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彼女の母
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「お嬢様? どうかしましたか?」
ジュリエッタの様子がおかしいと感じたシロが首を傾げて問いかける。
それに対して彼女は俯いたまま答えた。
「母は……私の帰りを待っていないかもしれないわ。だって私は……公爵様が母を手籠めにして生まれた子だから……」
ジュリエッタがハルバード公爵邸に来てからずっと目を背けていたこと。
それは母親が本当はジュリエッタを疎んでいるのではないか、ということだ。
母がどうやって公爵との間に子を設けたかは分からないが、公爵に向けた母の眼は公爵夫人と同じだった。
気持ちの悪い、得体の知れない者に対する嫌悪の籠った眼。
その眼で母が公爵を愛していないことが分かってしまった。
「愛してもいない男と肌を重ねるなんて、すごく嫌なことでしょう? 私は伯爵に迫られて嫌だったもの。……だったら、そんな行為を強いてきた男の子供なんて……」
そこまで言ってジュリエッタは口を噤んだ。
これ以上を口にするのは物凄く辛い。
母が自分を愛していないのではないか、ということはーーー。
「え? それって誰かから聞いたんですか? 手籠め云々って」
「いえ……誰かから聞いたとかじゃないの。母の公爵様に対する眼が……嫌悪感や怯えに満ちていて、そこから勝手に想像しただけ……」
「それじゃ本当のことは分からないでしょう? もしかしたら愛し合っていたのかもしれないし、なんやかんやあって母君が旦那様のこと嫌いになったのかもしれませんよ?」
「ええ……愛し合ってたってことはないんじゃない? あの公爵様だよ……?」
人を人として見ることも、尊重することもない男。
それがジュリエッタが公爵に抱いた感想だ。
母がそんな公爵を愛したとはとても思えない。
「男女のことなんて当事者以外には分かりませんよ。実際に聞いてみればいいのでは?」
「えっ!? 母にそんなこと聞くの? で、でも……それって触れていい話なのかしら……?」
「お嬢様は聞く権利があるでしょう。むしろお嬢様以外にはその権利はありませんよ。自分の出生にまつわる話なんて知りたくて当然です。もし母君がその話をしたくないならそう言うでしょうよ。それに、モヤモヤするより聞いちゃった方がスッキリしますって!」
シロの言葉はジュリエッタの重い悩みをアッサリと吹き飛ばした。
ここで「お母さんは貴女を愛してますよ」なんていう本当か嘘かも分からないその場限りの言葉を使われても、彼女の心にはちっとも響かなかったろう。
だってシロはジュリエッタの母のことを知らない。
知らないのに母の気持ちを代弁できるわけがない。
“当事者以外には分からない”とはまさにそうだ。母親の気持ちは本人にしか分からない。
「お嬢様が母君に聞くのが怖いと仰るのなら、俺も一緒に行きますよ。それなら少しはマシでしょう?」
「え? え? どういうこと……?」
言葉の意味が分からずジュリエッタはキョトンとした。
それに対し彼はものすごくいい微笑みを浮かべる。
「もちろんお嬢様との結婚のご挨拶です! これが終わればお嬢様は俺の妻になりますのでね!」
「え……それって、決定事項なの……?」
「? そうですけど? お嬢様は嫌ですか?」
「い……嫌じゃない、わよ……」
「やった! 嬉しいです! なら決定ですね!」
求婚を承諾してもらい、歓喜したシロがジュリエッタをきつく抱きしめる。
恋い慕う男性からの抱擁に彼女は顔を夕日よりも赤く染めた。
「赤くなって可愛いですね……。愛しています、お嬢様……」
「あ……シロ……」
二人の顔が近づき、唇が重なるその瞬間、不意に聞こえたうめき声にハッとなった。
