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番外編
彼女の母と公爵の関係③
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「口を挟んですみません。ですがジュリエッタの言う通りかと。公爵様が第二夫人にと望んだのはお義母様だけですから」
シロの言葉に母は心底嫌そうな顔を見せた。
身分の高い貴公子に見初められる、というのは女性が憧れるシチュエーションだが、母にとってはいらないものらしい。
「ああ、公爵様って私以外にも庶子がいたのよね? ということは、他にもお母さんみたいな女性がいたってこと。その人達は第二夫人に誘われなかったということかしら?」
「その通りだよ。ジュリエッタの以外にも二人の庶子がいたけど、その母親には金銭を支払って終わりだったそうだ。そうリサさんから聞いたよ」
「自分の子供を産んだ女性にその対応はどうかと思うけど、公爵様にとってお母さんだけが特別だったのね。ああ……だからかな? 邸を出て行く前……あの人は私を正式にハルバード家の令嬢として迎える、なんて言ってたのよ」
好いた女性が産んだ娘だからか。
それともジュリエッタを邸に迎えれば母も迎えられると思ったからか。
どちらにせよジュリエッタはそこに残るなんて選択肢は持ち合わせていないのに。
「公爵様が貴女を? それで貴女はどう答えたの?」
困惑した表情で母がジュリエッタにそう尋ねる。
「もちろん断ったわよ。私はお母さんの元に帰りたかったんだもの」
「ジュリエッタ……! 嬉しいわ。けど、よかったの? 公爵家のお嬢様になれば美味しい食事も綺麗なドレスも好きなだけ楽しめるのよ? それに家事をしなくても身の回りのことは全部使用人がやってくれるわ。お姫様のような生活が出来たのに、本当によかったの?」
「もちろんよ! だって別にドレスも宝石も興味ないし、食事だって豪華だけど全部冷めてるし、使用人が常にいたら気が休まらないわ。生まれながらのお嬢様ならその生活が普通なんでしょうけど、ずっと平民として暮らしてきた私には窮屈だもの」
自分にお姫様の暮らしは無理だ。
ジュリエッタは公爵邸で暮らし始めてすぐにそう悟った。
何もしなくても身の回りのことは全て使用人がやってくれる。
食事の用意も、着た服を洗うのも、水を汲むのも全て自分以外の誰かが。
楽といえば楽だけど、その代わり自由がない。
全て管理されて、監視されているようで、窮屈で息が上手く出来ない。
そんな毎日だった。
「私はずっとお母さんの元に帰りたかったのよ。全部終われば帰れる、それだけを希望に頑張ってきたんだから」
「ジュリエッタ……。そう、そうなのね。よく頑張ったわ……貴女は私の宝物よ」
涙を零しながら自分を抱きしめる母に、ジュリエッタは意を決して尋ねた。
一番聞きたかったことを。
「ねえ、お母さん……。お母さんは、私を産んで後悔していない?」
女手一つで子供を育てることは大変だ。
しかもその子供は愛してもいない男との子。それをどんな気持ちで育てていたのだろうか。
ジュリエッタは隣にいるシロの手を無意識に握る。
すると彼も強く握り返してくれて、それだけで不安が和らいだ。
「馬鹿ね、後悔なんてするわけないわよ。いくら父親が生理的に無理な相手だとしても、貴女は私の宝物だわ。生まれた瞬間から世界一大切な存在になったんだもの」
ああ、やはりだ。母は自分を愛してくれていた。
分かってはいたが、改めて言葉にされると嬉しくて涙が溢れてくる。
「いいの? お母さんを同意なく無理矢理孕ませるような下劣な男の娘なのに……」
「そんなの関係ないわ。父親が何であれ、貴女は私が望んで産んだ子よ。それに公爵様は夫でも何でもないもの、単なる子種の提供者に過ぎないわ。子種に性格の良し悪しなんて求めないわよ」
すごい答えが返ってきた、とジュリエッタは驚愕の眼差しで母を見る。
そしてすぐにそういえば母はこんな性格だったなと思い直した。
か弱き乙女のような見た目をしているが、その中身は実に逞しく、そして潔いのだ。
「よかった……。私ね、公爵様に会って不安になったのよ。お母さんは、私が産まれて迷惑だったんじゃないかって……」
「まあ、そんなこと考えていたの! 馬鹿ね、お母さんが貴女を迷惑に思うことなんてあるわけないわ。孕まされたことは自分の意思じゃなかったけど、産んで育てると決めたのは私よ。迷惑だなんてとんでもないわ!」
