上 下
8 / 11

第二王子

しおりを挟む
「だ、だがっ! お前は今まで王妃になるべく努力を重ねてきたのだろう? 私と婚約を破棄してしまえばそれが台無しになってしまうではないか! そうだろう?」

 いい案出したとばかりにドヤ顔をするギルベルトに苛立ちを感じ、反論しようとしたクローディアの背後から涼しい声がかかった。

「お待たせ、クローディア。ごめんね? 迎えに来るのが遅かったせいで兄上に絡まれてしまったようだね。不快な想いさせてすまない」

「ルードヴィヒ!? どうしてお前がここにいる? いや、それよりも私の婚約者に触るんじゃない!」

 クローディアの肩を抱きよせ手の甲に口付ける黒髪美少年。彼はこの国の第二王子殿下でありギルベルトの異母弟のルードヴィヒである。

 今年社交界デビューを果たしたばかりの初々しい14歳の美少年と、黙っていれば深窓の美姫のクローディアが並ぶ姿はとても絵になる。

? はあ……兄上は自分でクローディアと婚約破棄したんじゃないか。 何? 若いのに健忘症でも患ってるの?」

「ルードヴィヒ様、第一王子殿下はご自分の都合のいいように記憶を改竄するのはいつものことですわ」

「ああ、そうだったね。猿より話が通じないから疲れるんだよね。放っておいて行こうかクローディア、母上もお待ちだ」

 ルードヴィヒは兄を無視し、そのままクローディアの手を引いて歩き出した。

「待てっ! ルードヴィヒ、お前はどうしてそんなにクローディアと親し気なんだ!? まるで婚約者同士みたいじゃないか!」

「まるで、じゃなくて実際そうなんだよ兄上。クローディアと僕は先日婚約を結んだ立派な婚約者同士だよ」

 しれっとした顔でそう言うルードヴィヒにギルベルトは愕然とした。
 そして何を思ったのか縋るような眼差しをクローディアに向ける。
 元婚約者からそのような視線を向けられたクローディアは心底嫌そうな顔を向けた。

「さきほど貴方も言っていたではありませんか、私が王妃になるべく努力をしてきたと。そんな私が次期国王となるルードヴィヒ様と婚約を結ぶのは何もおかしなことではありませんわよね?」

 クローディアは多少令嬢らしからぬ部分はあれど、家柄も容姿も能力も次期王妃として申し分ない。
 何よりミュラー公爵家の謀反を防ぐためにも王家としてはどうしてもクローディアを未来の王妃にしたい。

「なっ!? お、お前は私に婚約破棄されたのだぞ!? 世間的には傷物だろう? そんなのが王妃になるというのか!?」

「はあ……先ほどの発言とと矛盾していますわよ、お馬鹿。頭お花畑な阿呆王子に婚約破棄されたくらいで傷がつくほど私の土台はヤワじゃありませんわよ。 ああもう、貴方とまともに会話するのは疲れますわ。話す度に好感度がガンガン下がっていってもうマイナスなんですけど……こんな方って他にいるかしら? 相手するだけでどんどん嫌いになっていくのよ。仮にいいところがあっても悪い所がそれを上回るわ。なんで王家は今までこんなのを王太子にしていたのよ?」

 心底不思議だという視線をルードヴィヒに向けると、彼は優しく微笑みながらも辛辣な台詞を吐いた。

「うん、そうだよね。側妃様可愛さに陛下がゴリ押しさえしなければ、兄上が王太子になることはなかったのにね。陛下は公爵に土下座までして婚約をお願いしたのにさ、そんな父親の涙ぐましい努力を無視して今回の婚約破棄騒動じゃない? クローディアとの婚姻なしで王太子のままでいられるわけないのに馬鹿だよね~」

「なっ・・・! 口が過ぎるぞルードヴィヒ!! だいたい父上がそんなことしていたなんて私は知らなかったんだ!!」

 ギルベルトのこの発言に、ルードヴィヒは凄みのある冷たい視線を向ける。

「兄上はいっつもそうだね。人が自分のためにしてくれることを何も知ろうとしない。父上は兄上を王太子にしたいがためにミュラー公爵家まで巻き込んだんだよ? そのせいでクローディアは何年間も兄上の婚約者として縛られ続けたんだ。分かる? 長い間自分を蔑ろにする男の婚約者という不名誉な称号をずっと抱えていた彼女の気持ちが? 分からないよね~、だって兄上ってちっとも人の気持ちを理解できないもんね。だからクローディアに再婚約だなんて恥さらしで相手を馬鹿にした行動がとれるんだね」