「あ、忘れてました! 伯爵がそのままでしたね?」
「そういやそうだったわね……。すっかり忘れていたわ……」
二人の世界に入っていたため、足元に伯爵が転がっていることなどすっかり忘れていた。
そしてうっかり流されてしまったが、今はまだこの男の妻なので、シロと口づけしたら不貞になってしまうとジュリエッタは思い直した。
求婚はまあ……離婚した後のことだし、セーフかなと結論付けて。
「それにしてもこれだけ近くで話していたのに、起きないものね? そんなに強い薬を使ってるの?」
毎度毎度伯爵を昏倒させる謎の薬品。
ここまで即効性があり、持続性もあるとなると、相当効能も副作用も強いのではないだろうか。
「ええ、そうです。あまり使い過ぎると脳に影響出ちゃうんですよ」
「何それ怖い……。そんなの頻繁に使って大丈夫なの?」
「大丈夫ではないかもしれません。毎回毎回懲りずにお嬢様に迫るから使っちゃってますけど、本来の使用頻度を超えてますしね」
「そんな毒みたいな薬の使用頻度って何? 1回でも使ったらマズいものなんじゃ……」
「いやあ……1回くらいな、まあ……ね? でもさすがにこれ以上使うと廃人になりそうですよ。だから計画を早めると旦那様も仰ってました」
「使い過ぎたことに対しては何も言わないのね、あの公爵様は。それにしてもこんな危ない薬は使うくせに、伯爵が廃人になるのは困るのね?」
「ええ、詳しくは分かりませんが、伯爵の意思が機能していないのはマズいらしいです」
「そうなんだ? ふうん……」
その理由が気にはなったが、ジュリエッタはそれ以上深く追求することを止めた。
あの公爵が非人道的行為をしているのは今更だ。
それにその矛先が罰当たりな男に向いているのなら構わない。
シロが伯爵を本邸まで担いでいったのを見送り、ふとマリアナのことが気になった。
彼女はどうしているのだろう。
ここを出る前にもう一度顔が見れたらいいな。
ジュリエッタはまるで友人に向けるかのような感情を夫の愛人に向けた。
ジュリエッタの様子がおかしいと感じたシロが首を傾げて問いかける。
それに対して彼女は俯いたまま答えた。
「母は……私の帰りを待っていないかもしれないわ。だって私は……公爵様が母を手籠めにして生まれた子だから……」
ジュリエッタがハルバード公爵邸に来てからずっと目を背けていたこと。
それは母親が本当はジュリエッタを疎んでいるのではないか、ということだ。
母がどうやって公爵との間に子を設けたかは分からないが、公爵に向けた母の眼は公爵夫人と同じだった。
気持ちの悪い、得体の知れない者に対する嫌悪の籠った眼。
その眼で母が公爵を愛していないことが分かってしまった。
「愛してもいない男と肌を重ねるなんて、すごく嫌なことでしょう? 私は伯爵に迫られて嫌だったもの。……だったら、そんな行為を強いてきた男の子供なんて……」
そこまで言ってジュリエッタは口を噤んだ。
これ以上を口にするのは物凄く辛い。
母が自分を愛していないのではないか、ということはーーー。
「え? それって誰かから聞いたんですか? 手籠め云々って」
「いえ……誰かから聞いたとかじゃないの。母の公爵様に対する眼が……嫌悪感や怯えに満ちていて、そこから勝手に想像しただけ……」
「それじゃ本当のことは分からないでしょう? もしかしたら愛し合っていたのかもしれないし、なんやかんやあって母君が旦那様のこと嫌いになったのかもしれませんよ?」
「ええ……愛し合ってたってことはないんじゃない? あの公爵様だよ……?」
人を人として見ることも、尊重することもない男。
それがジュリエッタが公爵に抱いた感想だ。
母がそんな公爵を愛したとはとても思えない。
「男女のことなんて当事者以外には分かりませんよ。実際に聞いてみればいいのでは?」
「えっ!? 母にそんなこと聞くの? で、でも……それって触れていい話なのかしら……?」
