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甘く芳しい飲み物
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「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
青褪めた顔の私の前に甘い香りが漂うお茶が置かれる。
見れば白磁のカップの中にベージュ色の液体が満たされており、そこから鼻腔をくすぐる香りが立ち込めていた。
(いい香り……。これは……シナモンかしら?)
漂う香りに恐怖で固まる心が解れてゆく。
顔を上げるとお茶を運んできた側近と目が合った。
「牛の乳で茶葉を煮立て、蜂蜜や砂糖、香辛料を加えた飲み物です。付け合わせのビスケットとよく合いますので、どうぞお試しください」
「レディ、少し休憩しよう。ダンテの淹れる茶は絶品なので是非味わってくれ」
二人に勧められ、私はカップに口をつけた。
(あ、美味しい……)
濃くて甘い、それでいてスパイシーなこの味……これは前世でいうところのチャイによく似ている。ビスケットにも手を伸ばし、一口齧るとほのかにしょっぱい。ビスケットというよりクラッカーみたいだ、甘いお茶とよく合う。
「とても美味しいです……。甘くて落ち着きますね」
「気に入ってもらえてよかった。これは帝国の皇宮でよく飲まれるものだ」
簡単に言うがこのチャイに似た飲み物に使われている香辛料はとても高価な品だ。
そもそもこの世界では香辛料自体が高級品で、同等の重さの金と交換出来るという。
そんな高級品をお茶に使用し、なおかつ日常的に飲めるほどの財力が帝国にはあるということ。
お茶一杯だけでも国力の違いを嫌でも感じさせる。
そんな大国の皇太子に求婚されたのかと思うと、今更ながら重圧で押しつぶされそうな心地がした。
「レディ・エルリアン、怖がらせてすまなかった。ただの想像で確信はないことだから、どうかあまり気にしないでくれ」
「は、はい……。お気遣いいただきありがとうございます」
確かにまだ想像の域を超えていない。
でも……だとすれば、国王はそういう意図があって皇帝陛下宛てにそんな手紙を……?
「はっきり言えるとすれば、君はもう王宮を出て生家に帰った方がいいということだ。あの国王が何を考えているか分からない以上、ここに留まるのは危険だと思う」
「え……ですが、それでは殿下へのもてなしが行き届かぬことになるかと……」
衣食住に関わる全ての手配を私が担当している。そんな私が帰ってしまえば王宮の使用人達が慌てふためくことは間違いない。国王は役に立たないし、大公殿下も細かい部分までは対応しきれないだろう。
「大丈夫だ、私も予定を切り上げて帝国へと帰還する。元々君に直接求婚するためだけにここへ来たわけだからな、目的は果たした。それとも……このまま私と共に帝国へと行くかい?」
誘いと共に片手を差し出す殿下に心が揺らいだ。
許されるのならこのままこの手を取り、共に彼の住む国へと行ってしまいたい。
(ああ、私……この方が好きなんだ……)
恋に落ちるのは一瞬というがまさしくその通り。
今日初めて会った方なのに、もう自分ではどうしようもない程惹かれている。
「殿下、エルリアン嬢を困らせないでください。我が国へ迎える為には煩わしい物を取り払ってからでないと」
再び側近が間に入り殿下の手を払いのけた。
それを残念に思うと同時にホッとしてしまった。彼の言う通り煩わしい物……王太子との婚約破棄をしてからでないと駄目だ。このまま帝国に行ってしまえば殿下は他国の婚約者を奪ったと責められてしまう。
「はい、おっしゃる通りです。何をするにしてもまずは早々に婚約破棄をせねばなりません。急ぎ我が父にこのことを伝え、どう対処すべきかを相談します」
「エルリアン公爵に? ふむ……帝国へ帰還する前に私も挨拶しておこうか」
未来の義父君に、と言いかけたところで殿下は側近に頭を叩かれていた。
側近の方が小声で「この色ボケが……」と殿下に向けて言っていたのが聞こえてしまい気まずい。
青褪めた顔の私の前に甘い香りが漂うお茶が置かれる。
見れば白磁のカップの中にベージュ色の液体が満たされており、そこから鼻腔をくすぐる香りが立ち込めていた。
(いい香り……。これは……シナモンかしら?)
