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女主人の部屋
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馬車がコンラッド侯爵邸に着くと、使用人一同が主と花嫁を迎えるべく門前にずらりと勢ぞろいしていた。
「旦那様、そして奥様、お帰りなさいませ」
「うむ。こちらが私の妻となったベロニカだ。皆、心を込めて仕えるように」
当主の言葉に使用人達は一斉に頭を下げる。
それを確認した後、家令が侯爵に顔を向ける。
「旦那様、それでは奥様を邸内までお抱きくださいませ」
この国では新妻は夫に横抱きにされて門をくぐり、邸内へ入るという風習がある。
家令の言葉に頷いた侯爵はベロニカの肩と膝裏に腕をやり、持ち上げた。
「…………ディミトリ様!?」
「ベロニカ、しっかり摑まっていろ」
急に体が地から離れ驚くベロニカに、侯爵が優しく微笑んだ。
その甘い笑みにベロニカは頬を綻ばせ、嬉しそうに夫の首にしがみつく。
どこからどう見ても相思相愛の夫婦だな、と使用人は生暖かい目で主人達を見た。
ベロニカを抱えた侯爵は門を越えて邸内へと足を踏み入れ、そのまま階段を上っていく。
「旦那様? どちらへ行くのですか!?」
てっきり玄関ホールでベロニカを下ろすと思ったのに、何故かそのまま進む主人に家令が慌てて声をかける。
通常、抱いたままでいるのは玄関までだ。そこからは花嫁が自分の足で歩いて部屋に向かうものである。
「離したくないのでな。このままベロニカの部屋まで行く」
厳格を絵に描いたような侯爵の、思いもよらない惚気に家令を含めた使用人一同は呆気にとられた。
そんな彼等を気にせず、侯爵はベロニカを女主人の部屋まで運んでいく。
「ここがベロニカの部屋だ」
「まあ、素敵! なんて広くて綺麗なの……!」
連れてこられたのは質のいい調度品に囲まれた広い部屋。
一目で女主人が使うべき部屋だと分かる。
「ディミトリ様、この部屋……もしかして改装したばかりですか?」
見れば壁紙に染みや色褪せ一つない。
調度品も真新しく、誰かが使った形跡一つ見当たらないのだ。
「ああ、君が輿入れする際に合わせてな。大分古びていて、折角なので丸々改装することにしたんだよ。私の義理の母が新婚当初使った以来、ずっと誰も使っていなかったからかな」
「え…………前の奥様はこの部屋を使わなかったのですか?」
「ああ、前の妻は部屋どころかこの王都にある邸自体に足を踏み入れたことがないと聞く。産まれてからずっと領地の邸から出たことがないそうだ」
「そうだったのですか……」
高位貴族であれば社交をするために一年の内半分以上は王都にある邸で過ごすことが一般的だ。
一度も領地から出たことないというのはかなり珍しい。
前侯爵夫人も新婚当初以来ずっと使っていないということは、娘が産まれたあたりからずっと領地に籠りきりだったのだろう。
(なんだか……領地のお邸は牢獄のようね……)
なんとなくだが、娘を閉じ込めるために親である彼等も領地から出なかったように思えた。そうなると、ベロニカがまだ足を踏み入れたことのない領地の邸はまるで牢獄のように感じてしまう。
「どうしたんだベロニカ? 疲れたのか?」
急に黙ってしまった妻を心配し、侯爵が彼女の顔を覗き込んだ。
「あっ……いえ! そんなことはありませんわ!」
「無理しなくていい。朝早くから準備して疲れたろう。今日はもう寝てしまうかい?」
「そんな、ダメです! だって今宵は……」
初夜ですもの、という言葉をベロニカは頬を染めて恥ずかしそうに呟く。
そのあまりにも可憐で愛らしい姿にあてられた侯爵はそのまま妻の唇を奪った。
「ん……ディミトリ様……」
「可愛い……ベロニカ。では、このまま支度を。私は寝室で待っているから」
「はい……しばしの間お待ちください」
熱々、という言葉がぴったりな新婚夫婦の姿を使用人達は後ろから生温く見守っていた。
そして侯爵が部屋から出たタイミングで侍女達が次々と部屋に入り、流れるようにベロニカの初夜の支度を整える。
