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婚約の経緯②

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「まともな家の、まともな子息に嫁いでも簡単に離婚は出来ないでしょう? 相手に難癖つけて離婚するのは良心が咎めますし……。なので難ありの家と子息を探していたのですよ。簡単に離婚が成立しそうな、そんな先を。アルバン子爵家はこれ以上ないほど条件に合致しておりましたよ。家は借金に塗れ、子息には平民の恋人がいるのですから」

 自分とその家が『難あり』と判断されたことが衝撃だったのか、エーリックは唖然として言葉が出なかった。
 そんな彼に構わずディアナは説明を続ける。

「アルバン子爵家のような借金塗れの家に、婚約と同時に融資を約束するような話を持ち掛ければ、どうすると思います?」

「それは……承諾するだろうな」

 そういえば両親はディアナとの婚約を泣いて喜んでいた記憶がある。
 あれは金目当てだったのかと、エーリックは今更ながら納得した。

「ええ、そうです。アルバン子爵は二つ返事で承諾しましたよ。その際に結んだがこれです」

 どうぞご覧ください、とディアナは手に持っていた紙を開き、エーリックの目の前に掲げた。

「は……? 何だこれは……。『融資の返済を求めない代わりに、エーリック・アルバンの一切の不貞を禁じる』だと……?」

 融資で返済を求めないなど有り得ない。それではまるで融資でなく施しではないか。
 それに見返りが不貞を禁じることでは、とてもこの金額には見合わない……。

「しかもこれを破った場合は即座に離婚、そしてアルバン家が所有する鉱山をセレネ家に譲渡すること……? え? 金を返すのではなくて……?」

 アルバン子爵家が所有する鉱山は、別に採掘量が国有数というわけではない。
 むしろ何も採れないからと祖父の代に閉鎖したような場所。
 あっても何も意味がない、そんな鉱山を何故見返りとして求めるのか……。

「なんであんな鉱山を見返りとして求めるんだ……? だってあそこは……」

「ええ、閉鎖しているのですよね。もちろん存じておりますよ」

「知っているのか……? だったら、何故……」

「それは後でご説明します。今は先に貴方に嫁げば離婚がしやすいことについて話しましょうか。わたくしがこの条件でアルバン子爵家に輿入れし、貴方がドリスさんと不貞を働いていることを指摘すればどうなると思います?」

「そんな……不貞なんかじゃない。ただ僕はドリスを愛しただけで……」

「ああ、そういうのは結構ですから。ようは『不貞を理由に離婚する』ということが目的だったのですよ。嫁ぎ先に恋人がいる家ならば、不貞を指摘することも簡単でしょう? 融資を理由に予め条件を定めておけば、離婚も簡単にできますしね。これが一つ目の理由です」

 確かにエーリックは結婚後もドリスとの関係を続けるつもりだった。
 しかも邸内にいるのだから、邸内で会おうとすらしていたのだ。

 本妻がいる家で、恋人と乳繰り合うなんて正気じゃない。
 だが、そんな正気じゃないエーリックだからこそ『離婚しやすい』とディアナに目を付けられたというわけだ。

「……待ってくれ。君はドリスの存在を最初から知っていたのか……?」

「ええ、まあ、お顔を拝見したのは結婚式の日が初めてですけど」

 ディアナは初めから知っていた。その事実にエーリックはひどく羞恥を覚えた。

 知らないと思っていたのだ。
 そして自分はそんなディアナを馬鹿にしていた。
 婚約者が別の女に夢中なことも知らず、ノコノコと嫁いでくる滑稽な女だと。

 だが、馬鹿で愚鈍なのは自分だった。
 彼女は最初から自分を既婚歴を付けるための“駒”としか見ていなかったのだから……。
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