「お嬢様は聞く権利があるでしょう。むしろお嬢様以外にはその権利はありませんよ。自分の出生にまつわる話なんて知りたくて当然です。もし母君がその話をしたくないならそう言うでしょうよ。それに、モヤモヤするより聞いちゃった方がスッキリしますって!」
シロの言葉はジュリエッタの重い悩みをアッサリと吹き飛ばした。
ここで「お母さんは貴女を愛してますよ」なんていう本当か嘘かも分からないその場限りの言葉を使われても、彼女の心にはちっとも響かなかったろう。
だってシロはジュリエッタの母のことを知らない。
知らないのに母の気持ちを代弁できるわけがない。
“当事者以外には分からない”とはまさにそうだ。母親の気持ちは本人にしか分からない。
「お嬢様が母君に聞くのが怖いと仰るのなら、俺も一緒に行きますよ。それなら少しはマシでしょう?」
「え? え? どういうこと……?」
言葉の意味が分からずジュリエッタはキョトンとした。
それに対し彼はものすごくいい微笑みを浮かべる。
「もちろんお嬢様との結婚のご挨拶です! これが終わればお嬢様は俺の妻になりますのでね!」
「え……それって、決定事項なの……?」
「? そうですけど? お嬢様は嫌ですか?」
「い……嫌じゃない、わよ……」
「やった! 嬉しいです! なら決定ですね!」
求婚を承諾してもらい、歓喜したシロがジュリエッタをきつく抱きしめる。
恋い慕う男性からの抱擁に彼女は顔を夕日よりも赤く染めた。
「赤くなって可愛いですね……。愛しています、お嬢様……」
「あ……シロ……」
二人の顔が近づき、唇が重なるその瞬間、不意に聞こえたうめき声にハッとなった。
「あ、忘れてました! 伯爵がそのままでしたね?」
「そういやそうだったわね……。すっかり忘れていたわ……」
二人の世界に入っていたため、足元に伯爵が転がっていることなどすっかり忘れていた。
そしてうっかり流されてしまったが、今はまだこの男の妻なので、シロと口づけしたら不貞になってしまうとジュリエッタは思い直した。
求婚はまあ……離婚した後のことだし、セーフかなと結論付けて。
「それにしてもこれだけ近くで話していたのに、起きないものね? そんなに強い薬を使ってるの?」
毎度毎度伯爵を昏倒させる謎の薬品。
ここまで即効性があり、持続性もあるとなると、相当効能も副作用も強いのではないだろうか。
「ええ、そうです。あまり使い過ぎると脳に影響出ちゃうんですよ」
「何それ怖い……。そんなの頻繁に使って大丈夫なの?」
「大丈夫ではないかもしれません。毎回毎回懲りずにお嬢様に迫るから使っちゃってますけど、本来の使用頻度を超えてますしね」
「そんな毒みたいな薬の使用頻度って何? 1回でも使ったらマズいものなんじゃ……」
「いやあ……1回くらいな、まあ……ね? でもさすがにこれ以上使うと廃人になりそうですよ。だから計画を早めると旦那様も仰ってました」
「使い過ぎたことに対しては何も言わないのね、あの公爵様は。それにしてもこんな危ない薬は使うくせに、伯爵が廃人になるのは困るのね?」
「ええ、詳しくは分かりませんが、伯爵の意思が機能していないのはマズいらしいです」
「そうなんだ? ふうん……」
その理由が気にはなったが、ジュリエッタはそれ以上深く追求することを止めた。
あの公爵が非人道的行為をしているのは今更だ。
それにその矛先が罰当たりな男に向いているのなら構わない。
シロが伯爵を本邸まで担いでいったのを見送り、ふとマリアナのことが気になった。
彼女はどうしているのだろう。
ここを出る前にもう一度顔が見れたらいいな。
ジュリエッタはまるで友人に向けるかのような感情を夫の愛人に向けた。
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