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彼女と暇つぶし
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「ごきげんよう! お飾りの奥様!」
「……御機嫌よう」
けばけばしい化粧にごてごてとした派手なドレス。
大粒の宝石のついた装飾品をこれでもかと身に着けた愛人は、みすぼらしい姿の正妻を見て鼻を鳴らした。
高貴な身分の令嬢が虐げられている様を見ると、自分が勝ったように感じるのだろう。
とても満足そうな顔をしている。
ジュリエッタが本物のお嬢様ではないことも、自分と同じ平民だったことも知らずに。
「ま~あ、公爵家のお嬢様がそ~んなみすぼらしい格好して! でも仕方ないわよね? ダニエルが愛しているのはアタシなんだから! アナタにかけるお金なんて一銭もないのよ?」
(今日もいい具合に頭がイカレてるわ~。 まあ、暇つぶしにはちょうどいいけども)
ジュリエッタは本当に暇なのだ。やることがなさすぎて。
こんな頭のおかしい人間の相手ですら暇つぶしになるほどに。
彼女は毎回違う衣装を身に着けてジュリエッタに見せびらかし、いかに自分が伯爵に愛されているかを延々と語り続ける。
ジュリエッタとしてはそんな大道芸人のような派手な色のドレスなんて着たくもないし、あんな脳内お花畑な男からの愛もいらない。なのにマリアナは自慢げにそれを話す。まるで「羨ましいでしょう?」とでも言わんばかりだ。
どちらもジュリエッタにとってゴミ同然だとも知らずに。
「ほーら、見て頂戴! このサファイアの指輪も、ピンクダイヤのネックレスも、エメラルドのブローチも、ぜーんぶダニエルがアタシのために買ってくれたのよ! ほら、アタシってばダニエルに愛されてるから! これは彼のアタシに対する愛の証なのよ!」
(配色が物凄くケバケバしい……! まるで毒のある危険生物みたいな色合いね? これは“毒があるから近づかないでください”ということを表しているのかしら?)
ジュリエッタが心の中で大分失礼なことを考えているなんて愛人は露ほども思わない。
むしろ愛されている自分に嫉妬している、と盛大な勘違いをしている。
「アナタは所詮、お飾りでしかないのよ! 彼の本当の妻はアタシなんだから! 貴族だからっていい気にならないでよね?」
(むしろ貴女の方が玄関などに置く飾り物のようですが?)
昔行った商会でこんな感じの派手派手しい置物を見たことあるな、とジュリエッタは昔を懐かしんだ。
本来であれば、ジュリエッタがこのケバい愛人を言い負かすことなど容易い。
しかし公爵から『弱弱しい深窓の令嬢』を装えと命じられているためそれは叶わず、仕方ないのでこうやって心の中で呟いている。
そうやってジュリエッタが何も言わずに俯いている様に満足したのか、満面の笑みを浮かべたマリアナが腕を組みながら自慢を続けた。
「この間なんて王宮の舞踏会に連れていってもらったのよ! すごく豪華で素敵だったわ~。本当ならアナタが行くはずだったんでしょうけど、ダニエルはアタシ以外を連れて歩きたくないんだって! 残念ね~?」
(よりにもよって王宮の舞踏会に愛人同伴で参加しちゃったの!?)
社交界で既婚者が愛人を同伴することはマナー違反であり、眉をひそめる行為だ。
詰め込まれた教育を受けた平民育ちのジュリエッタでさえ知っていることなのに、生粋の貴族である伯爵がそれを知らないとか引く。
しかも王宮で堂々とマナー違反をするとか、破滅願望があるとしか思えない所業だ。
「アタシはアナタが公爵家から持ってきたあの高そうなドレスや宝石を身に着けて参加したのよ! 皆着飾ったアタシに見惚れてい~い気分だったわ!」
(多分皆見惚れてたんじゃなくて、軽蔑していたんじゃないかしら? だってあれ……公爵様がこれ見よがしに公爵家の家紋を入れた特注品だもの。まんまと罠に引っかかってまあ……)
デューン伯爵が輿入れした妻の持ち物を盗んだ、という事実を知らしめるためにハルバード公爵がわざと分かりやすい位置に家紋を施した。あれを身に着けたら周囲にどう思われるか、と考えないあたりが伯爵の頭の残念さを物語る。
しかし、ふとジュリエッタにある考えがよぎった。
公爵が持参させたドレスは盗ませる目的といえど、一応はジュリエッタのサイズに合わせた品だ。
そう、細身のジュリエッタに。
ちら、と愛人のマリアナを見ると、ジュリエッタとは対照的な肉体が目に入る。
彼女は胸も尻もジュリエッタよりも遙かに大きい。伯爵はこういう肉感的な女性が好きなのだろう。
まあ伯爵の好みはどうでもいい。ジュリエッタには関係のない話だ。
問題は、この肉感的な体に、細身のジュリエッタに合わせたドレスが入ったのかということである。
(伯爵はちゃんとサイズを直してあげたのかしら……?)
