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少しの間の我慢
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「ふーん、侯爵閣下がそう仰るのなら仕方ありませんね」
「え!? いいのかい……?」
「あら、お父様はわたくしに反対してほしかったのですか?」
「いっ、いやっ……そんなことはない! そうじゃなくて、てっきりお前は承諾してくれないものかと……」
帰りの馬車の中、ヴィクトリア伯爵は娘へどう説明すべきかを必死に考えていた。
まずはコンラッド侯爵と交わした契約の内容を説明し、それで異論がある場合は説得する。
そう考えているうちにふと、その場で契約を結ぶのではなく一旦持ち帰るべきだったことに気付く。
『どうしてわたくしに相談もなくその場で契約を結ぶのです!? お父様なんてもう知りません!』
愛娘が涙目になってこちらを罵り、そのまま修道院まで行ってしまう光景が脳内に浮かび上がった。
不味い、と背中に冷や汗をかきながら馬車を降り、娘が逃げ出さないよう門前の警備を厳重にした後邸内へと入った。そして何が何でも説得せねば、とまるで和平をもちかける敗戦間近の将軍のような心境で娘と話す。
怒られる。そう覚悟していたのに、当の娘の口から出た言葉は意外にアッサリしたものだった。
「ええまあ、贅沢を言えば“解消”より“破棄”の方がいいので。それにエーミール様がその約束を守れるとはとても思えませんし、そう考えると少しの間我慢すればいいなと」
「えっ! 彼はこんな簡単な約束も守れないのか……?」
「守れないでしょうね。あの人は沢山の女性に囲まれていないと、生きていけないような方ですので」
「それはもう病気じゃないか……? そんなにおかしな男だったと思わなかった、すまないベロニカ……」
この婚約は元々コンラッド侯爵家からの申し出だった。
どうやら、どこぞの夜会でエーミールがベロニカを見初めたらしい。
身分も外見も申し分なく、父親としては娘を愛して大切にしてくれる男に嫁がせたいという願いもあって承諾したのだ。
エーミールが女性に人気があるとは聞いていたが、まさかそれに喜びを見出すような承認欲求の強い男だとはこれっぽっちも思わなかった。
「侯爵は真面目で厳格な人物なのでな……。息子のエーミール殿も同じような性格だと思ったのだが……」
「ええ、わたくしも侯爵閣下には何度かお会いしましたけど、とても誠実で真面目な御方ですよね。なのにどうしてエーミール様はあんななのかしら……」
軽薄さが滲み出ているエーミールと、厳格で誠実な侯爵は正反対だ。
雰囲気も似ていないが、顔もそういえば似ていない。
もしかして彼は亡くなった母親似なのだろうか?
そんな余計なことを考えながら、ベロニカは父親に真剣な眼差しを向けた。
「おそらく今度の夜会でまたやらかしますわよ。お父様は恙なく婚約破棄できるよう、準備を進めておいてくださいませ」
「今度の夜会って王家主催のあれか? やんごとなき人々が集まる夜会で、婚約者以外に鼻の下を伸ばすのか? 次期侯爵がそんなみっともない真似をするのか……?」
「甘いですね、誰がいようがエーミール様は構わずやりますよ。あの方は己の欲求が第一ですもの」
ベロニカはこのような契約でエーミールの性根が改善されるとはとても思えなかった。
婚約者である自分がいくら嫌だと訴えても改善しなかったのだから。
きっと、彼にとって異性に持て囃されることは婚約者よりも大切なものなのだろう。
「え!? いいのかい……?」
「あら、お父様はわたくしに反対してほしかったのですか?」
「いっ、いやっ……そんなことはない! そうじゃなくて、てっきりお前は承諾してくれないものかと……」
帰りの馬車の中、ヴィクトリア伯爵は娘へどう説明すべきかを必死に考えていた。
まずはコンラッド侯爵と交わした契約の内容を説明し、それで異論がある場合は説得する。
そう考えているうちにふと、その場で契約を結ぶのではなく一旦持ち帰るべきだったことに気付く。
『どうしてわたくしに相談もなくその場で契約を結ぶのです!? お父様なんてもう知りません!』
愛娘が涙目になってこちらを罵り、そのまま修道院まで行ってしまう光景が脳内に浮かび上がった。
不味い、と背中に冷や汗をかきながら馬車を降り、娘が逃げ出さないよう門前の警備を厳重にした後邸内へと入った。そして何が何でも説得せねば、とまるで和平をもちかける敗戦間近の将軍のような心境で娘と話す。
怒られる。そう覚悟していたのに、当の娘の口から出た言葉は意外にアッサリしたものだった。
「ええまあ、贅沢を言えば“解消”より“破棄”の方がいいので。それにエーミール様がその約束を守れるとはとても思えませんし、そう考えると少しの間我慢すればいいなと」
「えっ! 彼はこんな簡単な約束も守れないのか……?」
「守れないでしょうね。あの人は沢山の女性に囲まれていないと、生きていけないような方ですので」
「それはもう病気じゃないか……? そんなにおかしな男だったと思わなかった、すまないベロニカ……」
この婚約は元々コンラッド侯爵家からの申し出だった。
どうやら、どこぞの夜会でエーミールがベロニカを見初めたらしい。
身分も外見も申し分なく、父親としては娘を愛して大切にしてくれる男に嫁がせたいという願いもあって承諾したのだ。
エーミールが女性に人気があるとは聞いていたが、まさかそれに喜びを見出すような承認欲求の強い男だとはこれっぽっちも思わなかった。
「侯爵は真面目で厳格な人物なのでな……。息子のエーミール殿も同じような性格だと思ったのだが……」
「ええ、わたくしも侯爵閣下には何度かお会いしましたけど、とても誠実で真面目な御方ですよね。なのにどうしてエーミール様はあんななのかしら……」
軽薄さが滲み出ているエーミールと、厳格で誠実な侯爵は正反対だ。
雰囲気も似ていないが、顔もそういえば似ていない。
もしかして彼は亡くなった母親似なのだろうか?
そんな余計なことを考えながら、ベロニカは父親に真剣な眼差しを向けた。
「おそらく今度の夜会でまたやらかしますわよ。お父様は恙なく婚約破棄できるよう、準備を進めておいてくださいませ」
「今度の夜会って王家主催のあれか? やんごとなき人々が集まる夜会で、婚約者以外に鼻の下を伸ばすのか? 次期侯爵がそんなみっともない真似をするのか……?」
「甘いですね、誰がいようがエーミール様は構わずやりますよ。あの方は己の欲求が第一ですもの」
ベロニカはこのような契約でエーミールの性根が改善されるとはとても思えなかった。
婚約者である自分がいくら嫌だと訴えても改善しなかったのだから。
きっと、彼にとって異性に持て囃されることは婚約者よりも大切なものなのだろう。
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