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番外編
公爵夫人の望み④
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「ダリア様もお可哀想な方ですわ。なまじ美しい容姿をしていたせいで陛下に見初められ、王宮へと連れてこられ、自由も意思も全て奪われて……」
「はあ? 陛下に見初められた幸運を『可哀想』だと……!? 馬鹿なことを言うな! 陛下に愛されて喜ばぬ女などいるものか!」
「いますよ。現にダリア様はこれぽっちも喜んでいません。彼女には結婚を約束した幼馴染がいたのです。なのにたまたま訪れた陛下に一目惚れされ、有無を言わさず連れてこられ、3人も子を産まされた。これが悲劇と言わずに何と仰るの?」
「幼馴染だと? たかが平民の婚約者と国王を秤にかけてどちらがいいかなど決まっているだろう!?」
「ええ、ダリア様は平民の婚約者の方がいいでしょうね。とても優しい方だそうで、少なくとも陛下のように暴力を振るったりはしないそうですよ」
「は……? 暴力だと? 陛下が……?」
「呆れた。貴方知らなかったのですか? 王宮に連れてこられ、泣いて幼馴染の名前を呼ぶダリア様に激高し、あろうことかご自分の見初めた顔を殴ったのですよ? ダリア様はいつもヴェールを被っているでしょう? あれは殴られた際に出来た傷を隠すためですよ」
「う、うそだ……。陛下がそんな……」
「嘘なものですか。その場に居合わせた侍女が目撃しております。あまりにも衝撃的な光景で、今も忘れられないと申しておりました」
「待て、何故ダリア様の侍女がお前に?」
公爵の質問に夫人は大袈裟にため息をついた。
そしてどうしようもない者を見る目を夫に向ける。
「貴方ってほんとうに忘れっぽいのですね? 陛下から『王宮女官は皆王妃の手先だ。ダリアを虐めるかもしれない』と言われて当家の侍女をダリア様の宮に派遣したことをもうお忘れで? まあ、虐めているのは誰でもない陛下ですけど。王妃様はむしろダリア様を憐れんでおりますけどね?」
「あ……! あ……そうだったな……」
国王にそう頼まれ、妻に丸投げしたことを公爵は都合よく忘れていた。
それを指摘され、罰の悪い顔で目を逸らす。
「暴力を振るう男を好きになる女なんていません。いたとしてもそれは被虐趣味を持つ方だけ。ダリア様は陛下を恐れております。もちろんお子様である王子達もね。母親を殴る父親を、どうして好きになれましょうや」
公爵は何とも言えない顔で妻の話を聞いていた。
まさか国王が愛してやまない妾に暴力を振るっているなんて思いもしなかったからだ。
「あら、何他人事みたいな顔をしてらっしゃるの? 貴方も同じではありませんか?」
「は? 私はお前に暴力を振るったことはないだろう?」
「ええ、わたくしにはしておりません。ですが、別の方にしたことをお忘れで?」
「別の? 誰のことを言っている……?」
「はあ、ほんとうに忘れっぽい。貴方が最初に秘薬を使って孕ませた娼婦のことですよ。彼女を杖で打ち据えたことを覚えていないのですか?」
「ああ……そういえばそんなこともあったな。だがあれはあの売女が悪い。分不相応にも私の第二夫人になろうと迫ってきたのだからな。当然の躾だ」
「妊婦をボロボロになるまで打ち据えることが躾? それは単なる暴力でしょう?」
「平民を躾けるのは貴族として当然の権利だ。あれで分かったが、やはり平民は卑しくて困る。だから次からは没落して爵位も返上した貴族令嬢を相手にしたんだよ。身分が低くともやはり貴族令嬢は弁えていていい。誰も分不相応に迫ったりしなかったし、娘も私のいいつけをよく守り任務を粛々とこなす賢い子ばかりだ。娼婦とは根本が違うな」
傲慢な考えを悦に入ったように語る公爵。
夫人はそんな夫を嘲るように笑い声を立てた。