「第一王子殿下、何度も言いますが私が貴方と再度婚約を結ぶなど生涯あり得ぬことです。だって私、貴方のことが大嫌いですもの! 初めて会った時からずっと嫌いでしたわ。初対面で挨拶一つまともに出来ないし、婚約者としての必要最低限の義務すらこなさなかった。このままそんな最低野郎の妻になるのかと沈んだ気持ちでいましたので、婚約破棄してくれたことはとっても嬉しかったですけどね! ただ、あんな公衆の面前で婚約破棄はありえませんわ。私を何だと思ってらしゃるの? 当然、報いは受けてもらいますわよ」

 クローディアは蔑んだ眼をギルベルトに向け、積もり積もった鬱憤を晴らすかのようにそう言った。
 何年もの間に溜まりに溜まった想いはこんなものではないとばかりに責め立てる。

「それに貴方には謝罪する気持ちもありませんの? 婚約者を長年にわたり蔑ろにし、公衆の面前で婚約破棄をして申し訳ないとは思いませんの? 思わないのだとしたら人として終わっていますわね。猿でも反省くらいはできますのよ?」

「う……す、すまなかった……」

「まあ今更ですけどね。貴方の謝罪に何の価値もありませんし、謝罪だけで許されるはずもないのですから」

「そんな……王子である私がこんなに謝っているのに許してくれないのか?」

「そんな適当な謝罪で何で許されると思うんですか!? それに王子だからなんだっていうんですか? そういう傲慢なところも嫌いなんですよ! そもそも謝って反省するくらいなら最初からやらなきゃいいじゃないですか! 長年蔑ろにするわ公衆の面前で婚約破棄するわ……とてもじゃないけど謝罪だけで許される案件じゃないでしょうが! といいますか、貴方には愛しのミアさんがいましたでしょう? 彼女がいながらまた私にすりよるなんてみっともないですわ!」

「ミアはその……あの夜会の後から所在が分からないんだ……」

 どうやらギルベルトは愛しの君に逃げられてしまったようだ。
 確かに愛しの君はあの場でギルベルトを完全に見限った顔をしていた。
 だが、貴族令嬢の所在が分からないとはどういうことだろう。
 
「え? ミアさんは自分のお屋敷に戻っていないということですの?」

 それが本当なら大変なことじゃないか、とクローディアは目を丸くして驚いた。
 
 誘拐か、失踪か、はたまた事件に巻き込まれたか……。
 
 一人で行方をくらますことが困難な貴族令嬢が行方不明とはそういうことになる。

 だが、純粋に彼女を心配するクローディアにかけられたギルベルトの言葉はとても予想できないものだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拗れた恋の行方

音爽(ネソウ)
恋愛
どうしてあの人はワザと絡んで意地悪をするの? 理解できない子爵令嬢のナリレットは幼少期から悩んでいた。 大切にしていた亡き祖母の髪飾りを隠され、ボロボロにされて……。 彼女は次第に恨むようになっていく。 隣に住む男爵家の次男グランはナリレットに焦がれていた。 しかし、素直になれないまま今日もナリレットに意地悪をするのだった。

完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。 『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』 『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』 公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。 もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。 屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは…… *表紙絵自作

未来予知できる王太子妃は断罪返しを開始します

もるだ
恋愛
未来で起こる出来事が分かるクラーラは、王宮で開催されるパーティーの会場で大好きな婚約者──ルーカス王太子殿下から謀反を企てたと断罪される。王太子妃を狙うマリアに嵌められたと予知したクラーラは、断罪返しを開始する!

やめてくれないか?ですって?それは私のセリフです。

あおくん
恋愛
公爵令嬢のエリザベートはとても優秀な女性だった。 そして彼女の婚約者も真面目な性格の王子だった。だけど王子の初めての恋に2人の関係は崩れ去る。 貴族意識高めの主人公による、詰問ストーリーです。 設定に関しては、ゆるゆる設定でふわっと進みます。

クリスティーヌの華麗なる復讐[完]

風龍佳乃
恋愛
伯爵家に生まれたクリスティーヌは 代々ボーン家に現れる魔力が弱く その事が原因で次第に家族から相手に されなくなってしまった。 使用人達からも理不尽な扱いを受けるが 婚約者のビルウィルの笑顔に救われて 過ごしている。 ところが魔力のせいでビルウィルとの 婚約が白紙となってしまい、更には ビルウィルの新しい婚約者が 妹のティファニーだと知り 全てに失望するクリスティーヌだが 突然、強力な魔力を覚醒させた事で 虐げてきたボーン家の人々に復讐を誓う クリスティーヌの華麗なざまぁによって 見事な逆転人生を歩む事になるのだった

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

【完結/短編】いつか分かってもらえる、などと、思わないでくださいね?

雲井咲穂(くもいさほ)
恋愛
宮廷の夜会で婚約者候補から外されたアルフェニア。不勉強で怠惰な第三王子のジークフリードの冷たい言葉にも彼女は微動だにせず、冷静に反論を展開する。

処理中です...