初恋が綺麗に終わらない

そんなルールは存在しませんけど？

「うるさい方達ですね。痴話喧嘩なら他所でやってくださる？」

　声に圧を込めれば二人は体をビクッと震わせた。

「ご、ごめん、ベロニカ……」

「いえ、謝罪は結構なのでもう帰ってください」

「そんな……僕の話を聞いてくれ！」

「聞く必要あります？　そもそも、わたくしに話があるなら何故そちらの見知らぬ女性を連れてきたのですか。貴方お一人でよろしいでしょう？」

「それはっ……！　彼女の方からあの夜会での出来事を説明してもらおうと……」

「……ご自分の言葉では説明できないと仰るの？」

　話しているうちにベロニカはエーミールが連れてきた女が誰かを思い出した。
　確かあの夜会の日、エーミールのダンスの相手をしていた令嬢だ。
　それにしても互いに名を呼ぶほど親しい中とは、もしかして彼女と男女の関係でもあるのかもしれない。

「いや、そんなことは……」

「ならご自分の言葉で説明してくださいな。それとそちらの女性の紹介をお願いします」

「あ、ああ。彼女はビビ・ランカ男爵令嬢だ。ビビ嬢はこの間の夜会が社交界デビューだったんだ。それで彼女から是非僕と踊りたいと誘いを受けてな、せっかくのデビュタントだし、いい思い出をと……」

「……それはつまり、婚約者であるわたくしを放置してそちらのビビ嬢を優先したということですよね？　なるほど、よく分かりました。それではお帰り下さい」

「え！？　どうして？」

「どうして、とはこちらの台詞です。わたくし以外の女性を優先したとわざわざ説明して、貴方はどうしたかったのですか？」

「それは……ベロニカとやり直したいと……」

「それは無理ですね。契約に則って婚約破棄の手続きは進めておりますので。既に侯爵閣下からも承諾を頂いておりますわ」

　呆れた顔でエーミールを見れば、何故か絶望の表情を浮かべていた。

　彼は言葉が通じないのだろうか？
　婚約者以外を優先すれば即座に婚約破棄、と父親から説明はされただろうに。
　何故それをやらかしておいて婚約が継続できると思ったのか。
　彼の思考が全く理解できない。

「だが……デビュタントは例外だろう？」

「は……どういうことです？」

　デビュタントは例外、とはどういう意味だろう。
　
　意味が分からずベロニカは首を傾げる。
　そしてそんな彼女に投げかけたエーミールの次の言葉はこれを上回るほど理解不能なものだった。

「デビュタントは望む男性と踊る権利がある、という社交界での暗黙のルールがあるのだろう？　僕はそのルールに則ってビビ嬢の誘いを受けたんだ。それは別に悪いことじゃないだろう？」

「え……何を仰っているんです？　そんなルールありませんけど……？」

　そんなルールなぞ存在しないし、聞いたこともない。
　彼は何を勘違いしているのだろうと呆気にとられていたベロニカだが、不意にあることを思いつく。

「もしかしてそれは……デビュタントの令嬢は王族と踊る権利がある、というのを勘違いしていらっしゃいます？」

「は……？　王族？　え？」

「社交界デビューの夜会で、令嬢は王族の男性と踊ることが出来るのですよ。わたくしもデビュタントの夜会で王子殿下にダンスのお相手をしていただきましたわ。母も当時の王太子殿下と踊ったと聞いております」

　この国では、社交界に初めて参加する令嬢に一夜の夢を見せるべく、その夜会に限り王子と踊ることが出来る。

　これは当然のように貴族の間で知られているものだが、エーミールがそれを知らない……というよりも曲解していることが不思議でならない。どこでそんな勘違いをしたのだろうか。