ジュリエッタはやたらとそんな変な部分が気になってしまった。
しかし、いくら気になっていても目の前の愛人に「あのドレス、貴女にはキツイんじゃないの?」とは聞けない。
それで口論になり、公爵の耳になんて入ろうものならお叱りを受けてしまう。
それに輿入れの際に持ってきたドレスは淡いパステルカラーの清楚なデザインが多かったはず。
どう考えても目の前にいる派手な愛人には似合わない。
似合わないドレスを着せるなんて、あの伯爵はセンスが悪いのだろうか?
ジュリエッタは目の前の肉感的な女が似合わないパステルカラーのドレスを、パツパツの状態で着た様を想像し吹き出してしまいそうになる。
必死でそれを我慢し、俯くジュリエッタに何か勘違いした愛人が意地悪い笑みをうかべた。
「そうそう、それでダニエルが連れてってくれた舞踏会、とっても素敵だったのよ~? 料理も内装もすっごく豪華でね~! また行きたいって言ったらダニエルが『いつでも連れていってあげるよ』なんて言うのよ~! ほら、アタシってば愛されているから~!」
(へえ、社交界に参加しても平気だなんて図太い神経してるわね。私はもう二度と行きたくないけども……)
ジュリエッタは公爵に連れられてデビュタントだけは済ませたが、それ以降は社交界に顔を出していない。
これは顔を覚えられては不都合があるため公爵がわざとそうしたのだが、一度の夜会で精神をゴリゴリに削られたジュリエッタにとっては有難かった。
周囲にはジロジロ見られるわ、夜会中ずっと淑女らしい微笑みを浮かべていなければならないわでちっとも楽しくない。貴族はあんな苦行をしょっちゅうやっているのかと思うと心底尊敬する。
その後もペラペラと自慢ばかり喋り続けるマリアナに対し、表向き悲壮な雰囲気を漂わせながらジュリエッタは心の中でゲラゲラと笑う。
ひとしきりマウントを取り続け、満足したらしいマリアナはまた品のない足音を立て本邸に戻っていった。
「……御機嫌よう」
けばけばしい化粧にごてごてとした派手なドレス。
大粒の宝石のついた装飾品をこれでもかと身に着けた愛人は、みすぼらしい姿の正妻を見て鼻を鳴らした。
高貴な身分の令嬢が虐げられている様を見ると、自分が勝ったように感じるのだろう。
とても満足そうな顔をしている。
ジュリエッタが本物のお嬢様ではないことも、自分と同じ平民だったことも知らずに。
「ま~あ、公爵家のお嬢様がそ~んなみすぼらしい格好して! でも仕方ないわよね? ダニエルが愛しているのはアタシなんだから! アナタにかけるお金なんて一銭もないのよ?」
(今日もいい具合に頭がイカレてるわ~。 まあ、暇つぶしにはちょうどいいけども)
ジュリエッタは本当に暇なのだ。やることがなさすぎて。
こんな頭のおかしい人間の相手ですら暇つぶしになるほどに。
彼女は毎回違う衣装を身に着けてジュリエッタに見せびらかし、いかに自分が伯爵に愛されているかを延々と語り続ける。
ジュリエッタとしてはそんな大道芸人のような派手な色のドレスなんて着たくもないし、あんな脳内お花畑な男からの愛もいらない。なのにマリアナは自慢げにそれを話す。まるで「羨ましいでしょう?」とでも言わんばかりだ。
どちらもジュリエッタにとってゴミ同然だとも知らずに。
「ほーら、見て頂戴! このサファイアの指輪も、ピンクダイヤのネックレスも、エメラルドのブローチも、ぜーんぶダニエルがアタシのために買ってくれたのよ! ほら、アタシってばダニエルに愛されてるから! これは彼のアタシに対する愛の証なのよ!」
(配色が物凄くケバケバしい……! まるで毒のある危険生物みたいな色合いね? これは“毒があるから近づかないでください”ということを表しているのかしら?)
ジュリエッタが心の中で大分失礼なことを考えているなんて愛人は露ほども思わない。
むしろ愛されている自分に嫉妬している、と盛大な勘違いをしている。
「アナタは所詮、お飾りでしかないのよ! 彼の本当の妻はアタシなんだから! 貴族だからっていい気にならないでよね?」
(むしろ貴女の方が玄関などに置く飾り物のようですが?)
