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魔性
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「聞けばエーミール殿は多くの女官と関係を結んだそうじゃないか。そしてそのせいで女官達は処分される羽目になったとか。関係を持った相手を死へと導くとはまるで絵物語に出てくる淫魔のようじゃな。悍ましいことに彼の母親も同じだ。調べていくうちに分かったことだが、エーミール殿の実の父親も、母親と関係を持った他の男達も全員亡くなっておる。死因は娼婦病じゃ」
「まあ……なんて汚らわしい……。あの淫蕩な気質は母親譲りというわけですのね。セレスティーナはそんな悍ましい男を選んでしまって……ああ、なんてこと……」
「悪いことは言わん、セレスティーナからあの男を離した方がいい。セレスティーナが嫌だと言うても無理にでもすべきだ。あの子は帝位を継ぐべき尊き存在、死を招く悍ましい悪魔を傍に置くべきではない」
「ええ、ええ……その通りでございます。ああ、どうしてあの子はそんな悍ましい男に魅入られてしまったのか……」
「そういう存在はいつの世もいる。誰よりも優れた美貌を持っているわけでもないのに、何故か異性を魅了し狂わせるという魔性を帯びた存在はいつの世にだって現れる。歴史を紐解いてもそういった魔性の存在一人に国を滅ぼされた事例は少なくない。大切なのはそういう存在を傍に置かぬことだ」
話しているうちに皇后は自分の考えの甘さを痛感した。
娘が望むのなら、まだエーミールを傍に置いてやろうと考えた甘さを。
父親の判断を聞いていると自分がまだまだ未熟だと思い知らされる。
「わたくしはお父様に比べて随分と甘うございました。セレスティーナが望むのであれば、あんな男でも愛人として傍に置かせようと……」
「母親としてならそれで合っている。だが皇后としては間違っておるぞ。皇帝の傍から危険なものを排除することが我が公爵家の仕事よ。帝国皇家を絶やしたくはないだろう?」
「ええ、お父様の言う通りでございます。セレスティーナが嫌がろうともあの男を傍には置きません」
「それがいい。して、その赤ん坊じゃが……おそらくその子にも父親と同じ性質が受け継がれているやもしれん。だからこれは提案なのだが、この子を公爵家に預けぬか?」
「え? それはどういうことです……? このまま皇宮で育ててはいけないのですか?」
「仮にこの子が魔性の性質を受け継いでいたとすれば、相応の教育が必要だ。己の欲を律し、その性質をむしろ利用できるようにならねば、この子は周囲を不幸にするだけの存在になってしまう。我が公爵家ならばそういった教育も可能だ。コンラッド侯爵家では少々厳しいだけの教育しかしておらんから、エーミール殿もその母親も変わらなかったのだろうよ。そういった特殊な性質を持つ者には、特殊な教育を施すべきだ。己の性質をしっかり理解させ、それを律するにはどうすればよいかを考えられるような教育をな」
「それでしたら、何もわたくしが直々に教育を施せばよいことです。わたくしでしたらそれも可能であります」
「其方なら、な。だが其方以外にはおらぬ。其方亡き後、任せられる者がおるか?」
父の鋭い指摘に皇后は二の句が継げなかった。
この皇宮に、自分以外にそういったことを任せられる者がいないことを理解している。
夫である皇帝は勿論のこと、娘のセレスティーナにもそういった能力はない。
「我が公爵家であれば十分な教育を与えてやれる。その教育を任せられる者も沢山いる。儂を含め妻も、当主を継いだ息子もその嫁も申し分ない。それに我が公爵家の令嬢になれば、その子の黒髪を差別する者も現れん。現れたとしても二度と喋れなくしてやることなど訳はない。だが、皇宮ではそうもいかんだろう? 金の髪こそ皇族の証と言われておる中で、この子は否応なしに蔑まれる対象となってしまう。それは可哀想だと思わぬか?」
この愛らしい孫が蔑まれるなど、我慢ならない。
それに父の言っていることは正論だ。
皇宮では差別の対象になりかねないが、公爵家であればそうはならない。
「お父様の言うことは最もです。公爵家に預けた方がこの子の為になるでしょう。ですがその前に、母親であるセレスティーナと話をさせてください。あの子は産まれたばかりの我が子と対面する前に気を失ってしまったのですから……」
「そうだな。その方がいいだろう。その時にきちんと説得するのだぞ」
