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婿養子
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「ランカ男爵家より詫びの品が届いたぞ」
門前に連なる馬車と、そこから運び出される大量の荷物。
見ればそれは綺麗な紙で包装されたおり、どこからどう見ても贈り物の品だと分かる。
誰からだろう、と窓からそれを眺めていたベロニカに父が教えてくれた。
「あら、随分沢山ありますのね? それに対応のお早いことで……あれからまだ数日しか経っておりませんのに」
あれから、というのはランカ男爵令嬢ビビがエーミールと共に邸に突撃してきた日のことだ。
エーミールの非常識な行いはもちろんのこと、格下の令嬢に軽んじられたことは父の逆鱗に触れ、ランカ男爵家に抗議文をと息巻いていた。
だがこちらが抗議文を出すよりも早く、あちらから謝罪文が届いた。
異例ともいえる対応の早さにヴィクトリア伯爵も呆気にとられていたところ、それを追うようにこうやって詫びの品が届いたのだ。
「品物と一緒に届いた書状には『娘は除籍し遠くへ嫁に出した』とある。元凶を早々に追い出すとは……本当に対応が早いな。ここまでされてしまっては、こちらもこれ以上責められないではないか……」
「もういいのではありませんか? 元凶の令嬢も除籍したそうですし、詫びの品もこんなに頂きましたし……」
「ベロニカはそれでいいのか? その令嬢のせいで婚約破棄したようなものなのだぞ?」
「いえ、婚約破棄自体は嬉しいものですので構いません。これでわたくしがエーミール様を好いておりましたら令嬢のことが憎くてたまらなかったでしょうが、大嫌いなので別にいいです。それに……この書状を読む限りですと令嬢も十分罰を受けたようですし」
ランカ男爵令嬢は林業を営む家へ嫁に行ったようだ。
林業や農業を営む家では、嫁も朝から晩まで働き詰めだと聞く。
身の回りのことを全て誰かがやってくれていた貴族令嬢にそんな暮らしが耐えられるものだろうか。
「ランカ男爵令嬢がこのような罰を受けたというのに……元凶のエーミール様には何の罰もないのですね。あの方が連れて来なければ、令嬢もこんな罰を受けずにすんだでしょうに」
「どうだろうな。令嬢がエーミール殿をダンスに誘ったことで婚約が壊れたようなものだし、どっちにしても罰は受けていたかもしれないぞ。そもそもエーミール殿がダンスの誘いさえ断ればよかったんだ。一人の令嬢の人生を壊し、ベロニカの時間を無駄に浪費させたことは罪深い。だが、彼はコンラッド侯爵家唯一の跡取りだ。過分な罰を与えることは出来ないのだろうよ」
「唯一の跡取りですか? そういえば確かにエーミール様は一人息子ですけども……不思議なのはコンラッド侯爵閣下はどうして後添えを迎えて子を作らないのでしょうか? どの貴族家でも予備としてもう一人くらい子がいるものでしょうに……」
基本的に貴族家を継ぐのは嫡男だが、その子に何かあった時の為にもう一人二人子を成すのが一般的だ。
ヴィクトリア伯爵家にも嫡男の他次男がおり、更にその下にベロニカがいる。
だがコンラッド侯爵家にはエーミールしかいない。
彼の母は彼が産まれてすぐに亡くなったと聞くが、通常そういった場合でも後添えを迎え、子を作るものだ。
「ああそれは、コンラッド家の血を継ぐ後継者は侯爵閣下でなく奥方だったからだ。侯爵閣下は婿養子なのだよ」
「え!? 閣下が婿養子?」
「そうだ。あまりにも閣下に威厳があり優秀だから皆勘違いしているが、本当の後継者は亡くなった奥方だ」
「では……閣下は当主代理ということですか?」
この国では女性も爵位を継げる。
そして亡くなった場合はその子に継承権が行くが、成人するまでは婿が当主代理を務めるというのが一般的だ。