「ほほほ。滑稽ですこと! 弁えている? いいつけをよく守る? それは全てわたくしがそうなるよう手を回したからに決まっているじゃありませんか? 何も知らずに悦に入って……馬鹿みたい!」
夫人の言葉に顔を真っ赤にし、言葉を発そうとした公爵の口に扇子の先端が近づく。
それは黙って聞けという貴婦人特有の仕草だ。
「娘達の母親には『必ず無事に帰しますのでしばしの辛抱を』と説き伏せ、娘達には『貴方の父親は極悪非道の冷血漢だ。無事に帰りたいのなら逆らわず言いつけを守ったほうがいい』と申しましたの。だから彼女達は貴方に何も言わず、泣き言一つ漏らさなかったのよ?」
「なっ……! お前勝手にそんなこと……! 待て、それはジュリエッタにも言ったのか!?」
公爵は思わず扇子を押しのけた。
自ら第二夫人にしたいと望んだチェルシーの産んだジュリエッタは彼にとって特別な存在。
そんな存在に嫌われるのは我慢ならなかった。
「ええ、もちろん。彼女は貴方を無情で極悪非道の冷血漢だと思っていますよ。ですが本当のことなので何も間違っていませんよね? ふふ、笑えるわ。最愛のチェルシーさんが産んだ娘に嫌われて拒絶されて! ああ、だけど誤解しないでくださいませね? わたくしが何も言わなくとも、ジュリエッタもチェルシーさんも貴方のことが大嫌いですから!」
「彼女達が私を嫌いだと!? ふざけるな! お前が余計なことを言ったせいだろう!?」
「馬鹿ですね! 言ったでしょう? 勝手に母親から引き離して、したくもない教育を受けさせて、ろくでもない男に嫁がせた父親を誰が好きになりますか? そして変な薬を飲ませ、同意なく妊娠させ、その娘を攫って行った男を誰が愛します? 貴方も陛下も、愛した相手に愛されやしないんですよ! 永遠にね!」
狂気じみたように叫ぶ妻を公爵は茫然と見つめた。
たかが政略で娶っただけの妻が自分を侮辱するなど許せるものではない。
そう反論したいのに、目の前の妻は普段とあまりにも違う。
大人しく、従順で、夫の言うことを聞くだけの妻。
その前提が崩れてしまった今、まるで立場が逆転したかのような錯覚がした。
「はあ? 陛下に見初められた幸運を『可哀想』だと……!? 馬鹿なことを言うな! 陛下に愛されて喜ばぬ女などいるものか!」
「いますよ。現にダリア様はこれぽっちも喜んでいません。彼女には結婚を約束した幼馴染がいたのです。なのにたまたま訪れた陛下に一目惚れされ、有無を言わさず連れてこられ、3人も子を産まされた。これが悲劇と言わずに何と仰るの?」
「幼馴染だと? たかが平民の婚約者と国王を秤にかけてどちらがいいかなど決まっているだろう!?」
「ええ、ダリア様は平民の婚約者の方がいいでしょうね。とても優しい方だそうで、少なくとも陛下のように暴力を振るったりはしないそうですよ」
「は……? 暴力だと? 陛下が……?」
「呆れた。貴方知らなかったのですか? 王宮に連れてこられ、泣いて幼馴染の名前を呼ぶダリア様に激高し、あろうことかご自分の見初めた顔を殴ったのですよ? ダリア様はいつもヴェールを被っているでしょう? あれは殴られた際に出来た傷を隠すためですよ」
「う、うそだ……。陛下がそんな……」
「嘘なものですか。その場に居合わせた侍女が目撃しております。あまりにも衝撃的な光景で、今も忘れられないと申しておりました」
「待て、何故ダリア様の侍女がお前に?」
公爵の質問に夫人は大袈裟にため息をついた。
そしてどうしようもない者を見る目を夫に向ける。
「貴方ってほんとうに忘れっぽいのですね? 陛下から『王宮女官は皆王妃の手先だ。ダリアを虐めるかもしれない』と言われて当家の侍女をダリア様の宮に派遣したことをもうお忘れで? まあ、虐めているのは誰でもない陛下ですけど。王妃様はむしろダリア様を憐れんでおりますけどね?」
「あ……! あ……そうだったな……」
国王にそう頼まれ、妻に丸投げしたことを公爵は都合よく忘れていた。
