初恋が綺麗に終わらない

わらびもち

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親の前で甘い空気は出さないで

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 約束の時間になりやってきた侯爵は、それはもうガッチガチに緊張していた。

 ヴィクトリア伯爵邸に来るのも、伯爵夫妻に会うのも別にこれが初めてじゃないのに、それはもう誰が見ても分かるほど緊張していた。

「ようこそいらっしゃいました、コンラッド侯爵閣下」

「御機嫌よう、ヴィクトリア伯爵、夫人。そしてベロニカ嬢。本日は訪問を受けて頂き感謝する」

 台詞自体は婚約前とそう変わりない。
 だが頭をこれでもかと深く下げる姿に伯爵は面食らってしまった。

「侯爵閣下、頭を上げてください……」

 伯爵の言葉に顔を上げた侯爵はベロニカの方に目を向ける。
 二人は互いに視線を絡ませ、そこに甘やかな空気が満ちた。

「ではどうぞこちらへ。お茶を用意しております」

 二人が醸し出す甘い空気に何とも言えない気持ちになった伯爵は侯爵を応接室へと案内した。


「侯爵閣下、娘にあのように沢山の品を贈って頂き誠にありがとうございました」

「いや、こちらもいきなり大量の品を送りつけて済まなかった。つい気持ちが逸ってしまってな」

 照れくさそうに頬をかく侯爵に伯爵は少々困惑した。

 こんな厳めしい顔をした、自分と同じほどの年齢の男がまるで初恋に戸惑う少年のような姿を見せるなんて予想もしていなかった。

 いつもの泰然とした姿は何処に行ったのやら……と何ともいたたまれない気持ちになる。

「伯爵、並びに夫人。この度は王命とはいえ、大切なご息女と結婚させていただくことを了承して頂き心から感謝する。それと愚息が多大な迷惑をかけて本当に済まなかった。そんな男の父親に、大切なご息女を嫁がせるのは許しがたいだろうに……」

「いえ、確かに思う所はありますが……。閣下のお人柄は私もよく知っておりますし、何より娘を貴方を随分と慕っているようです。それで、この機会にお聞かせ頂きたいのですが……閣下は娘をどのようにお思いで?」

 伯爵の父親としての質問に、侯爵は赤面しつつもきちんと答えた。
 それはもう、伯爵の方も赤面するくらいにきちんと。

「もちろんご息女のことはとても大切に想っている。この先何があってもご息女を守り、誰よりも大切にすると誓わせていただく」

 伯爵は真っ直ぐにこちらを見つめる琥珀の目から目を逸らしたくなった。

 なんだこれ恥ずかしい。
 娘の伴侶となる人物からこういうことを言われるのって恥ずかしいものなのだな、と伯爵はしみじみ感じた。
 
言わずもがなエーミールの時には絶対になかったことだ。

 何とも言えない顔で固まる夫に配慮し、夫人があることを提案した。

「まあまあ折角ですので当家自慢のお庭でも見ていってくださいな。ベロニカ、案内してさしあげて」

 これ以上惚気られると夫の様子がおかしくなりそうと心配した夫人は、しばらく夫から侯爵を離そうと考えた。そしてきっと二人きりになりたいであろう娘に相手してもらおうとも。

「はい。では参りましょうか侯爵閣下、庭をご案内します」

「ああ、頼む」

 一見すると素っ気無い会話だが、二人を見ればそうでないことがよく分かる。

 互いに見つめ合い、自然に差し出した侯爵の手にベロニカのそれが重なる。
 どう見ても相思相愛の恋人の姿だった。

 二人が部屋を出た後、伯爵がポツリと妻に向かって零した。

「ベロニカだけが侯爵閣下を好いているのだと思ったが、閣下もか……」

 娘が婚約者と相思相愛なのは良い事だ。
 良い事なのだが、父親としては何ともやるせない。
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