初恋が綺麗に終わらない

わらびもち

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婚約を破棄してください

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「お父様、エーミール様との婚約を破棄してくださいませ」
 
 帰宅早々ベロニカは父親の執務室に突撃し、開口一番にそう告げる。
 父親はそんな娘を嗜めようと口を開くも、ベロニカはそれを遮るように叫んだ。

「女性にだらしないふしだらな男の妻になるなど御免です! 来るもの拒まずのあの性根では、結婚後に汚らわしい下の病を移されてくるに違いありません! お父様はわたくしが下の病に侵されてもいいと仰るの!?」

「下の病!? ベロニカ、淑女が何てはしたない言葉を……」

「はしたないのはわたくしではなくエーミール様の方でしょう!? 話をすり替えないでくださいませ! このまま婚約を続けるなんて無理よ! お父様はわたくしが下の病に侵されてもいいと仰るの!? わたくしのことがそんなに嫌いなのですか? 憎いのですか?」

「何を言うんだベロニカ! 私はお前を目に入れても痛くない程愛しているのだぞ!」

「ならばどうしてあのようなふしだらな男と婚約させたのですか! 外出する度いっつもいっつも女性に群がられ、それを遠ざけることもせずヘラヘラと……。気持ち悪いったらありませんわ! あんな男の妻になり、子を成せと言うのならいっそ死にます! あの男に触れられるくらいなら死んだ方がマシです!」

「そ、そんなに嫌なのか……? でも、エーミール殿はベロニカのことをだな……」

「エーミール様の気持ちがどうでも、わたくしが嫌なのです!」

「だが……自分の夫が女性に好まれるというのは自慢にならないか? お前の母、マリーゼは若かりし頃社交界一美しいともてはやされ……それこそ当時の王太子殿下すらも妻にと望んだほどだ。私はそんな彼女に選ばれたことを誇らしいと感じたのだぞ?」

「お言葉ですがお父様、お母様は寄ってくる殿方全てに愛想を振りまき、その間お父様を放置するような……ふしだらで思いやりのない女性だったのですか?」

「いやっ、それは違う! マリーゼはそんな安っぽい馬鹿な女じゃない!」

「そうですよね。お母様は殿方に群がられても毅然と対応なさっていたと聞きます。お父様以外を決して己の内に踏み込ませたりはしなかったと。貞節な淑女だと社交界でも有名ですよね? で、そんな高潔なお母様とふしだらなエーミール様、同列に扱ってもよろしいのかしら?」

 ヴィクトリア伯爵は二の句が継げなかった。
 
 伴侶がモテることはいいことだと言っても、寄ってくる異性全てにいい顔すればそれはただの好色と言える。
 ここで娘の言葉に頷けば、最愛の妻を好色な女と言っているも同じ。
 それをもし妻に告げ口などされようものなら、その瞬間から害虫を見るような目で見られてしまう。それは嫌だ。

「いや、すまん……。そうだな、伴侶が異性に群がられたら嫌な気分になるよな……」

 伯爵は娘にここまで言われるまで呑気に「伴侶がモテることはいいことだ」などと考えていた。
 だが最愛の妻を引き合いに出され、実際に妻が複数の男にチヤホヤされて嬉しそうにしている姿を想像し、嫌悪感が湧き出てしまった。それじゃただの好色だと。

「ええ、嫌です。ただ群がるならばいいのですよ、だけどそれを遠ざけることもせずにデレデレと嬉しそうに受け入れているところが嫌なのですよ! わたくしがどれだけ嫌だと伝えても一向に改善する気配もなく、いつもいつも同じことの繰り返し! もうウンザリなんですの! もしお母様が殿方に群がられて喜ぶような女性だったらお父様は好きになっていましたか!?」

「いや、それは……ならないと思う」

 それに、そんな男好きの女なぞ妻に出来ない。
 産まれた子供の出自すら疑ってしまう。

「なら婚約を破棄してくださいますね?」

「う、うーん……努力はしてみるが、あちらは身分がこちらより上だからなあ……」

「そこは頑張ってくださいまし。もし婚約を破棄できないようでしたら修道院に行って神の花嫁となります」

「修道院だと!? そこまでするのか……?」

「そこまでのことなのです! エーミール様と一生を共にするくらいなら、修道院で清貧な生活を送った方がずっと幸せですわ!」

 娘の剣幕に押された伯爵は小声で「う……分かった」と返す。
 
 娘は本気だ。婚約を破棄出来ねば修道院に行ってしまうだろう。
 いや、下手すれば自ら命を絶つなんてことも有り得る……。

 伯爵は愛娘の命を守るべく、さっそくコンラッド侯爵家へと先触れの手紙を書き始めた。
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