「いや、それは違う。閣下は先代侯爵の養子となっているから、結婚当初から当主は彼だ。先代侯爵は親戚の中でも優秀な彼を見初め、わざわざ養子縁組までしてから次の当主へと任命したらしい」
「え、ですが……それでは奥方様のお立場が……」
その家の直系が跡を継げないというのは不名誉なことになる。
余程のことがない限りは直系が当主となるのが普通なのに。
「それがな、その奥方はどうやら体が弱く、当主は務まらなかったようだ。だからわざわざ優秀な婿をとったそうだぞ」
「まあ……そうだったのですね」
だからあんなどうしようもない男でも侯爵の座に就けるのか。
他家ではいくら嫡男でも当主として不適格だと見なされたら放逐されるのに、何だか納得がいかない。
「だがなあ……侯爵閣下にも少ないがコンラッド家の血は流れているんだよ。閣下は分家の人間だし。だから別に後添えを迎え、新たに跡継ぎを成しても問題ないと思うんだがな。陛下もそう望んでいらっしゃるし……」
「え? どうしてそこで陛下が出てくるのですか?」
「陛下はコンラッド侯爵閣下を寵愛しておられるからな。なんせ真面目で優秀、そして忠義心も篤い。王太子殿下が即位した後もコンラッド侯爵家に支えてほしいと望んでおられるのだが……跡継ぎがあれじゃな。支えるどころか害にしかならん」
「それは……確かに」
「だから陛下は侯爵閣下に後添えを迎えるよう勧めているのだが……当の本人が頑なに首を縦に振らなくてな」
「そう……なのですか……」
父の言葉にベロニカは胸がギュッと締め付けられた。
陛下が後添えをと勧めても頑なに断るのは、亡くなった奥方を深く愛しているのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
(わたくしもそろそろ……ケジメをつけなくてはね)
どうあっても初恋の方と結ばれる未来はないのだ。
ベロニカは貴族の令嬢として、家に益のある方に嫁がなければならない。
いつまでもこの想いに囚われているわけにはいかない。
そう思ったベロニカは静かに決意した。
この想いを断ち切ることを……。
門前に連なる馬車と、そこから運び出される大量の荷物。
見ればそれは綺麗な紙で包装されたおり、どこからどう見ても贈り物の品だと分かる。
誰からだろう、と窓からそれを眺めていたベロニカに父が教えてくれた。
「あら、随分沢山ありますのね? それに対応のお早いことで……あれからまだ数日しか経っておりませんのに」
あれから、というのはランカ男爵令嬢ビビがエーミールと共に邸に突撃してきた日のことだ。
エーミールの非常識な行いはもちろんのこと、格下の令嬢に軽んじられたことは父の逆鱗に触れ、ランカ男爵家に抗議文をと息巻いていた。
だがこちらが抗議文を出すよりも早く、あちらから謝罪文が届いた。
異例ともいえる対応の早さにヴィクトリア伯爵も呆気にとられていたところ、それを追うようにこうやって詫びの品が届いたのだ。
「品物と一緒に届いた書状には『娘は除籍し遠くへ嫁に出した』とある。元凶を早々に追い出すとは……本当に対応が早いな。ここまでされてしまっては、こちらもこれ以上責められないではないか……」
「もういいのではありませんか? 元凶の令嬢も除籍したそうですし、詫びの品もこんなに頂きましたし……」
「ベロニカはそれでいいのか? その令嬢のせいで婚約破棄したようなものなのだぞ?」
「いえ、婚約破棄自体は嬉しいものですので構いません。これでわたくしがエーミール様を好いておりましたら令嬢のことが憎くてたまらなかったでしょうが、大嫌いなので別にいいです。それに……この書状を読む限りですと令嬢も十分罰を受けたようですし」
ランカ男爵令嬢は林業を営む家へ嫁に行ったようだ。
林業や農業を営む家では、嫁も朝から晩まで働き詰めだと聞く。
身の回りのことを全て誰かがやってくれていた貴族令嬢にそんな暮らしが耐えられるものだろうか。
