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彼女は望んでいない

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「戻ったか。デューン元伯爵の様子はどうだった?」

 ダニエルとの面会から戻ったジュリエッタは報告の為にハルバード公爵の執務室を訪れた。

 中には重厚な椅子に座り書類に目を通す公爵がおり、彼はジュリエッタの方を見ることもなくそう尋ねる。

「あまりご自分のおかれている状況について分かっていないようです。私と離婚したことも、自分がもう伯爵でないことも知りませんでした」

「ははっ! 想像通りの愚か者だな! まあいい、奴が何を喚こうが結果は変わらん。それより余計なことは言わなかったろうな?」

「はい。聞かれもしませんでした。元伯爵は今後どうなるのですか?」

「なあに、悪いようにはせん。見目はそこそこいいから隣国の女王の愛人にでもするつもりだ。働きもしない男には似合いの仕事だろうよ」

「……さようでございますか」
 
 女性に依存する性質のダニエルにはそれが合っているのかもしれない。
 口には出さないがジュリエッタはそう思った。

「さて、我が娘よ。これで長きに渡る任務が全て終わったな。それでお前は褒美に何を望む? 何ならこのまま当家の令嬢として生きてもよいのだぞ? 立ち居振る舞いを見るにお前は我がハルバード公爵家に相応しき立派な淑女となった。何なら貴族の再婚相手を探しても構わないぞ」

「お気遣いいただきありがとうございます。ですが公爵様、私はそれを望みません。当初の約束通り、母の元に帰ります」

 その返答が意外だったのか、公爵は書類から目線を外し、ジュリエッタの方へと移した。

 冷えたサファイアブルーの瞳が射抜くように見つめてくるが、彼女は決して怯まない。

「名門ハルバード公爵家の令嬢の座が惜しくないと? 王家の血を引く公女の身分はこの国の少女ならば誰もが渇望すると思うが?」

「私には分不相応です。公爵様」

 頑なに固辞し、自分を父と呼ばないジュリエッタに公爵の眼光が鋭く変わる。
 
まるで爬虫類のようなその目に昔は恐怖を感じたが、今の彼女は何とも思わない。

「多くの人間に傅かれ、世話をされ、欲しい物は全て手に入る。そんな生活が手に入るのだぞ? 私はお前が貴族に憧れ、貴族になることを望んでいると思ったがな」
 
。私は、一度たりとも貴族になることを望んだことはありません。……公爵様、私は任務を果たしました。どうぞ約束はお守りください」

 決して引くことのない意思の強さを見せるサファイアブルーの瞳。
 己と同じ色を持つ娘の眼光に押され、公爵は一瞬怯んでしまった。

「…………承知した。約束は守ろう。だが、本当にいいんだな?」

「はい、もちろんでございます。では私はこれで下がらせて頂きます。御機嫌よう、公爵様」
 
 見惚れるような美しいカーテシーを披露し、ジュリエッタは執務室から退出した。
 
 それはまるでこれが最後と言わんばかりの見事な礼。
 ハルバード公爵家の名に相応しく優美なそれはジュリエッタの努力の賜物である。

 ジュリエッタが去った執務室の中で公爵はしばらく扉の方を眺めていた。
 仕事の方が優先だと言わんばかりに目線を落としていた書類には目もくれず、娘が出て行った扉をただじっと、呆けた顔で。

 当初の約束では確かにジュリエッタを母親の元に帰すと約束していた。
 だが貴族令嬢としての贅沢な暮らしに慣れたら帰りたいなんて言わないだろうと思っていたのだ。

 公爵には分からない。
 何故ジュリエッタが父親である彼の元を何の未練もなく去る意味が。
 おそらくきっと、最後まで理解することはない。

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