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父親としては納得できません

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「陛下……今、何と仰いましたか?」

「だから其方の息女を侯爵に嫁がせると申した。なんだ、もう耳が遠くなったのか?」

「聞こえなかったんじゃありません! 何ですかその有り得ない縁談は、という意味です!」

「何を言うておる。どこが有り得ない縁談だと言うのだ?」

「まず年が離れすぎです! 侯爵閣下は私と同じくらいの年齢なのですよ!?」

「だが、其方の息女はそんな年の離れた男を好いておるのだぞ? 好いた相手に何の問題もなく嫁げるのだ。これ以上の幸せなどあるまい? それに息女自身はとても喜んでいたぞ?」

「ベロニカが侯爵閣下を……!? そんな馬鹿な……!」

「何もそんなに驚くことはあるまい。侯爵は良い男だ、誠実で真面目で情け深い。きっと息女をこの世の誰よりも幸福な花嫁にしてくれるだろうよ」

 自分の娘が自分と同じ年齢の男を好きだということに、伯爵はひどく衝撃を受けた。
 しかも相手は元婚約者の父親。

 立て続けにくる情報に伯爵の頭は混乱状態に陥る。
 それなりに酸いも甘いも嚙み分けてきたけれど、娘のことに関しては別だ。
 
 父親程の年の男を好きだとか、それが元婚約者の父親だとか、決して簡単に飲み込めるものではない。

「ですが……元婚約者の父親ですよ!? 社交界で娘が何と言われるか……」

「其方によく似た気質の娘だ。そんな噂位、涼しい顔でいなしてみせるだろうよ」

 国王の言葉に伯爵は二の句が継げない。
 確かに娘は外見は妻に似て儚げであるのに、中身は自分に似て存外強かだ。

 伯爵自身、絶世の美女と謳われた妻を娶ったことでそれなりに嫌がらせや中傷は受けたが、どれも気にならなかったし、きちんとやり返した覚えがある。

 多分娘も同じようにするだろう。いやもしかしたらもっと苛烈かもしれない。

「はあ……まあ、確かに娘は噂程度気にもとめないでしょうし、倍返しはするでしょうが……」

「素晴らしいな! 侯爵夫人になるのであれば、やはりそれくらい強くないと務まらぬ」

「いや……まあそうなのですけど……。侯爵閣下に嫁ぐことが娘への褒美となる、というのは納得できません。どちらかといえば侯爵閣下への褒美ではありませんか? 娘のような若く美しい妻を娶れるのですから」

 不満げにそう言い放つ伯爵を、国王は冷めた表情で一瞥した。

「世間的に見れば、其方の言う通りなのだろうよ。だが一つ聞かせてくれ、伯爵は息女が誰に嫁げば幸福になれると思うのだ?」

「え? それは……娘と同年代の、それなりの身分の初婚の令息にです」

「……ふむ、元婚約者のエーミールはその条件に該当するな。で、婚約破棄も皇女の一件も無かったものと仮定して、エーミールの元に嫁いだとしたなら、其方の息女は幸福になれたかの?」

「そ、それは…………」

 ならないと断言できる。
 エーミールには相手への配慮が著しく欠けており、自分の欲にのみ忠実だ。
 そんな男と夫婦になって幸せになれるかと問われたら、なれないと即答できる。

「余はなれぬと断言できるぞ。調査官から提出された報告書を読んだが、まあエーミールの息女に対する態度の酷いこと……。息女が初恋だと言う割にはこれっぽっちも大切にしておらん。むしろ何か恨みでもあるのかと言わんばかりの酷い対応だ」

「はい……確かに……」

 国王の責めるような視線が耐えられない。
 言外に「お前はそんな男を娘の婚約者に宛がったのだ」と責められているようだ。

 いや、責められているようだ、ではなく責めている。間違いなく責めている。

「もう一度聞く。“同年代の、それなりの身分の初婚の令息”に嫁いで、息女は間違いなく幸せになれるか?」

「いえ……そんなことありません。私が浅慮でございました……」

「うむ、分かればよい。……それにだな、其方は想い合う者同士が夫婦になれることがどれだけ奇跡的で幸福なことか理解しておらぬ。少なくとも……余は其方と奥方以外には知らぬぞ。息女とて好いてもいない男エーミールの元に嫁ぐはずだったであろう?」

「あ………………」

 国王の気持ちが籠った言葉が伯爵の心を揺さぶる。

 そうだった。自分と妻がそうだから、当たり前のように思っていたが違う。
 政略結婚が基本の王侯貴族が、恋した相手と夫婦になれる確率なんてかなり低い。

 愛娘を好きでもない相手に嫁がせようとして、結果辛い目に合わせてしまったのに、今度は相手の年齢等を理由にその恋心を潰そうとしていた。

「それにな、其方の息女が嫁がないとすれば、侯爵には別の令嬢を娶らせることになる。そうしたら息女は好きな男が別の女と添い遂げる様を見なければならない。好いた相手が別の誰かと結ばれるのを見るのは存外辛いものだぞ。余も其方の奥方が其方の妻となった時、それなりに胸が痛かったのだから」

「陛下は王太子の頃、マリーゼに求婚しましたものね……。彼女には私という婚約者がいるのに」

「うむ、あの頃は随分と驕っておったからの。王太子である自分の求婚を断る女などいないと本気で思っておったわ。そんな驕りは其方の妻にバッサリと切られたがな。……余は其方が羨ましかったよ、想う女性からそこまで愛されておるのだから」

 どこか遠い目をする国王に伯爵はそれ以上何も言えなかった。

「それにな、息女が侯爵を見つめる目はマリーゼ夫人が其方を見つめる目にそっくりだ。ここまで言えば息女の気持ちが分かるだろう?」

「………………はい」

「それにな、其方も侯爵も余が最も信頼する者だ。両家が結びつくのは喜ばしいことよ」

 主君からそこまで言われたら嬉しいはずだ。なのに愛娘がオッサンのもとに嫁ぐことが嫌で純粋に喜べない。

「侯爵ならば妻をありとあらゆる者から守り抜くだろうよ。……例え帝国の間者が甘言を囁いてこようと、な」

「…………え? それは、どういう意味ですか……?」

 どうしてここで帝国が出てくるのか。

 意味が分からず伯爵はそう尋ねると、国王に緊迫した空気が走る。
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