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ミアの正体
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「お屋敷……? いや、ミアは貴族令嬢ではないから屋敷には住んでいない。彼女は王都のレストランで住み込みで働いていた女給でな」
「えっ……ミアさんは貴族ではないのですか……?」
「そうだが? あの後店を訪ねてみたら、ミアは店主に『辞めます』と告げてそのまま荷物を纏めて出ていってしまったそうだ。店主も彼女の家族や故郷は知らないらしくて……。だから、ミアは今どこにいるのか分からないんだ」
(ミアさんは平民だったの!? この阿呆は平民を妃にするつもりだったの?)
この国の法律では貴族と平民の婚姻は許されていない。
それなのにこの王子は平民を未来の王妃にするつもりだったのだ。正気とは思えない。
「第一王子殿下は平民の女性を妃にするつもりでしたの!? 正気とは思えませんわ……」
「えっ!? で、でも……母上も元平民だったじゃないか! それでも側妃になれるのならミアだって……どこかの家の養女にでもしてもらえばいいだけだろう!?」
「側妃様とミアさんでは状況が全く違います! 側妃様はお父君が爵位を得て平民から貴族令嬢になりましたのよ? つまり王家に輿入れする時点で側妃様は既に貴族でした! 養子縁組をしないと貴族になれないミアさんとはこの時点で違います! そもそも、貴族の血が一滴も入っていない平民を貴族家の養女にすることは出来ませんわ!」
貴族の庶子ならまだしも、両親ともども貴族の血が入っていない生粋の平民を養女にはできない。
それはこの国の法にも定められていた。
「第一王子殿下は己の欲だけ通すのですね……清々しいくらいにクズですわ。仮に平民が王妃になったとしても、それこそ寝食を犠牲にして教育に励まないととてもじゃないけど務まりませんわよ? 愛する人にそんな苦労を味あわせようなんて鬼畜の所業じゃございませんこと? ミアさんは逃げて正解ですわ。貴方の妻になれば苦労ばかりかけられて、飽きたら捨てられるのが目に見えてますもの」
「そんなことするものか! ミアは……ミアは王太子の重責を感じていた私を癒してくれたんだぞ!? 貴族令嬢にはない天真爛漫なところや屈託のない笑顔が可愛くて……そんな彼女を妻にしたいと思うのは罪なことなのか!?」
ギルベルトのすぐに悲劇の主人公ぶるところがクローディアは心底嫌いだった。
自分の苦労ばかり大袈裟に吹聴し、相手のことなど全く考えてないところがクズすぎる。
今も自分のことばかりで愛しいミアがするであろう苦労のことなどこれっぽっちも考えていない。
「そのミアさんの長所は貴族社会にくれば木っ端みじんに砕かれますわよ。貴族女性は感情を表に出さないように躾けられますから、天真爛漫なところも屈託のない笑顔も一年もあれば失います。そうなれば貴方はミアさんに見向きもしなくなるでしょうし、多分新しい平民女性にうつつをぬかして今度はその人を妻にするとか言うんじゃありません? ああそれに、そんなに王太子でいることが重いと言うなら……剥奪されてようございましたわね?」
「えっ……あっ、いや……それはその……」
「まあ貴方がどう騒ごうが結果は変わりませんわよ。次の王太子はルードヴィヒ様で、王太子妃は私です。貴方は王籍を抜けて適当な一代限りの爵位を与えられるでしょうね。そうなったら別に妻は好きな人を選べますからミアさんを迎えにいったらいいんじゃありませんこと? どこにいるかは分かりませんけどね……」
彼女が何をしたかったのかは不明だが、危機察知能力と引き際の良さには感服した。
もたもたしていたら彼女も連座で罪に問われかねない。そうなる前に行方をくらますなんて素晴らしい行動力だ。
強かさだけでいえば妃に向いているかもしれない。
「そ……そんな! お前はそれでいいのか!? ルードヴィヒなんて3つも下の子供じゃないか!!」
「あら、私は年下でも気にしませんわよ?」
「僕も年の差なんて気にならないね。クローディアは聡明で美しいし、何より王妃教育をすべて受けているんだ。 これ以上の人選はないだろう?」
「なっ……! クローディアは口が悪いんだぞ!? それでもいいのか?」
「いやそれは兄上が常識はずれな下衆行為ばかりするからでしょう? クローディアだって誰彼構わずそんな口は利かないよ? それに気が強い年上美人ってものすごく好みなんだよね」
「まあルードヴィヒ様ったら。私も貴方のような強かで聡明な殿方は大好きですわ」
微笑み合いながら見つめ合う姿はどう見てもお似合いの婚約者だ。
少しもクローディアに寄り添おうとしなかったギルベルトよりも、ルードヴィヒが隣にいるほうがずっと自然である。
「それではごきげんよう第一王子殿下。もう二度と会うことはないでしょう。まあ、今までだって婚約していながら一度も私に会いにきていませんし、こちらから会いにいっても姿を現さなかったわけですし、何も変わりませんわね?」
クローディアの非難する声にギルベルトは何も言えなかった。
婚約してから今までの間、ギルベルトからクローディアを訪ねることもなかったし、クローディアが会いに来ても無視していた。
こんなことしていたら嫌われて当然だ。なのに、なぜかギルベルトは自分がどんな態度をとろうがクローディアの心が離れることなどない、と絶対の自信を持っていた。
だがこれだけ罵倒されて嫌いだと言われ、虫ケラを見るような目で見られたらさすがのギルベルトもクローディアに完全に愛想を尽かされたのだと理解した。その場に膝から崩れ落ち、涙を流してもクローディアがこちらを向いてくれはしない。
ギルベルトは去っていくクローディアの背中をただ見つめ続けるしかできなかった。
「えっ……ミアさんは貴族ではないのですか……?」
「そうだが? あの後店を訪ねてみたら、ミアは店主に『辞めます』と告げてそのまま荷物を纏めて出ていってしまったそうだ。店主も彼女の家族や故郷は知らないらしくて……。だから、ミアは今どこにいるのか分からないんだ」
(ミアさんは平民だったの!? この阿呆は平民を妃にするつもりだったの?)