「ランカ男爵令嬢がこのような罰を受けたというのに……元凶のエーミール様には何の罰もないのですね。あの方が連れて来なければ、令嬢もこんな罰を受けずにすんだでしょうに」
「どうだろうな。令嬢がエーミール殿をダンスに誘ったことで婚約が壊れたようなものだし、どっちにしても罰は受けていたかもしれないぞ。そもそもエーミール殿がダンスの誘いさえ断ればよかったんだ。一人の令嬢の人生を壊し、ベロニカの時間を無駄に浪費させたことは罪深い。だが、彼はコンラッド侯爵家唯一の跡取りだ。過分な罰を与えることは出来ないのだろうよ」
「唯一の跡取りですか? そういえば確かにエーミール様は一人息子ですけども……不思議なのはコンラッド侯爵閣下はどうして後添えを迎えて子を作らないのでしょうか? どの貴族家でも予備としてもう一人くらい子がいるものでしょうに……」
基本的に貴族家を継ぐのは嫡男だが、その子に何かあった時の為にもう一人二人子を成すのが一般的だ。
ヴィクトリア伯爵家にも嫡男の他次男がおり、更にその下にベロニカがいる。
だがコンラッド侯爵家にはエーミールしかいない。
彼の母は彼が産まれてすぐに亡くなったと聞くが、通常そういった場合でも後添えを迎え、子を作るものだ。
「ああそれは、コンラッド家の血を継ぐ後継者は侯爵閣下でなく奥方だったからだ。侯爵閣下は婿養子なのだよ」
「え!? 閣下が婿養子?」
「そうだ。あまりにも閣下に威厳があり優秀だから皆勘違いしているが、本当の後継者は亡くなった奥方だ」
「では……閣下は当主代理ということですか?」
この国では女性も爵位を継げる。
そして亡くなった場合はその子に継承権が行くが、成人するまでは婿が当主代理を務めるというのが一般的だ。
「いや、それは違う。閣下は先代侯爵の養子となっているから、結婚当初から当主は彼だ。先代侯爵は親戚の中でも優秀な彼を見初め、わざわざ養子縁組までしてから次の当主へと任命したらしい」
「え、ですが……それでは奥方様のお立場が……」
その家の直系が跡を継げないというのは不名誉なことになる。
余程のことがない限りは直系が当主となるのが普通なのに。
「それがな、その奥方はどうやら体が弱く、当主は務まらなかったようだ。だからわざわざ優秀な婿をとったそうだぞ」
「まあ……そうだったのですね」
だからあんなどうしようもない男でも侯爵の座に就けるのか。
他家ではいくら嫡男でも当主として不適格だと見なされたら放逐されるのに、何だか納得がいかない。
「だがなあ……侯爵閣下にも少ないがコンラッド家の血は流れているんだよ。閣下は分家の人間だし。だから別に後添えを迎え、新たに跡継ぎを成しても問題ないと思うんだがな。陛下もそう望んでいらっしゃるし……」
「え? どうしてそこで陛下が出てくるのですか?」
「陛下はコンラッド侯爵閣下を寵愛しておられるからな。なんせ真面目で優秀、そして忠義心も篤い。王太子殿下が即位した後もコンラッド侯爵家に支えてほしいと望んでおられるのだが……跡継ぎがあれじゃな。支えるどころか害にしかならん」
「それは……確かに」
「だから陛下は侯爵閣下に後添えを迎えるよう勧めているのだが……当の本人が頑なに首を縦に振らなくてな」
「そう……なのですか……」
父の言葉にベロニカは胸がギュッと締め付けられた。
陛下が後添えをと勧めても頑なに断るのは、亡くなった奥方を深く愛しているのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
(わたくしもそろそろ……ケジメをつけなくてはね)
どうあっても初恋の方と結ばれる未来はないのだ。
ベロニカは貴族の令嬢として、家に益のある方に嫁がなければならない。
いつまでもこの想いに囚われているわけにはいかない。
そう思ったベロニカは静かに決意した。
この想いを断ち切ることを……。
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