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彼女と謝罪
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「この間さ、久しぶりに会った母親に泣いて叱られたのよ…。『人様の物を奪うような泥棒に育てた覚えはない!』って。それで目が覚めたのよ。病気の母親泣かせて何やってんだろうって……」
「え? 貴女のお母さん病気なの?」
「うん……。用があって実家に帰ったら、母さん倒れてたんだ……。慌てて医者を呼んで診てもらったら、過労と栄養失調だって。それで今は病院に入院してる」
「ええ……!? それは、大変だったわね……」
「うん……。それでね、今日を限りでここを出ていくの。母さんが退院したら一緒に暮らそうと思ってさ」
「え? ええ!? 出ていくの? ここを?」
「うん、もう決めたんだ。もともとアタシはただの愛人だし、ダニエルの奥さんってわけじゃないしね。それに、ただの平民が貴族の家に堂々と居座っていいわけないじゃない? 何で今まであんな偉そうにしてられたんだろうって後悔してるのよ……」
それまでの自分を後悔し、項垂れるマリアナはまるで別人のようだ。
そのあまりの変貌ぶりにジュリエッタは驚きを隠せない。
「伯爵には何て言ったの? 貴女は彼の最愛なんだし、許してもらえなさそうだけど……」
「ダニエルには言わないわ! 黙って出ていくの! ダニエルがアタシとの約束を破ったこと、どうしても許せないんだもの……!」
「約束?」と首を傾げるジュリエッタに、静かに怒った様子のマリアナが答えた。
「……それを説明する前に、アタシの身の上話からするわ。 アタシね、ここに来る前は酒場で給仕やっててさ、そこで稼いだお金で母さんと暮らしてたの。あ、母さんっていっても本当の母親じゃないの。本当の母親は母さんの妹でね、アタシを産んですぐに死んじゃったみたい。それで母さんが引き取って育ててくれたのよ。だから伯母と姪の関係になるかな」
割と重い話から始まったマリアナの過去。
それをジュリエッタは黙って耳を傾けた。
「本当かどうかは知らないんだけどさ、アタシの父親ってどこぞの貴族らしいのよ。生みの母は娼婦やっててさ、その時のお客に貴族がいて、その男の子供を身籠ったみたい。それがアタシってわけ」
父親がどこぞの貴族、という言葉に反応し、ジュリエッタは顔を上げた。
いつもと違って派手な化粧の施されていないマリアナの顔。
こうして見ると彼女は結構整った顔をしている。
特にその……サファイアのような美しいブルーの瞳。
普段は濃い化粧を塗りたくられていたせいで目立たなかった瞳が、今日はハッキリと見える。
「そんな訳アリな面倒くさい存在のアタシを、血が繋がっているってだけで引き取って育ててくれた母さんには本当に感謝してんのよ。母さん、体弱いのに寝る間も惜しんで働いてさ。だからアタシはいい歳になったらちょっとでも稼いで母さん楽させたいなって思って、比較的割のいい酒場の給仕の仕事してたのよ。そこでダニエルに見初められたってわけ」
「え? 酒場に来たの? 伯爵が?」
おそらくマリアナが働いていた先は平民向けの酒場だろう。
常に騒がしく品のない客の多いそこに貴族が行くとは珍しい。
「びっくりよね? アタシもお貴族様がそんなところに来るなんて思わなかったわよ。てっきりどっかの裕福な商人とかだと思ってたもの。何でもちょっと変わった場所に行ってみたかったそうよ」
伯爵は確かにそんな感じするな、とジュリエッタは納得した。
“人と違う俺かっこいい”と言わんばかりの恥ずかしい男だ。
「お坊ちゃんなダニエルにとって、アタシみたいなタイプは珍しかったんでしょうね。熱烈に口説かれてさ、酒場を辞めて一緒に暮らそうって言われたわけ。でもアタシは最初それを断ったのよ。母さんを置いてはいけないからさ」
「そうなんだ……」
「でも、何回断っても熱烈に口説いてくるもんだから、アタシも舞い上がっちゃってね。それにアタシの代わりにちゃんと母さんに仕送りしてくれるって言ったのよ。しかもアタシが稼いでいた倍の金額を。そこまでしてくれるならって絆されて……」
「了承したってわけね?」
「うん。でもまさか愛人にさせられるなんて思わなかったわ……。貴族と平民が結婚出来ないなんてアタシは知らなかったし。ダニエルもダニエルよ、『貴族の義務として貴族令嬢を妻にしなければならないが、本当に愛しているのは君だよ』なーんて台詞で誤魔化してさ。愛してるって言いながら日陰の身にさせるって酷いわよね?」
「ええ、屑の所業だわ。本当に愛しているなら身分なんて捨てちゃえばいいのよ!」
「そう! 本当にそうだわ……! 薄々気づいていたんだけど、どこかで信じたくなかったのよね。騙されたって……」
「騙してはないんじゃない? 伯爵はそんな知能なんて持ち合わせてはいなさそうだし、ただ純粋に貴女が好きで身分も捨てたくなくて、欲望のままに突き進んだ結果がこれでしょう?」
「そ、そうね……。というかアンタ、結構毒舌ね?」
「まあね。だって貴女と会うのはこれっきりになりそうだし、だったら最後くらい素の自分で話したいのよ」
「そう……そうよね。アタシ、今のアンタは結構好きよ。アタシの立場で言うことじゃないけれど……」
「ありがと。私も貴女のこと嫌いじゃないわ。こんな形じゃなければいい仲になれていたかもしれないわね?」
その言葉に軽く笑い声をあげるマリアナをジュリエッタはじっと眺めた。
ああ、やっぱり彼女と過ごす時間は心地いい。