「勿論です。セレスティーナはわたくしが説得します」
我が子を母親と離してしまうことに罪悪感はある。
だが、孫がエーミールのような悍ましい悪魔になるよりもずっとマシだと皇后は自分に言い聞かせるのだった。
「まあ……なんて汚らわしい……。あの淫蕩な気質は母親譲りというわけですのね。セレスティーナはそんな悍ましい男を選んでしまって……ああ、なんてこと……」
「悪いことは言わん、セレスティーナからあの男を離した方がいい。セレスティーナが嫌だと言うても無理にでもすべきだ。あの子は帝位を継ぐべき尊き存在、死を招く悍ましい悪魔を傍に置くべきではない」
「ええ、ええ……その通りでございます。ああ、どうしてあの子はそんな悍ましい男に魅入られてしまったのか……」
「そういう存在はいつの世もいる。誰よりも優れた美貌を持っているわけでもないのに、何故か異性を魅了し狂わせるという魔性を帯びた存在はいつの世にだって現れる。歴史を紐解いてもそういった魔性の存在一人に国を滅ぼされた事例は少なくない。大切なのはそういう存在を傍に置かぬことだ」
話しているうちに皇后は自分の考えの甘さを痛感した。
娘が望むのなら、まだエーミールを傍に置いてやろうと考えた甘さを。
父親の判断を聞いていると自分がまだまだ未熟だと思い知らされる。
「わたくしはお父様に比べて随分と甘うございました。セレスティーナが望むのであれば、あんな男でも愛人として傍に置かせようと……」
「母親としてならそれで合っている。だが皇后としては間違っておるぞ。皇帝の傍から危険なものを排除することが我が公爵家の仕事よ。帝国皇家を絶やしたくはないだろう?」
「ええ、お父様の言う通りでございます。セレスティーナが嫌がろうともあの男を傍には置きません」
「それがいい。して、その赤ん坊じゃが……おそらくその子にも父親と同じ性質が受け継がれているやもしれん。だからこれは提案なのだが、この子を公爵家に預けぬか?」
「え? それはどういうことです……? このまま皇宮で育ててはいけないのですか?」
「仮にこの子が魔性の性質を受け継いでいたとすれば、相応の教育が必要だ。己の欲を律し、その性質をむしろ利用できるようにならねば、この子は周囲を不幸にするだけの存在になってしまう。我が公爵家ならばそういった教育も可能だ。コンラッド侯爵家では少々厳しいだけの教育しかしておらんから、エーミール殿もその母親も変わらなかったのだろうよ。そういった特殊な性質を持つ者には、特殊な教育を施すべきだ。己の性質をしっかり理解させ、それを律するにはどうすればよいかを考えられるような教育をな」
「それでしたら、何もわたくしが直々に教育を施せばよいことです。わたくしでしたらそれも可能であります」
「其方なら、な。だが其方以外にはおらぬ。其方亡き後、任せられる者がおるか?」
父の鋭い指摘に皇后は二の句が継げなかった。
この皇宮に、自分以外にそういったことを任せられる者がいないことを理解している。
夫である皇帝は勿論のこと、娘のセレスティーナにもそういった能力はない。
「我が公爵家であれば十分な教育を与えてやれる。その教育を任せられる者も沢山いる。儂を含め妻も、当主を継いだ息子もその嫁も申し分ない。それに我が公爵家の令嬢になれば、その子の黒髪を差別する者も現れん。現れたとしても二度と喋れなくしてやることなど訳はない。だが、皇宮ではそうもいかんだろう? 金の髪こそ皇族の証と言われておる中で、この子は否応なしに蔑まれる対象となってしまう。それは可哀想だと思わぬか?」
この愛らしい孫が蔑まれるなど、我慢ならない。
それに父の言っていることは正論だ。
皇宮では差別の対象になりかねないが、公爵家であればそうはならない。
「お父様の言うことは最もです。公爵家に預けた方がこの子の為になるでしょう。ですがその前に、母親であるセレスティーナと話をさせてください。あの子は産まれたばかりの我が子と対面する前に気を失ってしまったのですから……」
「そうだな。その方がいいだろう。その時にきちんと説得するのだぞ」
「勿論です。セレスティーナはわたくしが説得します」
我が子を母親と離してしまうことに罪悪感はある。
だが、孫がエーミールのような悍ましい悪魔になるよりもずっとマシだと皇后は自分に言い聞かせるのだった。
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