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彼女の夫
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太陽が見えない憂鬱な午後、ジュリエッタは窓辺から止まぬ雨を眺めていた。
そんな彼女の元に招かれざる客がやってきた。
「ふん、狭いところだな」
ノックもせず、不躾に扉を開けて入ってきたのはやたら身なりのいい青年。
その優雅な佇まいからおそらく貴族なのだろうことは分かる。
どこかで見たことがあるような、と訝しむジュリエッタに男はふてぶてしい態度をとった。
「なんだ? せっかく夫が来てやったというのに、挨拶も無しか?」
夫、という言葉にジュリエッタは目の前の男が誰なのかを思い出した。
彼の名はダニエル・フォン・デューン。
新婚初日に顔を合わせただけの、ジュリエッタの夫である。
「……ごきげんよう、伯爵様。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
そういえばこんな顔だったなあ、とジュリエッタは一度会っただけの夫をまじまじと眺める。
それに何を勘違いをしたのか、ダニエルはニンマリと下卑た笑いを浮かべた。
「私が訪ねてきたことがそんなに嬉しいのか? ふん、中々可愛い態度をとるではないか?」
「はあ?」
(何こいつ? いきなり訪ねてきて何気持ち悪いこと言ってんの?)
「私の最愛はマリアナだが、お前の美しさは中々のものだな? たまには高貴な女を相手するのも悪くない」
「え? キモッ……」
あまりの気持ち悪さにジュリエッタは思わず元の言葉遣いに戻ってしまった。
だがそれも仕方ない。目の前の男の傲慢ともいえる勘違いを悍ましいと思わない女性はいないのだから。
「マリアナが帰ってくるまでに済ませたい。さっさと寝室に案内しないか」
言葉の悍ましさに鳥肌が立った。
何を済ませるのか、などと死んでも聞きたくない。
聞いたら最後、鳥肌がもっとひどくなり最終的に鳥に進化しそうだ。
「あー……、今、寝室は水浸しなんで無理ですね……」
「はあ!? 嘘をつくな! なんで寝室が水浸しになるんだ!?」
あまりの気持ち悪さにジュリエッタはとんでもない嘘をついてしまった。
だが言ってしまったからには仕方ない。このまま押し通そうと決め、嘘に嘘を重ねる。
「いやあ……その、昨晩水を飲もうとして、水瓶を傾けたら中身が全部零れちゃいまして……」
「なんで水瓶が寝室に置いてあるんだよ!? 普通は置かないだろうそんなところに!」
「えー? この家、最初から寝室に水瓶置いてありましたよ? 伯爵様の指示ではないのですか?」
「そんな訳分からん指示などするか! ええい、もういい! 寝室が駄目ならソファーでも構わん!」
「あー……ソファーも水浸しで駄目ですね。雨降って窓閉めるの忘れちゃったせいでビシャビシャに……」
「なんで窓側にソファー置いとくんだよ!? それに窓を閉めるのはお前じゃなくてメイドの仕事だろう?」
「窓側にソファーがあるのは元々ですし、メイドはここにはいません。そもそも私にメイドなんておりませんわ」
かなり苦しい嘘なのに、阿呆なダニエルは信じ切っているようだ。
本当は寝室に水瓶もないし、窓側にソファーもない。
ついでに水浸しにもなっていない。
「何の御用か分かりませんが、今日はもうお引き取りください。マリアナさんがこのようなところを見たらきっと悲しまれるでしょう……」
彼女ならきっと悲しむよりも金切り声をあげてダニエルに詰め寄ることだろう。
それはそれでちょっと見てみたいが、巻き込まれるのは面倒なのでやはりさっさと帰ってほしい。
「だからマリアナがいない隙を狙って来たんじゃないか! お前はそんなことも分からんのか!?」
「分かりませんし、分かりたくもありません」
ジュリエッタは馬鹿にしたような顔で嘲笑い、これでもかと夫を煽った。
