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チェス盤を挟んで
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一目で上質な品だと分かる調度品に囲まれた部屋にて、ベロニカは国王とチェス盤を挟んで座っていた。
「ふむ、其方の腕は大したものだ。チェスの手ほどきは誰に受けた?」
「はい、父でございます」
「だろうな。この大人しいように見えて実は強かにこちらを追い詰める手、其方の父ヴィクトリア伯爵にそっくりだ。……ああ、また負けてしまった」
二度に渡る対局はいずれもベロニカの勝利。
だが、負けたというのに国王はどこか嬉しそうだ。
「も、申し訳ございません……。出過ぎた真似を……」
「いや、責めているのではないよ。手加減なしで対局に臨めと申したのはこちらの方だ。国王だからとわざと余に花を持たせるような対局ほどつまらぬものはない。勝負事は本気でやってこそ面白味があるというのに」
先ほどまで厳しい表情とは一変し、遊戯に興じる子供のように笑う国王。
それに対しベロニカは、何故自分が国王とチェスに興じているのだろうと疑問でいっぱいだった。
「こういった遊戯はその者の人間性が見えてくるので面白い。其方は顔は母君そっくりだが、中身は父親似なのだな。マリーゼ夫人はもっと真っ直ぐで分かりやすい」
「そ、そうでございますか……」
国王の目的が分からないのでベロニカは曖昧な返事のみを返した。
何も話がしたいのなら謁見の間で事足りる。
何故、わざわざ国王専用の遊戯室にてチェスに興じる必要があるのか。
「どうして余が其方をチェスに誘ったのか、疑問に思うだろう?」
いきなり確信を突かれ、ベロニカは一瞬チェスの駒を持ったまま固まってしまった。
「内緒話をするにはこれに限るからだ。謁見の間では人が多くて秘密の話もおちおち出来ぬからな」
「内緒話……でございますか?」
ベロニカは国王と私的な会話を交わすのはこれが初めてだ。
謁見はしたことがあるが、それは会話とは言えないだろう。
そんなほぼ初対面に等しい仲でしかない自分に、何の内緒話があるのだろう。
それに何だか自分は最近、色んな人に内緒話をされてばかりだ。
身構えるベロニカに国王は「まずは内緒ではない方の話をしようか」と優しい声音で語りかける。
「此度の其方と伯爵の献身により、我が国は帝国より質のいい鉄を輸入できることとなった。しかも大分安くな。その褒美として権利の一部をヴィクトリア伯爵家に譲渡することを決めた」
「まあ……! それは、父が喜びますわ……!」
「それと、いきなり攫うようにして王宮へと連れてきてすまなかったな。文句ひとつ言わずに粛々と受け入れてくれたおかげで予定よりも早く済んだ。本当にありがとう」
「畏れ多いことにございます。臣下として陛下のお心に添うのは当然のことです」
「うむ、それでだな……先ほど申した鉄の件は伯爵への褒美なので、それとは別に其方個人へ褒美をやりたいと思う。年若い令嬢が喜びそうな宝飾品なども用意はしているのだが……それだけではどうも味気ない」
それだけ言い終えると、国王はしばし悩む素振りをした後再び口を開いた。
「……ここからが内緒話になるのだが……其方、コンラッド侯爵に懸想しておらぬか?」
いきなり確信を突いた発言をされ、驚きのあまりにベロニカは持っていたチェスの駒を床に落としてしまった。
「図星か。先程、其方が侯爵に向けた顔を見てもしやと思ったのだが、やはりそうだったか。では本題に入ろう、其方……コンラッド侯爵に嫁ぐ気はあるか?」
「………………え?」
国王に対して不敬だと思うが、まさかの提案にベロニカはそれ以上言葉が出なかった。
「わ、わたくしが……侯爵閣下に?」
「うむ。此度の件でコンラッド侯爵家には跡継ぎがいなくなった。だから侯爵に後添えを……と考えていたところに、其方があのような顔であやつを見つめていたのを見た。それで閃いたのだよ、これが其方への褒美になるのではないかと。好いた男へ嫁ぐことは、政略結婚が当然の王侯貴族にとって喜ばしいことだと思わぬか?」
「確かにそれは…………ん? お待ちください、コンラッド侯爵家に跡継ぎがいなくなったとはどういうことでございますか? あの家には嫡男のエーミール様がいらっしゃいますし、皇女様も輿入れされるのでしょう?」
自分の恋心を知られ焦るベロニカだったが、ふと国王の発言が気になった。
コンラッド侯爵家にはエーミールがいるし、侯爵もエーミール以外に跡継ぎはいないと言ってたはず。
なのにそれがいなくなるとはどういうことだろう……?
