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彼女の家
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「お嬢様! お待ちしてました!」
裏門の前で待つシロはジュリエッタの姿を見つけ嬉しそうに手を振った。
「シロ! ごめんね。すっごく待たせていたみたいで……」
時刻はもう正午を回ろうとしている。
夫人の話だと彼は朝からずっとここで待っていたらしい。
だとすれば、およそ半日はここでこうしていたことになるだろう。
「俺が好きでこうしてただけなので気にしないでください! もうはやる気持ちを抑えきれなくて……!」
「大袈裟ね、私の故郷なんて何もない田舎なのよ?」
「田舎だろうと王都だろうと、お嬢様が傍にいるなら何処でも構わないです!」
「……もう、シロったら……」
晴れて恋人同士になった二人は人目もはばからず熱々ぶりを披露する。
それをウンザリした目の裏門専属の門番が追いやった。
イチャイチャしていないでさっさと行け、と。
彼は朝からシロの惚気をずーっと聞かされていてウンザリしていた。
もう何でもいいからとっとと行ってくれと。
それを聞かされ恥ずかしくなったジュリエッタは、これっぽちも恥ずかしく思わないシロは連れて足早にその場を去った。
邸に近い大通りで乗合馬車を拾い、長い時間をかけて故郷へと向かう。
行きの公爵家の馬車とは比べ物にならないほどの乗り心地の悪さ。
ガタガタと揺れ、椅子の部分も硬い。
それでもジュリエッタは幸福な気持ちに満たされていた。
己の意思も尊厳も無視し、連れ去られたあの時とは違う。
己の意思で、己の選択で、前へと進んでいるのだから。
「お嬢様……いや、ジュリエッタ。もしかして緊張してる?」
もうハルバード公爵家の令嬢ではなく、自分の恋人となったジュリエッタを名前で呼び、口調も改めたシロ。
ほんの些細なことだけど、ジュリエッタはそれだけで胸が熱くなるのを感じた。
「うん……。お母さんがどんな顔をするだろうって思うと、やっぱり緊張する」
もし、厄介払いできてよかったと思われていたらどうしよう。
自分が戻ることは母の迷惑になるんじゃないかという不安が頭の中をグルグルと駆け巡る。
「大丈夫だよ。例えお義母さんがどんな反応をしようが、俺はずっと傍にいるから。絶対に離れないから安心して」
安心させるようにシロはジュリエッタを抱き寄せた。
その逞しい体と温もりに、彼女の中にあった不安がどんどん消えていく。
彼がいればきっと大丈夫。
例え母に拒絶されても、この温もりが自分を癒してくれる。
誰に決められたわけでもない、自分で選んだ最愛の人。
彼が傍にいてくれるなら、何があっても怖くはない。
そんな愛しい人と共に馬車に揺られること数時間。
華やかな街並みから小麦畑や果樹園が広がる長閑な田舎の風景へと移り変わる。
数年前にジュリエッタが公爵に連れ去られた場所、その町の停留所に乗り合い馬車が停まる。
シロに手を引かれ、馬車から降りるジュリエッタ。
バクバクと五月蠅く鳴る心臓を抑え、記憶にある我が家へと向かう。
思い出の中に浮かぶ赤い屋根に白い壁の小さな家。
庭には母の好きな白い薔薇と、ジュリエッタの好きな赤い薔薇が植えられていた。
今の時期は丁度、薔薇の盛り。
赤い薔薇はまだ庭に咲いているだろうか……。
停留所から大通りを進み、家のある方角へと進む。
しばらく歩き、やっと着いた懐かしい我が家。
そこで目に映ったのは、ジュリエッタが想像もしていなかった光景だった。
庭一面に咲き誇る赤い薔薇。
いきいきと初夏の太陽を浴びて美しく咲く花は、育てた者の手間と愛情をありありと感じさせる。
そしてそこには一人の女性が佇んでいて、薔薇の花弁をそっと撫でていた。
誰かを慈しむようにそっと、壊れ物を扱うかのように繊細に。
「お母……さん、ただいま……」
たまらずジュリエッタはその女性にそう告げた。
ジュリエッタによく似た美しいその女性は、記憶よりも大人びた懐かしい声に反応し、顔を上げる。
「ジュリエッタ……? ジュリエッタなの!? ああ……神よ……!」
女性はその瞳から大粒の涙を零し、ジュリエッタの元へ駆け寄った。
あれほど大切に触れていた薔薇を踏み潰すのも構わず、それよりもずっとずっと大切な娘だけをその瞳に映して。
数年ぶりの母子の再会。彼女達は涙で顔を濡らしながら抱き合った。
懐かしい母の温もり、甘やかな香りに包まれた瞬間、ジュリエッタの心にある不安も懸念も全て吹き飛んだ。
母の涙、表情、そして庭に咲き誇るジュリエッタの大好きな赤い薔薇。
もうそれだけでいい。言葉なんていらない。
母の愛は、今も昔も変わらずジュリエッタへと注がれていたのだから―――。
―――――――――――――――――――――――――――(了)
本編完結です!
