶番には付き合っていられません

わらびもち

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大公の謝罪

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 皇太子殿下と離れることに名残惜しさは感じるものの、いつまでもこの場に留まるわけにはいかない。
 もう夜も遅いので今から邸に帰るわけにはいかないが、明日の朝一番に出立出来るようにせねば。

 カップをソーサーへと戻し、椅子から立ち上がったその時だった。
 帝国の使用人がやってきて、おもむろに殿下の前に膝をつく。

「失礼いたします、殿下。ルノール大公殿下がお見えになりました」

 その報せに私と殿下は互いに目を見合わせた。
 そして殿下は再び使用人の元へと目を遣り、冷めた声で「何の用だ」と告げる。

「殿下への非礼を詫びたいと申しておりました。いかがなさいますか?」

「そうか……分かった、会うとしよう。レディ・エルリアン、君も同席願えるか?」

 殿下の問いかけに私はこくりと頷いた。
 正直同席をさせてもらえるのは有難い。私も直接大公殿下と話をしたかったから。
 屑揃いの王族の中で、あの人だけは味方だと信じたい。



「皇太子殿下、此度は大変ご無礼を……深くお詫び申し上げます」
 
 私達がいる場所へと案内された大公殿下は皇太子殿下の顔を見るなり両膝をつき、床に額をつけた。尊き王族のそんな姿に私も皇太子殿下も目を開いて驚愕する。

「ルノール大公、頭を上げてくれ。王族が地に額をつけるなど……」

「いいえ、我が国の王は貴方に無礼を働きました。私が頭を下げて許されることではありません。お気が済むのでしたらどうぞこの首を差し上げます。ですから、どうか開戦だけは……ご容赦を……」

 大公殿下は帝国と戦になることを避ける為にその頭を下げたのだ。
 服が汚れるのも構わず、誇りを捨ててただ国の為に。

 この方が敵か味方かは分からない。分からないが、この方の国を想う気持ちは本物だということだけは分かる。王族として国と民を想うその姿に胸を打たれた。

「ふうん……貴公は中々高潔な人柄だな。あの国王よりもアレクセイ王子よりもずっと王族らしい……」

 皇太子殿下も大公殿下の姿に胸を打たれたようだ。
 声に熱が込められているように聞こえる。

「まあ、頭を上げてくれ。これしきのことで開戦などせぬ。何よりこの国には愛しい君がいる。彼女が住まう国を蹂躙するなど有り得ない」

 甘い愛の言葉と熱い眼差しに再び頬が赤くなる。
 しかしそんな空気に構わず大公殿下は力強く私に頭を下げた。

「エルリアン嬢、すまなかった! アレクセイにしても兄上にしても君への礼を欠いた言動の数々……最早許してくれとは言わない、ただ謝罪だけはさせてほしい!」

 叫ぶような声に甘い空気は雲散霧消した。
 いや、そんな場合ではないことは分かっているのだけど……。

「いえ、どうか頭を上げてください大公殿下」

「いや、我が王家は君の献身を軽んじ過ぎた……。甥の言動は勿論のこと、兄の発言もあんまりにも君やエルリアン家を蔑ろにしている! 皇太子殿下のおっしゃる通り、臣下とは奴隷ではない。王とは臣下の忠義に報いるものであるのに……あの言いようはあんまりだっ……!」

 見れば大公殿下の瞳からは涙が滲んでいた。
 この方は私以上に私が侮辱されたことを悔しがっているのだ。
 それが分かった瞬間、胸に熱いものが込み上げてきた。

「ふむ……貴公はどうもとは違うようだな。そんな貴公を見込んで話がある。どうか頭を上げてこちらへ座ってくれ」

  皇太子殿下の言葉にようやく頭を上げた大公殿下は促されるまま席へと座る。
そこでもまた頭を下げて謝罪を繰り返すので、皇太子殿下がそれを制した。

「謝罪はもう十分受け取った。それよりルノール公、ひとつ聞きたいのだが……」

「はい、何なりとお尋ねください」

「そうか、それなら貴公は『婚約破棄をしたとしてもエルリアン嬢は王妃となる予定だ』という旨の書簡が帝国に届いたことは知っておるか?」

「はい!? 何ですかそれは?」

「貴公は知らぬか。では、これは貴国の王の独断か」

「はい、私は存じ上げません。そんな意味の分からぬ書簡をそちらの国へ送ったのですか?我が兄は一体何を考えているんだ……」

「この内容について貴公はどう思う?」

「どう、と言われましても……意味が分からぬとしか申し上げられません。アレクセイを有責として婚約を破棄すると書面で契約も致しました。もはやそれは覆らぬものと認識しております。そもそも、何故そのような書簡をそちらへ送ったのでしょうか……」

「ああ、それは先に帝国より貴国へアレクセイ王子とレディ・エルリアンの婚約を破棄するようにと急かしたからだ。私はどうしてもレディ・エルリアンと婚約がしたかったし、陛下も彼女を帝国へ迎えることを願っている。それに対しての返答がそれだったというわけだ」

「あ……そうなのですね。殿下はそこまでエルリアン嬢を欲しておられるのですか……。そして、皇帝陛下も同様にエルリアン嬢を帝国へ迎えることを願っておられると」

「うむ、それについて異論はあるだろうか?」

「いえ、とんでもございません。エルリアン嬢は帝国の皇后として相応しい器を持った才媛です。幼い頃より王妃教育を学んできた彼女の努力が無駄にならずに済むことも喜ばしく思います」

 大公殿下の言葉は本心なのだろう。
 彼は私が帝国に望まれていることを我が事のように喜んでいる。
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