「ふむ、其方の腕は大したものだ。チェスの手ほどきは誰に受けた?」
「はい、父でございます」
「だろうな。この大人しいように見えて実は強かにこちらを追い詰める手、其方の父ヴィクトリア伯爵にそっくりだ。……ああ、また負けてしまった」
二度に渡る対局はいずれもベロニカの勝利。
だが、負けたというのに国王はどこか嬉しそうだ。
「も、申し訳ございません……。出過ぎた真似を……」
「いや、責めているのではないよ。手加減なしで対局に臨めと申したのはこちらの方だ。国王だからとわざと余に花を持たせるような対局ほどつまらぬものはない。勝負事は本気でやってこそ面白味があるというのに」
先ほどまで厳しい表情とは一変し、遊戯に興じる子供のように笑う国王。
それに対しベロニカは、何故自分が国王とチェスに興じているのだろうと疑問でいっぱいだった。
「こういった遊戯はその者の人間性が見えてくるので面白い。其方は顔は母君そっくりだが、中身は父親似なのだな。マリーゼ夫人はもっと真っ直ぐで分かりやすい」
「そ、そうでございますか……」
国王の目的が分からないのでベロニカは曖昧な返事のみを返した。
何も話がしたいのなら謁見の間で事足りる。
何故、わざわざ国王専用の遊戯室にてチェスに興じる必要があるのか。
「どうして余が其方をチェスに誘ったのか、疑問に思うだろう?」
いきなり確信を突かれ、ベロニカは一瞬チェスの駒を持ったまま固まってしまった。
「内緒話をするにはこれに限るからだ。謁見の間では人が多くて秘密の話もおちおち出来ぬからな」
「内緒話……でございますか?」
ベロニカは国王と私的な会話を交わすのはこれが初めてだ。
謁見はしたことがあるが、それは会話とは言えないだろう。
そんなほぼ初対面に等しい仲でしかない自分に、何の内緒話があるのだろう。
それに何だか自分は最近、色んな人に内緒話をされてばかりだ。
身構えるベロニカに国王は「まずは内緒ではない方の話をしようか」と優しい声音で語りかける。
「此度の其方と伯爵の献身により、我が国は帝国より質のいい鉄を輸入できることとなった。しかも大分安くな。その褒美として権利の一部をヴィクトリア伯爵家に譲渡することを決めた」
「まあ……! それは、父が喜びますわ……!」
「それと、いきなり攫うようにして王宮へと連れてきてすまなかったな。文句ひとつ言わずに粛々と受け入れてくれたおかげで予定よりも早く済んだ。本当にありがとう」
「畏れ多いことにございます。臣下として陛下のお心に添うのは当然のことです」
「うむ、それでだな……先ほど申した鉄の件は伯爵への褒美なので、それとは別に其方個人へ褒美をやりたいと思う。年若い令嬢が喜びそうな宝飾品なども用意はしているのだが……それだけではどうも味気ない」
それだけ言い終えると、国王はしばし悩む素振りをした後再び口を開いた。
「……ここからが内緒話になるのだが……其方、コンラッド侯爵に懸想しておらぬか?」
いきなり確信を突いた発言をされ、驚きのあまりにベロニカは持っていたチェスの駒を床に落としてしまった。
「図星か。先程、其方が侯爵に向けた顔を見てもしやと思ったのだが、やはりそうだったか。では本題に入ろう、其方……コンラッド侯爵に嫁ぐ気はあるか?」
「………………え?」
国王に対して不敬だと思うが、まさかの提案にベロニカはそれ以上言葉が出なかった。
「わ、わたくしが……侯爵閣下に?」
「うむ。此度の件でコンラッド侯爵家には跡継ぎがいなくなった。だから侯爵に後添えを……と考えていたところに、其方があのような顔であやつを見つめていたのを見た。それで閃いたのだよ、これが其方への褒美になるのではないかと。好いた男へ嫁ぐことは、政略結婚が当然の王侯貴族にとって喜ばしいことだと思わぬか?」
「確かにそれは…………ん? お待ちください、コンラッド侯爵家に跡継ぎがいなくなったとはどういうことでございますか? あの家には嫡男のエーミール様がいらっしゃいますし、皇女様も輿入れされるのでしょう?」
自分の恋心を知られ焦るベロニカだったが、ふと国王の発言が気になった。
コンラッド侯爵家にはエーミールがいるし、侯爵もエーミール以外に跡継ぎはいないと言ってたはず。
なのにそれがいなくなるとはどういうことだろう……?
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