浴室で全身磨かれ、肌に香油を塗り、薄い夜着を纏ったベロニカが寝室に入って以降、使用人達はおよそ三日は彼女の姿を見ることはなかった。
「旦那様、そして奥様、お帰りなさいませ」
「うむ。こちらが私の妻となったベロニカだ。皆、心を込めて仕えるように」
当主の言葉に使用人達は一斉に頭を下げる。
それを確認した後、家令が侯爵に顔を向ける。
「旦那様、それでは奥様を邸内までお抱きくださいませ」
この国では新妻は夫に横抱きにされて門をくぐり、邸内へ入るという風習がある。
家令の言葉に頷いた侯爵はベロニカの肩と膝裏に腕をやり、持ち上げた。
「…………ディミトリ様!?」
「ベロニカ、しっかり摑まっていろ」
急に体が地から離れ驚くベロニカに、侯爵が優しく微笑んだ。
その甘い笑みにベロニカは頬を綻ばせ、嬉しそうに夫の首にしがみつく。
どこからどう見ても相思相愛の夫婦だな、と使用人は生暖かい目で主人達を見た。
ベロニカを抱えた侯爵は門を越えて邸内へと足を踏み入れ、そのまま階段を上っていく。
「旦那様? どちらへ行くのですか!?」
てっきり玄関ホールでベロニカを下ろすと思ったのに、何故かそのまま進む主人に家令が慌てて声をかける。
通常、抱いたままでいるのは玄関までだ。そこからは花嫁が自分の足で歩いて部屋に向かうものである。
「離したくないのでな。このままベロニカの部屋まで行く」
厳格を絵に描いたような侯爵の、思いもよらない惚気に家令を含めた使用人一同は呆気にとられた。
そんな彼等を気にせず、侯爵はベロニカを女主人の部屋まで運んでいく。
「ここがベロニカの部屋だ」
「まあ、素敵! なんて広くて綺麗なの……!」
連れてこられたのは質のいい調度品に囲まれた広い部屋。
一目で女主人が使うべき部屋だと分かる。
「ディミトリ様、この部屋……もしかして改装したばかりですか?」
見れば壁紙に染みや色褪せ一つない。
調度品も真新しく、誰かが使った形跡一つ見当たらないのだ。
「ああ、君が輿入れする際に合わせてな。大分古びていて、折角なので丸々改装することにしたんだよ。私の義理の母が新婚当初使った以来、ずっと誰も使っていなかったからかな」
「え…………前の奥様はこの部屋を使わなかったのですか?」
「ああ、前の妻は部屋どころかこの王都にある邸自体に足を踏み入れたことがないと聞く。産まれてからずっと領地の邸から出たことがないそうだ」
「そうだったのですか……」
高位貴族であれば社交をするために一年の内半分以上は王都にある邸で過ごすことが一般的だ。
一度も領地から出たことないというのはかなり珍しい。
前侯爵夫人も新婚当初以来ずっと使っていないということは、娘が産まれたあたりからずっと領地に籠りきりだったのだろう。
(なんだか……領地のお邸は牢獄のようね……)
なんとなくだが、娘を閉じ込めるために親である彼等も領地から出なかったように思えた。そうなると、ベロニカがまだ足を踏み入れたことのない領地の邸はまるで牢獄のように感じてしまう。
「どうしたんだベロニカ? 疲れたのか?」
急に黙ってしまった妻を心配し、侯爵が彼女の顔を覗き込んだ。
「あっ……いえ! そんなことはありませんわ!」
「無理しなくていい。朝早くから準備して疲れたろう。今日はもう寝てしまうかい?」
「そんな、ダメです! だって今宵は……」
初夜ですもの、という言葉をベロニカは頬を染めて恥ずかしそうに呟く。
そのあまりにも可憐で愛らしい姿にあてられた侯爵はそのまま妻の唇を奪った。
「ん……ディミトリ様……」
「可愛い……ベロニカ。では、このまま支度を。私は寝室で待っているから」
「はい……しばしの間お待ちください」
熱々、という言葉がぴったりな新婚夫婦の姿を使用人達は後ろから生温く見守っていた。
そして侯爵が部屋から出たタイミングで侍女達が次々と部屋に入り、流れるようにベロニカの初夜の支度を整える。
浴室で全身磨かれ、肌に香油を塗り、薄い夜着を纏ったベロニカが寝室に入って以降、使用人達はおよそ三日は彼女の姿を見ることはなかった。
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