初恋が綺麗に終わらない

わらびもち

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この人、エーミールに似てる……?

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 急な登城要請というのもあり、最低限の支度だけ済ませて王家の馬車へと乗った。
 足りないものは全てこちらで用意する、という国王からの有難いようで有無を言わせないお言葉に甘んじ、最小限の荷物で。

 王宮へと到着する頃にはすでに辺りは暗くなっており、流石にそこから聞き取り調査を始めることはなかった。

 伯爵もベロニカもそれぞれ用意された客室へと足を運び、翌朝に調査官が参りますという女官の言葉を聞いて早々にベットへと入る。暇つぶしになるような本も持ってきていないので、することがなく寝るしかない。

 二人共ベットに横になりながら「あいつのせいでこんな面倒なことに……」と頭の中にエーミールを浮かべて罵った。



「ご機嫌麗しゅうございます、レディ・ヴィクトリア。この度、調査を担当させていただくキアラと申します」

 翌日、朝食が終わるとすぐに部屋の扉が叩かれ、女性の調査官に恭しく挨拶される。
 キアラと名乗った調査官は黒い髪に黒い瞳の異国的な雰囲気を持った人だった。

(ん? あれ…………?)

 この国には珍しい黒髪に黒い瞳よりもベロニカが驚いたのは、何故か一瞬

 髪色も瞳の色も、顔の造形だって違う。
 なのに何故か彼女の姿がエーミールに重なった。

「ご令嬢、どうされましたか……?」

 自分の顔を凝視したまま固まってしまったベロニカに困惑し、キアラは恐る恐る話しかける。それを見たベロニカは慌てて我に返った。

「ごめんなさいね、少しぼうっとしていたようだわ」

 ベロニカが柔らかく微笑むとキアラは安堵したように息を吐いた。

「昨日急いで登城されたと伺っております、きっとお疲れなのでしょう。それなのにこのような朝早くにお部屋を訪ねてしまい申し訳ありません」

 申し訳なさそうに頭を下げるキアラの姿にベロニカは再度驚愕した。
 何故だかは分からないが、一瞬エーミールが頭を下げたような錯覚が見えたのだ。

 彼がこんな申し訳なさそうにに頭を下げたことなど一度もない。
 あってもヘラヘラとこちらの神経を逆撫でるようなもので、キアラのように心から申し訳ないと思って頭を下げることはなかった。

 先ほどから頻繁に起こる錯覚に、ベロニカはきっと疲れているからだろうと理由付けた。
 それに昨晩は腹が立ちすぎてエーミールのことばかり考えていたから、そのせいもあるのかもしれない。

 気を取り直したベロニカはキアラに椅子を薦め、自分もテーブルを挟んだ向かいの椅子に座り、聴取を受けることにした。


「ではご令嬢、申し訳ございませんが、まずはこちらに署名を」

 キアラが差し出した書類には『ここで見聞きしたことは絶対に外部に漏らさないこと』という内容が記載されていた。

 なんでもこの婚約破棄の手続きが済んだ後、エーミールとベロニカの婚約に関わる話は全て箝口令を敷くことになるらしい。

「何故、箝口令が敷かれるの……?」

 通常、箝口令は何らかの事件や機密を外部に漏らさないために敷かれるものではないか。
 一貴族の婚約、しかも社交界ではだいたいの人に知られているであろうものにわざわざそんなことを……。

「ご説明します。まず、今回の“婚約破棄を遡った日付で行う”ということは異例中の異例で、王国の歴史を紐解いても一例も存在しません。わざわざ遡らなくとも、婚約の白紙撤回をしてしまえば済むことですから」

「確かにそうよね。帝国側もどうしてそんな異例なことを頼んできたのかしら……?」

「それは我が国と帝国の力関係が同等だからです。仮に、帝国が我が国に“婚約の白紙撤回”を求めた場合、あちらはこちらが結んだ契約を白紙に戻せと命令してるようなもの。力関係が拮抗している以上、こちらがあちらの命令を聞く義理などないのです。なので折衷案として遡った日付で婚約破棄を……つまりは皇女様と関係を持った時点でコンラッド侯爵子息は誰とも婚約関係になかった、とするのが一番かと」

