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彼女の別れと旅立ち
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サファイアブルーの瞳から溢れる涙を上等な絹のハンカチで拭い、そのまま夫人はジュリエッタを優しく抱きしめた。数年前、ここへ来たばかりで泣きじゃくっていた幼いジュリエッタにしたように。
「無力なわたくしは貴女を悲しみから救ってやれなかったわ。こうやって流れる涙を拭うことしか、わたくしには……。ごめんなさい、わたくしの夫が貴女の数年間を奪ってしまって……」
「そんな……夫人は何も悪くないです。こうやって夫人が私を優しく見守ってくれたから、無事に今日という日を迎えられました。夫人には感謝しかありません……」
「優しい子ね、貴女は……。けれど、夫を止められなかったわたくしも同罪よ。……だから、これ以上あの人の好きにさせないわ」
言葉の最後の方が小声で聞き取れない。
なので聞きなおそうとしたジュリエッタに、夫人は満面の笑みでこう告げた。
「さあ、もう行った方がいいわ。旦那様が貴女に未練を残して引き留める前に。……それに、貴女の恋人が裏門の前でソワソワして待ってるわよ?」
「え? ええ!? も、もうですか?」
「ふふ、あの子はよっぽど貴女と一緒になりたいようね? 朝一番に辞表を提出してから荷物を持ってずーっと裏門の前にいるわよ。 ねえ、リサ?」
まるで少女のような顔で夫人はリサの方に顔を向けた。
それにつられてリサも悪戯な顔で首を縦に振る。
「ええ。あの子ったら邸の中で待てと言ったのに、ソワソワして聞く耳持ちやしません! きっと頭の中がお嬢様で一杯なんでしょうね?」
「まあ! いいわね~、若いって! そういうわけだから早く彼の元に行ってあげなさい。この花嫁衣装は先にシロへと渡しておくから。それにあまりここにいたら旦那様に知られてしまうわよ?」
「え? どういうことですか?」
「旦那様は貴女とシロが恋仲だって知らないのよ。知られると何かと面倒だからわたくしもリサも伝えてないわ。だから知られる前にお行きなさい。……もう、あの人に縛られる必要なんて一切ないの。どうか……幸せになってね……」
全てを把握してるように思えた公爵に知らないことがあるなんて、とジュリエッタは驚愕した。
またそれを夫人が意図的に伝えていないことに、ハルバード公爵家も一枚岩ではないのだと気付く。
だがそれは、これからこの家を出るジュリエッタには関係のないことだ。
そう思い直し、公爵夫人に向かって頭を下げて別れの言葉を告げる。
「何から何までありがとうございました。夫人も、どうかお体に気を付けてお過ごしください。リサも……どうか元気でね」
ダニエルや公爵にした淑女の礼であるカーテシーはしない。
なんとなくだが、あれはジュリエッタにとっては相手と一線を引く行為のようなもの。
貴族にとっては当たり前の挨拶が、ジュリエッタにはよそよそしく映った。
だから夫人やリサにはただ頭を下げたお辞儀をした。
それが無作法でも、彼女達は今のジュリエッタを非難することはないと分かっているから。
夫人達と別れを交わし、ジュリエッタは裏門へと急いだ。
愛する人の手を取り、共に故郷へと向かうため―――。
「無力なわたくしは貴女を悲しみから救ってやれなかったわ。こうやって流れる涙を拭うことしか、わたくしには……。ごめんなさい、わたくしの夫が貴女の数年間を奪ってしまって……」
「そんな……夫人は何も悪くないです。こうやって夫人が私を優しく見守ってくれたから、無事に今日という日を迎えられました。夫人には感謝しかありません……」
「優しい子ね、貴女は……。けれど、夫を止められなかったわたくしも同罪よ。……だから、これ以上あの人の好きにさせないわ」
言葉の最後の方が小声で聞き取れない。
なので聞きなおそうとしたジュリエッタに、夫人は満面の笑みでこう告げた。
「さあ、もう行った方がいいわ。旦那様が貴女に未練を残して引き留める前に。……それに、貴女の恋人が裏門の前でソワソワして待ってるわよ?」
「え? ええ!? も、もうですか?」
「ふふ、あの子はよっぽど貴女と一緒になりたいようね? 朝一番に辞表を提出してから荷物を持ってずーっと裏門の前にいるわよ。 ねえ、リサ?」
まるで少女のような顔で夫人はリサの方に顔を向けた。
それにつられてリサも悪戯な顔で首を縦に振る。
「ええ。あの子ったら邸の中で待てと言ったのに、ソワソワして聞く耳持ちやしません! きっと頭の中がお嬢様で一杯なんでしょうね?」
「まあ! いいわね~、若いって! そういうわけだから早く彼の元に行ってあげなさい。この花嫁衣装は先にシロへと渡しておくから。それにあまりここにいたら旦那様に知られてしまうわよ?」
「え? どういうことですか?」
「旦那様は貴女とシロが恋仲だって知らないのよ。知られると何かと面倒だからわたくしもリサも伝えてないわ。だから知られる前にお行きなさい。……もう、あの人に縛られる必要なんて一切ないの。どうか……幸せになってね……」
全てを把握してるように思えた公爵に知らないことがあるなんて、とジュリエッタは驚愕した。
またそれを夫人が意図的に伝えていないことに、ハルバード公爵家も一枚岩ではないのだと気付く。
だがそれは、これからこの家を出るジュリエッタには関係のないことだ。
そう思い直し、公爵夫人に向かって頭を下げて別れの言葉を告げる。
「何から何までありがとうございました。夫人も、どうかお体に気を付けてお過ごしください。リサも……どうか元気でね」
ダニエルや公爵にした淑女の礼であるカーテシーはしない。
なんとなくだが、あれはジュリエッタにとっては相手と一線を引く行為のようなもの。
貴族にとっては当たり前の挨拶が、ジュリエッタにはよそよそしく映った。
だから夫人やリサにはただ頭を下げたお辞儀をした。
それが無作法でも、彼女達は今のジュリエッタを非難することはないと分かっているから。
夫人達と別れを交わし、ジュリエッタは裏門へと急いだ。
愛する人の手を取り、共に故郷へと向かうため―――。
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