漂う香りに恐怖で固まる心が解れてゆく。
顔を上げるとお茶を運んできた側近と目が合った。
「牛の乳で茶葉を煮立て、蜂蜜や砂糖、香辛料を加えた飲み物です。付け合わせのビスケットとよく合いますので、どうぞお試しください」
「レディ、少し休憩しよう。ダンテの淹れる茶は絶品なので是非味わってくれ」
二人に勧められ、私はカップに口をつけた。
(あ、美味しい……)
濃くて甘い、それでいてスパイシーなこの味……これは前世でいうところのチャイによく似ている。ビスケットにも手を伸ばし、一口齧るとほのかにしょっぱい。ビスケットというよりクラッカーみたいだ、甘いお茶とよく合う。
「とても美味しいです……。甘くて落ち着きますね」
「気に入ってもらえてよかった。これは帝国の皇宮でよく飲まれるものだ」
簡単に言うがこのチャイに似た飲み物に使われている香辛料はとても高価な品だ。
そもそもこの世界では香辛料自体が高級品で、同等の重さの金と交換出来るという。
そんな高級品をお茶に使用し、なおかつ日常的に飲めるほどの財力が帝国にはあるということ。
お茶一杯だけでも国力の違いを嫌でも感じさせる。
そんな大国の皇太子に求婚されたのかと思うと、今更ながら重圧で押しつぶされそうな心地がした。
「レディ・エルリアン、怖がらせてすまなかった。ただの想像で確信はないことだから、どうかあまり気にしないでくれ」
「は、はい……。お気遣いいただきありがとうございます」
確かにまだ想像の域を超えていない。
でも……だとすれば、国王はそういう意図があって皇帝陛下宛てにそんな手紙を……?
「はっきり言えるとすれば、君はもう王宮を出て生家に帰った方がいいということだ。あの国王が何を考えているか分からない以上、ここに留まるのは危険だと思う」
「え……ですが、それでは殿下へのもてなしが行き届かぬことになるかと……」
衣食住に関わる全ての手配を私が担当している。そんな私が帰ってしまえば王宮の使用人達が慌てふためくことは間違いない。国王は役に立たないし、大公殿下も細かい部分までは対応しきれないだろう。
「大丈夫だ、私も予定を切り上げて帝国へと帰還する。元々君に直接求婚するためだけにここへ来たわけだからな、目的は果たした。それとも……このまま私と共に帝国へと行くかい?」
誘いと共に片手を差し出す殿下に心が揺らいだ。
許されるのならこのままこの手を取り、共に彼の住む国へと行ってしまいたい。
(ああ、私……この方が好きなんだ……)
恋に落ちるのは一瞬というがまさしくその通り。
今日初めて会った方なのに、もう自分ではどうしようもない程惹かれている。
「殿下、エルリアン嬢を困らせないでください。我が国へ迎える為には煩わしい物を取り払ってからでないと」
再び側近が間に入り殿下の手を払いのけた。
それを残念に思うと同時にホッとしてしまった。彼の言う通り煩わしい物……王太子との婚約破棄をしてからでないと駄目だ。このまま帝国に行ってしまえば殿下は他国の婚約者を奪ったと責められてしまう。
「はい、おっしゃる通りです。何をするにしてもまずは早々に婚約破棄をせねばなりません。急ぎ我が父にこのことを伝え、どう対処すべきかを相談します」
「エルリアン公爵に? ふむ……帝国へ帰還する前に私も挨拶しておこうか」
未来の義父君に、と言いかけたところで殿下は側近に頭を叩かれていた。
側近の方が小声で「この色ボケが……」と殿下に向けて言っていたのが聞こえてしまい気まずい。
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