「そう……なの? エーミール様が皇女様に手出ししたことは、我が国が有責となるのではないかしら?」

 命令を聞く義理はないと言うが、エーミールが皇女に手出ししたことでこちらに非があるのではないか。この場合、我が国が帝国に賠償を要求されてもおかしくないのに、なんであちらはこんなに下手に出ているのだろう。

「それがですね……。ご令嬢のお耳に入れるのは憚られるものでして……」

 目を泳がせるキアラにベロニカは「構わなくてよ」と答える。
 エーミールの奇行も愚行も散々耳にしたので、今更何を聞いても不快に思うことに変わりはない。

「実は……皇女様の方から子息に手を出したのです。しかも、媚薬を用いて……」

「まあ……! 媚薬を……?」

 エーミールの愚行ではなく皇女の愚行だった。
 さすがのベロニカもこれには驚愕を隠せない。

「ええ……子息を一目見た瞬間、激しい恋に落ちた皇女様はどうしても自分のものにしたくて、そのような凶行に及んだのだと……」

 あの男にそこまでの情熱を抱くことがベロニカには理解できないが、媚薬を用いたことの不味さは理解できる。

「我が国で媚薬の使用は禁じられていたわよね……。帝国ではそうじゃないけれども」

 なるほど、皇女が我が国の禁止薬物を用いたことで逆にこちらが帝国の弱みを握ったようなものなのか。

「ええ、これが帝国の市民でしたら極刑、一貴族でしたら服役させることも可能ですが……流石に皇女ともなると……」

 皇女を我が国で罰することは出来ない。

 だからといって罪をなかったことに出来ない。

 ああ、そうか。だからこちらが婚約破棄をすることの対価が鉄という、どう考えても帝国側に損としかいえない取引だったのか。

「皇女が他国で媚薬を用いたことが知れたら帝国では内乱が起きるやもしれません。反皇帝派にとって皇女の醜聞はそのキッカケと成りえます。それを防ぐためにも帝国は必死なのでしょう。……ご令嬢にはとんだとばっちりですが、どうかご協力をお願いいたします」

 深々と頭を下げるキアラにベロニカはいたたまれなくなった。
 自分もそうだがこの人も何も悪くない。なのにあの男と皇女のとばっちりで苦労を強いられているのだ。

「顔をあげてキアラさん、貴女は何も悪くないのよ。それとわたくしのことはどうぞベロニカと呼んで頂戴。長丁場になりそうだし“ご令嬢”では堅苦しいでしょう?」

「まあ……私のような身分の者になんという有難いお言葉を……。私のこともどうぞ“キアラ”と呼び捨ててくださいませ。平民の私に“さん”付けなど不要です」

「分かったわ。それにしてもキアラは言葉遣いも礼儀作法も綺麗なのね」

 平民というわりには貴族と遜色のない作法だ。
 
 それこそエーミールに近づいたランカ男爵令嬢庶子よりもずっと。

「お褒めいただき光栄です。……子供の頃にある貴族のお屋敷に勤めていたものですから」

 一瞬、キアラが寂しそうに笑う。

「今の領主様に代替わりする前のコンラッド侯爵家に、兄と共に。数年の間使用人として勤めておりました」

(え!? コンラッド侯爵家に? しかも先代の頃っていうと……)

 エーミールの亡くなった母、コンラッド侯爵家の嫡女についてキアラは知っているのだろうか。

 口には出さないがベロニカの心にそんな疑問が湧き、キアラの「子息は……亡くなったお嬢様によく似ております」という言葉で確信を得る。

 彼女はエーミールの亡くなった母の結婚前のことを知っているのだと。
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