「お母さん…………」
親子の絆を確かめ合う、そんな感動の雰囲気が漂う部屋にいきなり大きなノック音が鳴り響いた。
シロの言葉に母は心底嫌そうな顔を見せた。
身分の高い貴公子に見初められる、というのは女性が憧れるシチュエーションだが、母にとってはいらないものらしい。
「ああ、公爵様って私以外にも庶子がいたのよね? ということは、他にもお母さんみたいな女性がいたってこと。その人達は第二夫人に誘われなかったということかしら?」
「その通りだよ。ジュリエッタの以外にも二人の庶子がいたけど、その母親には金銭を支払って終わりだったそうだ。そうリサさんから聞いたよ」
「自分の子供を産んだ女性にその対応はどうかと思うけど、公爵様にとってお母さんだけが特別だったのね。ああ……だからかな? 邸を出て行く前……あの人は私を正式にハルバード家の令嬢として迎える、なんて言ってたのよ」
好いた女性が産んだ娘だからか。
それともジュリエッタを邸に迎えれば母も迎えられると思ったからか。
どちらにせよジュリエッタはそこに残るなんて選択肢は持ち合わせていないのに。
「公爵様が貴女を? それで貴女はどう答えたの?」
困惑した表情で母がジュリエッタにそう尋ねる。
「もちろん断ったわよ。私はお母さんの元に帰りたかったんだもの」
「ジュリエッタ……! 嬉しいわ。けど、よかったの? 公爵家のお嬢様になれば美味しい食事も綺麗なドレスも好きなだけ楽しめるのよ? それに家事をしなくても身の回りのことは全部使用人がやってくれるわ。お姫様のような生活が出来たのに、本当によかったの?」
「もちろんよ! だって別にドレスも宝石も興味ないし、食事だって豪華だけど全部冷めてるし、使用人が常にいたら気が休まらないわ。生まれながらのお嬢様ならその生活が普通なんでしょうけど、ずっと平民として暮らしてきた私には窮屈だもの」
自分にお姫様の暮らしは無理だ。
ジュリエッタは公爵邸で暮らし始めてすぐにそう悟った。
何もしなくても身の回りのことは全て使用人がやってくれる。
食事の用意も、着た服を洗うのも、水を汲むのも全て自分以外の誰かが。
楽といえば楽だけど、その代わり自由がない。
全て管理されて、監視されているようで、窮屈で息が上手く出来ない。
そんな毎日だった。
「私はずっとお母さんの元に帰りたかったのよ。全部終われば帰れる、それだけを希望に頑張ってきたんだから」
「ジュリエッタ……。そう、そうなのね。よく頑張ったわ……貴女は私の宝物よ」
涙を零しながら自分を抱きしめる母に、ジュリエッタは意を決して尋ねた。
一番聞きたかったことを。
「ねえ、お母さん……。お母さんは、私を産んで後悔していない?」
女手一つで子供を育てることは大変だ。
しかもその子供は愛してもいない男との子。それをどんな気持ちで育てていたのだろうか。
ジュリエッタは隣にいるシロの手を無意識に握る。
すると彼も強く握り返してくれて、それだけで不安が和らいだ。
「馬鹿ね、後悔なんてするわけないわよ。いくら父親が生理的に無理な相手だとしても、貴女は私の宝物だわ。生まれた瞬間から世界一大切な存在になったんだもの」
ああ、やはりだ。母は自分を愛してくれていた。
分かってはいたが、改めて言葉にされると嬉しくて涙が溢れてくる。
「いいの? お母さんを同意なく無理矢理孕ませるような下劣な男の娘なのに……」
「そんなの関係ないわ。父親が何であれ、貴女は私が望んで産んだ子よ。それに公爵様は夫でも何でもないもの、単なる子種の提供者に過ぎないわ。子種に性格の良し悪しなんて求めないわよ」
すごい答えが返ってきた、とジュリエッタは驚愕の眼差しで母を見る。
そしてすぐにそういえば母はこんな性格だったなと思い直した。
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「よかった……。私ね、公爵様に会って不安になったのよ。お母さんは、私が産まれて迷惑だったんじゃないかって……」
「まあ、そんなこと考えていたの! 馬鹿ね、お母さんが貴女を迷惑に思うことなんてあるわけないわ。孕まされたことは自分の意思じゃなかったけど、産んで育てると決めたのは私よ。迷惑だなんてとんでもないわ!」
「お母さん…………」
親子の絆を確かめ合う、そんな感動の雰囲気が漂う部屋にいきなり大きなノック音が鳴り響いた。
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