この後は番外編を投稿していきます。
もうしばらくお付き合いくださいますと嬉しいです。
裏門の前で待つシロはジュリエッタの姿を見つけ嬉しそうに手を振った。
「シロ! ごめんね。すっごく待たせていたみたいで……」
時刻はもう正午を回ろうとしている。
夫人の話だと彼は朝からずっとここで待っていたらしい。
だとすれば、およそ半日はここでこうしていたことになるだろう。
「俺が好きでこうしてただけなので気にしないでください! もうはやる気持ちを抑えきれなくて……!」
「大袈裟ね、私の故郷なんて何もない田舎なのよ?」
「田舎だろうと王都だろうと、お嬢様が傍にいるなら何処でも構わないです!」
「……もう、シロったら……」
晴れて恋人同士になった二人は人目もはばからず熱々ぶりを披露する。
それをウンザリした目の裏門専属の門番が追いやった。
イチャイチャしていないでさっさと行け、と。
彼は朝からシロの惚気をずーっと聞かされていてウンザリしていた。
もう何でもいいからとっとと行ってくれと。
それを聞かされ恥ずかしくなったジュリエッタは、これっぽちも恥ずかしく思わないシロは連れて足早にその場を去った。
邸に近い大通りで乗合馬車を拾い、長い時間をかけて故郷へと向かう。
行きの公爵家の馬車とは比べ物にならないほどの乗り心地の悪さ。
ガタガタと揺れ、椅子の部分も硬い。
それでもジュリエッタは幸福な気持ちに満たされていた。
己の意思も尊厳も無視し、連れ去られたあの時とは違う。
己の意思で、己の選択で、前へと進んでいるのだから。
「お嬢様……いや、ジュリエッタ。もしかして緊張してる?」
もうハルバード公爵家の令嬢ではなく、自分の恋人となったジュリエッタを名前で呼び、口調も改めたシロ。
ほんの些細なことだけど、ジュリエッタはそれだけで胸が熱くなるのを感じた。
「うん……。お母さんがどんな顔をするだろうって思うと、やっぱり緊張する」
もし、厄介払いできてよかったと思われていたらどうしよう。
自分が戻ることは母の迷惑になるんじゃないかという不安が頭の中をグルグルと駆け巡る。
「大丈夫だよ。例えお義母さんがどんな反応をしようが、俺はずっと傍にいるから。絶対に離れないから安心して」
安心させるようにシロはジュリエッタを抱き寄せた。
その逞しい体と温もりに、彼女の中にあった不安がどんどん消えていく。
彼がいればきっと大丈夫。
例え母に拒絶されても、この温もりが自分を癒してくれる。
誰に決められたわけでもない、自分で選んだ最愛の人。
彼が傍にいてくれるなら、何があっても怖くはない。
そんな愛しい人と共に馬車に揺られること数時間。
華やかな街並みから小麦畑や果樹園が広がる長閑な田舎の風景へと移り変わる。
数年前にジュリエッタが公爵に連れ去られた場所、その町の停留所に乗り合い馬車が停まる。
シロに手を引かれ、馬車から降りるジュリエッタ。
バクバクと五月蠅く鳴る心臓を抑え、記憶にある我が家へと向かう。
思い出の中に浮かぶ赤い屋根に白い壁の小さな家。
庭には母の好きな白い薔薇と、ジュリエッタの好きな赤い薔薇が植えられていた。
今の時期は丁度、薔薇の盛り。
赤い薔薇はまだ庭に咲いているだろうか……。
停留所から大通りを進み、家のある方角へと進む。
しばらく歩き、やっと着いた懐かしい我が家。
そこで目に映ったのは、ジュリエッタが想像もしていなかった光景だった。
庭一面に咲き誇る赤い薔薇。
いきいきと初夏の太陽を浴びて美しく咲く花は、育てた者の手間と愛情をありありと感じさせる。
そしてそこには一人の女性が佇んでいて、薔薇の花弁をそっと撫でていた。
誰かを慈しむようにそっと、壊れ物を扱うかのように繊細に。
「お母……さん、ただいま……」
たまらずジュリエッタはその女性にそう告げた。
ジュリエッタによく似た美しいその女性は、記憶よりも大人びた懐かしい声に反応し、顔を上げる。
「ジュリエッタ……? ジュリエッタなの!? ああ……神よ……!」
女性はその瞳から大粒の涙を零し、ジュリエッタの元へ駆け寄った。
あれほど大切に触れていた薔薇を踏み潰すのも構わず、それよりもずっとずっと大切な娘だけをその瞳に映して。
数年ぶりの母子の再会。彼女達は涙で顔を濡らしながら抱き合った。
懐かしい母の温もり、甘やかな香りに包まれた瞬間、ジュリエッタの心にある不安も懸念も全て吹き飛んだ。
母の涙、表情、そして庭に咲き誇るジュリエッタの大好きな赤い薔薇。
もうそれだけでいい。言葉なんていらない。
母の愛は、今も昔も変わらずジュリエッタへと注がれていたのだから―――。
―――――――――――――――――――――――――――(了)
本編完結です!
この後は番外編を投稿していきます。
もうしばらくお付き合いくださいますと嬉しいです。
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