淑女の仮面を被っていた彼女がここまで自身をさらけ出せるのには理由がある。
それは、この後目の前の男の記憶が消されると知っているからだ。
そんな彼女の元に招かれざる客がやってきた。
「ふん、狭いところだな」
ノックもせず、不躾に扉を開けて入ってきたのはやたら身なりのいい青年。
その優雅な佇まいからおそらく貴族なのだろうことは分かる。
どこかで見たことがあるような、と訝しむジュリエッタに男はふてぶてしい態度をとった。
「なんだ? せっかく夫が来てやったというのに、挨拶も無しか?」
夫、という言葉にジュリエッタは目の前の男が誰なのかを思い出した。
彼の名はダニエル・フォン・デューン。
新婚初日に顔を合わせただけの、ジュリエッタの夫である。
「……ごきげんよう、伯爵様。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
そういえばこんな顔だったなあ、とジュリエッタは一度会っただけの夫をまじまじと眺める。
それに何を勘違いをしたのか、ダニエルはニンマリと下卑た笑いを浮かべた。
「私が訪ねてきたことがそんなに嬉しいのか? ふん、中々可愛い態度をとるではないか?」
「はあ?」
(何こいつ? いきなり訪ねてきて何気持ち悪いこと言ってんの?)
「私の最愛はマリアナだが、お前の美しさは中々のものだな? たまには高貴な女を相手するのも悪くない」
「え? キモッ……」
あまりの気持ち悪さにジュリエッタは思わず元の言葉遣いに戻ってしまった。
だがそれも仕方ない。目の前の男の傲慢ともいえる勘違いを悍ましいと思わない女性はいないのだから。
「マリアナが帰ってくるまでに済ませたい。さっさと寝室に案内しないか」
言葉の悍ましさに鳥肌が立った。
何を済ませるのか、などと死んでも聞きたくない。
聞いたら最後、鳥肌がもっとひどくなり最終的に鳥に進化しそうだ。
「あー……、今、寝室は水浸しなんで無理ですね……」
「はあ!? 嘘をつくな! なんで寝室が水浸しになるんだ!?」
あまりの気持ち悪さにジュリエッタはとんでもない嘘をついてしまった。
だが言ってしまったからには仕方ない。このまま押し通そうと決め、嘘に嘘を重ねる。
「いやあ……その、昨晩水を飲もうとして、水瓶を傾けたら中身が全部零れちゃいまして……」
「なんで水瓶が寝室に置いてあるんだよ!? 普通は置かないだろうそんなところに!」
「えー? この家、最初から寝室に水瓶置いてありましたよ? 伯爵様の指示ではないのですか?」
「そんな訳分からん指示などするか! ええい、もういい! 寝室が駄目ならソファーでも構わん!」
「あー……ソファーも水浸しで駄目ですね。雨降って窓閉めるの忘れちゃったせいでビシャビシャに……」
「なんで窓側にソファー置いとくんだよ!? それに窓を閉めるのはお前じゃなくてメイドの仕事だろう?」
「窓側にソファーがあるのは元々ですし、メイドはここにはいません。そもそも私にメイドなんておりませんわ」
かなり苦しい嘘なのに、阿呆なダニエルは信じ切っているようだ。
本当は寝室に水瓶もないし、窓側にソファーもない。
ついでに水浸しにもなっていない。
「何の御用か分かりませんが、今日はもうお引き取りください。マリアナさんがこのようなところを見たらきっと悲しまれるでしょう……」
彼女ならきっと悲しむよりも金切り声をあげてダニエルに詰め寄ることだろう。
それはそれでちょっと見てみたいが、巻き込まれるのは面倒なのでやはりさっさと帰ってほしい。
「だからマリアナがいない隙を狙って来たんじゃないか! お前はそんなことも分からんのか!?」
「分かりませんし、分かりたくもありません」
ジュリエッタは馬鹿にしたような顔で嘲笑い、これでもかと夫を煽った。
淑女の仮面を被っていた彼女がここまで自身をさらけ出せるのには理由がある。
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