昔行った商会でこんな感じの派手派手しい置物を見たことあるな、とジュリエッタは昔を懐かしんだ。
本来であれば、ジュリエッタがこのケバい愛人を言い負かすことなど容易い。
しかし公爵から『弱弱しい深窓の令嬢』を装えと命じられているためそれは叶わず、仕方ないのでこうやって心の中で呟いている。
そうやってジュリエッタが何も言わずに俯いている様に満足したのか、満面の笑みを浮かべたマリアナが腕を組みながら自慢を続けた。
「この間なんて王宮の舞踏会に連れていってもらったのよ! すごく豪華で素敵だったわ~。本当ならアナタが行くはずだったんでしょうけど、ダニエルはアタシ以外を連れて歩きたくないんだって! 残念ね~?」
(よりにもよって王宮の舞踏会に愛人同伴で参加しちゃったの!?)
社交界で既婚者が愛人を同伴することはマナー違反であり、眉をひそめる行為だ。
詰め込まれた教育を受けた平民育ちのジュリエッタでさえ知っていることなのに、生粋の貴族である伯爵がそれを知らないとか引く。
しかも王宮で堂々とマナー違反をするとか、破滅願望があるとしか思えない所業だ。
「アタシはアナタが公爵家から持ってきたあの高そうなドレスや宝石を身に着けて参加したのよ! 皆着飾ったアタシに見惚れてい~い気分だったわ!」
(多分皆見惚れてたんじゃなくて、軽蔑していたんじゃないかしら? だってあれ……公爵様がこれ見よがしに公爵家の家紋を入れた特注品だもの。まんまと罠に引っかかってまあ……)
デューン伯爵が輿入れした妻の持ち物を盗んだ、という事実を知らしめるためにハルバード公爵がわざと分かりやすい位置に家紋を施した。あれを身に着けたら周囲にどう思われるか、と考えないあたりが伯爵の頭の残念さを物語る。
しかし、ふとジュリエッタにある考えがよぎった。
公爵が持参させたドレスは盗ませる目的といえど、一応はジュリエッタのサイズに合わせた品だ。
そう、細身のジュリエッタに。
ちら、と愛人のマリアナを見ると、ジュリエッタとは対照的な肉体が目に入る。
彼女は胸も尻もジュリエッタよりも遙かに大きい。伯爵はこういう肉感的な女性が好きなのだろう。
まあ伯爵の好みはどうでもいい。ジュリエッタには関係のない話だ。
問題は、この肉感的な体に、細身のジュリエッタに合わせたドレスが入ったのかということである。
(伯爵はちゃんとサイズを直してあげたのかしら……?)
ジュリエッタはやたらとそんな変な部分が気になってしまった。
しかし、いくら気になっていても目の前の愛人に「あのドレス、貴女にはキツイんじゃないの?」とは聞けない。
それで口論になり、公爵の耳になんて入ろうものならお叱りを受けてしまう。
それに輿入れの際に持ってきたドレスは淡いパステルカラーの清楚なデザインが多かったはず。
どう考えても目の前にいる派手な愛人には似合わない。
似合わないドレスを着せるなんて、あの伯爵はセンスが悪いのだろうか?
ジュリエッタは目の前の肉感的な女が似合わないパステルカラーのドレスを、パツパツの状態で着た様を想像し吹き出してしまいそうになる。
必死でそれを我慢し、俯くジュリエッタに何か勘違いした愛人が意地悪い笑みをうかべた。
「そうそう、それでダニエルが連れてってくれた舞踏会、とっても素敵だったのよ~? 料理も内装もすっごく豪華でね~! また行きたいって言ったらダニエルが『いつでも連れていってあげるよ』なんて言うのよ~! ほら、アタシってば愛されているから~!」
(へえ、社交界に参加しても平気だなんて図太い神経してるわね。私はもう二度と行きたくないけども……)
ジュリエッタは公爵に連れられてデビュタントだけは済ませたが、それ以降は社交界に顔を出していない。
これは顔を覚えられては不都合があるため公爵がわざとそうしたのだが、一度の夜会で精神をゴリゴリに削られたジュリエッタにとっては有難かった。
周囲にはジロジロ見られるわ、夜会中ずっと淑女らしい微笑みを浮かべていなければならないわでちっとも楽しくない。貴族はあんな苦行をしょっちゅうやっているのかと思うと心底尊敬する。
その後もペラペラと自慢ばかり喋り続けるマリアナに対し、表向き悲壮な雰囲気を漂わせながらジュリエッタは心の中でゲラゲラと笑う。
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