この国の法律では貴族と平民の婚姻は許されていない。
それなのにこの王子は平民を未来の王妃にするつもりだったのだ。正気とは思えない。
「第一王子殿下は平民の女性を妃にするつもりでしたの!? 正気とは思えませんわ……」
「えっ!? で、でも……母上も元平民だったじゃないか! それでも側妃になれるのならミアだって……どこかの家の養女にでもしてもらえばいいだけだろう!?」
「側妃様とミアさんでは状況が全く違います! 側妃様はお父君が爵位を得て平民から貴族令嬢になりましたのよ? つまり王家に輿入れする時点で側妃様は既に貴族でした! 養子縁組をしないと貴族になれないミアさんとはこの時点で違います! そもそも、貴族の血が一滴も入っていない平民を貴族家の養女にすることは出来ませんわ!」
貴族の庶子ならまだしも、両親ともども貴族の血が入っていない生粋の平民を養女にはできない。
それはこの国の法にも定められていた。
「第一王子殿下は己の欲だけ通すのですね……清々しいくらいにクズですわ。仮に平民が王妃になったとしても、それこそ寝食を犠牲にして教育に励まないととてもじゃないけど務まりませんわよ? 愛する人にそんな苦労を味あわせようなんて鬼畜の所業じゃございませんこと? ミアさんは逃げて正解ですわ。貴方の妻になれば苦労ばかりかけられて、飽きたら捨てられるのが目に見えてますもの」
「そんなことするものか! ミアは……ミアは王太子の重責を感じていた私を癒してくれたんだぞ!? 貴族令嬢にはない天真爛漫なところや屈託のない笑顔が可愛くて……そんな彼女を妻にしたいと思うのは罪なことなのか!?」
ギルベルトのすぐに悲劇の主人公ぶるところがクローディアは心底嫌いだった。
自分の苦労ばかり大袈裟に吹聴し、相手のことなど全く考えてないところがクズすぎる。
今も自分のことばかりで愛しいミアがするであろう苦労のことなどこれっぽっちも考えていない。
「そのミアさんの長所は貴族社会にくれば木っ端みじんに砕かれますわよ。貴族女性は感情を表に出さないように躾けられますから、天真爛漫なところも屈託のない笑顔も一年もあれば失います。そうなれば貴方はミアさんに見向きもしなくなるでしょうし、多分新しい平民女性にうつつをぬかして今度はその人を妻にするとか言うんじゃありません? ああそれに、そんなに王太子でいることが重いと言うなら……剥奪されてようございましたわね?」
「えっ……あっ、いや……それはその……」
「まあ貴方がどう騒ごうが結果は変わりませんわよ。次の王太子はルードヴィヒ様で、王太子妃は私です。貴方は王籍を抜けて適当な一代限りの爵位を与えられるでしょうね。そうなったら別に妻は好きな人を選べますからミアさんを迎えにいったらいいんじゃありませんこと? どこにいるかは分かりませんけどね……」
彼女が何をしたかったのかは不明だが、危機察知能力と引き際の良さには感服した。
もたもたしていたら彼女も連座で罪に問われかねない。そうなる前に行方をくらますなんて素晴らしい行動力だ。
強かさだけでいえば妃に向いているかもしれない。
「そ……そんな! お前はそれでいいのか!? ルードヴィヒなんて3つも下の子供じゃないか!!」
「あら、私は年下でも気にしませんわよ?」
「僕も年の差なんて気にならないね。クローディアは聡明で美しいし、何より王妃教育をすべて受けているんだ。 これ以上の人選はないだろう?」
「なっ……! クローディアは口が悪いんだぞ!? それでもいいのか?」
「いやそれは兄上が常識はずれな下衆行為ばかりするからでしょう? クローディアだって誰彼構わずそんな口は利かないよ? それに気が強い年上美人ってものすごく好みなんだよね」
「まあルードヴィヒ様ったら。私も貴方のような強かで聡明な殿方は大好きですわ」
微笑み合いながら見つめ合う姿はどう見てもお似合いの婚約者だ。
少しもクローディアに寄り添おうとしなかったギルベルトよりも、ルードヴィヒが隣にいるほうがずっと自然である。
「それではごきげんよう第一王子殿下。もう二度と会うことはないでしょう。まあ、今までだって婚約していながら一度も私に会いにきていませんし、こちらから会いにいっても姿を現さなかったわけですし、何も変わりませんわね?」
クローディアの非難する声にギルベルトは何も言えなかった。
婚約してから今までの間、ギルベルトからクローディアを訪ねることもなかったし、クローディアが会いに来ても無視していた。
こんなことしていたら嫌われて当然だ。なのに、なぜかギルベルトは自分がどんな態度をとろうがクローディアの心が離れることなどない、と絶対の自信を持っていた。
だがこれだけ罵倒されて嫌いだと言われ、虫ケラを見るような目で見られたらさすがのギルベルトもクローディアに完全に愛想を尽かされたのだと理解した。その場に膝から崩れ落ち、涙を流してもクローディアがこちらを向いてくれはしない。
ギルベルトは去っていくクローディアの背中をただ見つめ続けるしかできなかった。
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