それを指摘され、罰の悪い顔で目を逸らす。
「暴力を振るう男を好きになる女なんていません。いたとしてもそれは被虐趣味を持つ方だけ。ダリア様は陛下を恐れております。もちろんお子様である王子達もね。母親を殴る父親を、どうして好きになれましょうや」
公爵は何とも言えない顔で妻の話を聞いていた。
まさか国王が愛してやまない妾に暴力を振るっているなんて思いもしなかったからだ。
「あら、何他人事みたいな顔をしてらっしゃるの? 貴方も同じではありませんか?」
「は? 私はお前に暴力を振るったことはないだろう?」
「ええ、わたくしにはしておりません。ですが、別の方にしたことをお忘れで?」
「別の? 誰のことを言っている……?」
「はあ、ほんとうに忘れっぽい。貴方が最初に秘薬を使って孕ませた娼婦のことですよ。彼女を杖で打ち据えたことを覚えていないのですか?」
「ああ……そういえばそんなこともあったな。だがあれはあの売女が悪い。分不相応にも私の第二夫人になろうと迫ってきたのだからな。当然の躾だ」
「妊婦をボロボロになるまで打ち据えることが躾? それは単なる暴力でしょう?」
「平民を躾けるのは貴族として当然の権利だ。あれで分かったが、やはり平民は卑しくて困る。だから次からは没落して爵位も返上した貴族令嬢を相手にしたんだよ。身分が低くともやはり貴族令嬢は弁えていていい。誰も分不相応に迫ったりしなかったし、娘も私のいいつけをよく守り任務を粛々とこなす賢い子ばかりだ。娼婦とは根本が違うな」
傲慢な考えを悦に入ったように語る公爵。
夫人はそんな夫を嘲るように笑い声を立てた。
「ほほほ。滑稽ですこと! 弁えている? いいつけをよく守る? それは全てわたくしがそうなるよう手を回したからに決まっているじゃありませんか? 何も知らずに悦に入って……馬鹿みたい!」
夫人の言葉に顔を真っ赤にし、言葉を発そうとした公爵の口に扇子の先端が近づく。
それは黙って聞けという貴婦人特有の仕草だ。
「娘達の母親には『必ず無事に帰しますのでしばしの辛抱を』と説き伏せ、娘達には『貴方の父親は極悪非道の冷血漢だ。無事に帰りたいのなら逆らわず言いつけを守ったほうがいい』と申しましたの。だから彼女達は貴方に何も言わず、泣き言一つ漏らさなかったのよ?」
「なっ……! お前勝手にそんなこと……! 待て、それはジュリエッタにも言ったのか!?」
公爵は思わず扇子を押しのけた。
自ら第二夫人にしたいと望んだチェルシーの産んだジュリエッタは彼にとって特別な存在。
そんな存在に嫌われるのは我慢ならなかった。
「ええ、もちろん。彼女は貴方を無情で極悪非道の冷血漢だと思っていますよ。ですが本当のことなので何も間違っていませんよね? ふふ、笑えるわ。最愛のチェルシーさんが産んだ娘に嫌われて拒絶されて! ああ、だけど誤解しないでくださいませね? わたくしが何も言わなくとも、ジュリエッタもチェルシーさんも貴方のことが大嫌いですから!」
「彼女達が私を嫌いだと!? ふざけるな! お前が余計なことを言ったせいだろう!?」
「馬鹿ですね! 言ったでしょう? 勝手に母親から引き離して、したくもない教育を受けさせて、ろくでもない男に嫁がせた父親を誰が好きになりますか? そして変な薬を飲ませ、同意なく妊娠させ、その娘を攫って行った男を誰が愛します? 貴方も陛下も、愛した相手に愛されやしないんですよ! 永遠にね!」
狂気じみたように叫ぶ妻を公爵は茫然と見つめた。
たかが政略で娶っただけの妻が自分を侮辱するなど許せるものではない。
そう反論したいのに、目の前の妻は普段とあまりにも違う。
大人しく、従順で、夫の言うことを聞くだけの妻。
その前提が崩れてしまった今、まるで立場が逆転したかのような錯覚がした。
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