不思議と湧く親近感はきっと気のせいじゃない。
何よりも本能がそう告げている。
彼女は、きっと自分の―――。
「え? 貴女のお母さん病気なの?」
「うん……。用があって実家に帰ったら、母さん倒れてたんだ……。慌てて医者を呼んで診てもらったら、過労と栄養失調だって。それで今は病院に入院してる」
「ええ……!? それは、大変だったわね……」
「うん……。それでね、今日を限りでここを出ていくの。母さんが退院したら一緒に暮らそうと思ってさ」
「え? ええ!? 出ていくの? ここを?」
「うん、もう決めたんだ。もともとアタシはただの愛人だし、ダニエルの奥さんってわけじゃないしね。それに、ただの平民が貴族の家に堂々と居座っていいわけないじゃない? 何で今まであんな偉そうにしてられたんだろうって後悔してるのよ……」
それまでの自分を後悔し、項垂れるマリアナはまるで別人のようだ。
そのあまりの変貌ぶりにジュリエッタは驚きを隠せない。
「伯爵には何て言ったの? 貴女は彼の最愛なんだし、許してもらえなさそうだけど……」
「ダニエルには言わないわ! 黙って出ていくの! ダニエルがアタシとの約束を破ったこと、どうしても許せないんだもの……!」
「約束?」と首を傾げるジュリエッタに、静かに怒った様子のマリアナが答えた。
「……それを説明する前に、アタシの身の上話からするわ。 アタシね、ここに来る前は酒場で給仕やっててさ、そこで稼いだお金で母さんと暮らしてたの。あ、母さんっていっても本当の母親じゃないの。本当の母親は母さんの妹でね、アタシを産んですぐに死んじゃったみたい。それで母さんが引き取って育ててくれたのよ。だから伯母と姪の関係になるかな」
割と重い話から始まったマリアナの過去。
それをジュリエッタは黙って耳を傾けた。
「本当かどうかは知らないんだけどさ、アタシの父親ってどこぞの貴族らしいのよ。生みの母は娼婦やっててさ、その時のお客に貴族がいて、その男の子供を身籠ったみたい。それがアタシってわけ」
父親がどこぞの貴族、という言葉に反応し、ジュリエッタは顔を上げた。
いつもと違って派手な化粧の施されていないマリアナの顔。
こうして見ると彼女は結構整った顔をしている。
特にその……サファイアのような美しいブルーの瞳。
普段は濃い化粧を塗りたくられていたせいで目立たなかった瞳が、今日はハッキリと見える。
「そんな訳アリな面倒くさい存在のアタシを、血が繋がっているってだけで引き取って育ててくれた母さんには本当に感謝してんのよ。母さん、体弱いのに寝る間も惜しんで働いてさ。だからアタシはいい歳になったらちょっとでも稼いで母さん楽させたいなって思って、比較的割のいい酒場の給仕の仕事してたのよ。そこでダニエルに見初められたってわけ」
「え? 酒場に来たの? 伯爵が?」
おそらくマリアナが働いていた先は平民向けの酒場だろう。
常に騒がしく品のない客の多いそこに貴族が行くとは珍しい。
「びっくりよね? アタシもお貴族様がそんなところに来るなんて思わなかったわよ。てっきりどっかの裕福な商人とかだと思ってたもの。何でもちょっと変わった場所に行ってみたかったそうよ」
伯爵は確かにそんな感じするな、とジュリエッタは納得した。
“人と違う俺かっこいい”と言わんばかりの恥ずかしい男だ。
「お坊ちゃんなダニエルにとって、アタシみたいなタイプは珍しかったんでしょうね。熱烈に口説かれてさ、酒場を辞めて一緒に暮らそうって言われたわけ。でもアタシは最初それを断ったのよ。母さんを置いてはいけないからさ」
「そうなんだ……」
「でも、何回断っても熱烈に口説いてくるもんだから、アタシも舞い上がっちゃってね。それにアタシの代わりにちゃんと母さんに仕送りしてくれるって言ったのよ。しかもアタシが稼いでいた倍の金額を。そこまでしてくれるならって絆されて……」
「了承したってわけね?」
「うん。でもまさか愛人にさせられるなんて思わなかったわ……。貴族と平民が結婚出来ないなんてアタシは知らなかったし。ダニエルもダニエルよ、『貴族の義務として貴族令嬢を妻にしなければならないが、本当に愛しているのは君だよ』なーんて台詞で誤魔化してさ。愛してるって言いながら日陰の身にさせるって酷いわよね?」
「ええ、屑の所業だわ。本当に愛しているなら身分なんて捨てちゃえばいいのよ!」
「そう! 本当にそうだわ……! 薄々気づいていたんだけど、どこかで信じたくなかったのよね。騙されたって……」
「騙してはないんじゃない? 伯爵はそんな知能なんて持ち合わせてはいなさそうだし、ただ純粋に貴女が好きで身分も捨てたくなくて、欲望のままに突き進んだ結果がこれでしょう?」
「そ、そうね……。というかアンタ、結構毒舌ね?」
「まあね。だって貴女と会うのはこれっきりになりそうだし、だったら最後くらい素の自分で話したいのよ」
「そう……そうよね。アタシ、今のアンタは結構好きよ。アタシの立場で言うことじゃないけれど……」
「ありがと。私も貴女のこと嫌いじゃないわ。こんな形じゃなければいい仲になれていたかもしれないわね?」
その言葉に軽く笑い声をあげるマリアナをジュリエッタはじっと眺めた。
ああ、やっぱり彼女と過ごす時間は心地いい。
不思議と湧く親近感はきっと気のせいじゃない。
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彼女は、きっと自分の―――。
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