10 / 18
下働き
しおりを挟む
「新入り! シーツの洗濯にいつまでかかってんだい!?」
「す、すみません……」
「汚れ物はまだまだあるんだよ! そんな調子じゃ日が暮れちまうじゃないか! もっと腰入れてやりな!!」
逞しい体躯の中年女性がエーリックの背中をパーンと音を立てて叩く。
その衝撃で彼の体は前のめりになり、危うく洗濯桶に顔から突っ込むところであった。
「いたた……。くっ……どうして僕がこんなことを……」
貴族から一転、落ちぶれたエーリックは現在セレネ伯爵家の下働きへと成り下がっていた。
どうしてこうなったのか。それは数日前まで遡る―――
*
駆け落ちまでした相手に逃げられたと知ったエーリックは、何を思ったのか再びセレネ伯爵家へと戻った。
もう何の関係もないのに戻られても迷惑だ。
そう告げても彼は斜め上の考えで非常識な言葉を吐く。
『君と僕は一度は愛を誓い合った仲だろう!? 見捨てるつもりなのか!』
その誓いを立てた直後で破った人間は、どこのどいつだ。
対応にあたったディアナはウンザリとした顔でため息をつく。
『下働きとしてなら邸に置いてあげます。使えなければ追い出しますので、精一杯頑張ってくださいましね?』
意外にもディアナは追い出すことはせず、エーリックを使用人として雇うことにした。
自分を裏切った男に対して破格の対応。
少なくともこれでエーリックは路頭に迷わずに済んだのだから。
だが、恩知らずを体現したかのような彼がディアナの温情に感謝するわけもなく……
「なんで僕がこんな下男のような真似をしなければいけないんだ……」
置いてもらってる、という謙虚な気持ちなどない。
頭にあるのは『どうして自分がこんな目に……』という被害者意識のみだ。
おまけに彼は”下男のような真似”と言うが、厳密に言えばこれは下女の仕事。
力仕事が主な下男の仕事では使い物にならなかったため、こうして洗濯女中の元まで回されたのだ。
だがそんなことすらもエーリックは理解していない。
貴族の頃から下男の仕事と下女の仕事に違いがあるとすら分かっていなかったのだから。
つくづく当主の器などこれっぽちもない男である。
「ほらっ、休憩終わったらさっさと次の洗濯に取り掛かりな!」
「は、はい……!」
おまけにこの指導係のような中年の洗濯女中は迫力が凄まじい。
一度反抗したら「お嬢様を捨てたろくでなしが何言ってんだい!」と鬼の形相で怒鳴りつけられた。
「うう……どうしてこんな目に……」
エーリックは下働きとして雇ってほしいなどこれっぽっちも思っていなかった。
ただディアナと元通り夫婦になり、セレネ伯爵家で優雅に暮らしたかっただけだ。
考え無しのエーリックはそんな都合のいい妄想を働かせていた。
仮にディアナと夫婦になっても彼がセレネ伯爵家に住むことはないというのに。
「ディアナ……ディアナに会いたい……」
大人しく自分のやらかした事と向き合うことなどしないエーリックは、己の置かれている状況すら理解せず、機会があればディアナに会おうとする。
だがその度に同僚の洗濯女中達にしこたま怒られるはめになった。
「お嬢様に会おうとするなんて図々しい! 下働きは主人一家の前に姿を見せちゃいけないっていう決まりを知らないのかい!?」
「浮気して逃げた盆暗がお嬢様に会ってどうしようって言うんだい!? 馬鹿言ってないでとっとと仕事に戻りな!」
人生経験の長い女性の迫力にエーリックは何も言えず、ディアナの姿を遠目から眺めることしか出来ない。
そんなことが続いたある日、エーリックは衝撃的な光景を目撃することとなった。
「す、すみません……」
「汚れ物はまだまだあるんだよ! そんな調子じゃ日が暮れちまうじゃないか! もっと腰入れてやりな!!」
逞しい体躯の中年女性がエーリックの背中をパーンと音を立てて叩く。
その衝撃で彼の体は前のめりになり、危うく洗濯桶に顔から突っ込むところであった。
「いたた……。くっ……どうして僕がこんなことを……」
貴族から一転、落ちぶれたエーリックは現在セレネ伯爵家の下働きへと成り下がっていた。
どうしてこうなったのか。それは数日前まで遡る―――
*
駆け落ちまでした相手に逃げられたと知ったエーリックは、何を思ったのか再びセレネ伯爵家へと戻った。
もう何の関係もないのに戻られても迷惑だ。
そう告げても彼は斜め上の考えで非常識な言葉を吐く。
『君と僕は一度は愛を誓い合った仲だろう!? 見捨てるつもりなのか!』
その誓いを立てた直後で破った人間は、どこのどいつだ。
対応にあたったディアナはウンザリとした顔でため息をつく。
『下働きとしてなら邸に置いてあげます。使えなければ追い出しますので、精一杯頑張ってくださいましね?』
意外にもディアナは追い出すことはせず、エーリックを使用人として雇うことにした。
自分を裏切った男に対して破格の対応。
少なくともこれでエーリックは路頭に迷わずに済んだのだから。
だが、恩知らずを体現したかのような彼がディアナの温情に感謝するわけもなく……
「なんで僕がこんな下男のような真似をしなければいけないんだ……」
置いてもらってる、という謙虚な気持ちなどない。
頭にあるのは『どうして自分がこんな目に……』という被害者意識のみだ。
おまけに彼は”下男のような真似”と言うが、厳密に言えばこれは下女の仕事。
力仕事が主な下男の仕事では使い物にならなかったため、こうして洗濯女中の元まで回されたのだ。
だがそんなことすらもエーリックは理解していない。
貴族の頃から下男の仕事と下女の仕事に違いがあるとすら分かっていなかったのだから。
つくづく当主の器などこれっぽちもない男である。
「ほらっ、休憩終わったらさっさと次の洗濯に取り掛かりな!」
「は、はい……!」
おまけにこの指導係のような中年の洗濯女中は迫力が凄まじい。
一度反抗したら「お嬢様を捨てたろくでなしが何言ってんだい!」と鬼の形相で怒鳴りつけられた。
「うう……どうしてこんな目に……」
エーリックは下働きとして雇ってほしいなどこれっぽっちも思っていなかった。
ただディアナと元通り夫婦になり、セレネ伯爵家で優雅に暮らしたかっただけだ。
考え無しのエーリックはそんな都合のいい妄想を働かせていた。
仮にディアナと夫婦になっても彼がセレネ伯爵家に住むことはないというのに。
「ディアナ……ディアナに会いたい……」
大人しく自分のやらかした事と向き合うことなどしないエーリックは、己の置かれている状況すら理解せず、機会があればディアナに会おうとする。
だがその度に同僚の洗濯女中達にしこたま怒られるはめになった。
「お嬢様に会おうとするなんて図々しい! 下働きは主人一家の前に姿を見せちゃいけないっていう決まりを知らないのかい!?」
「浮気して逃げた盆暗がお嬢様に会ってどうしようって言うんだい!? 馬鹿言ってないでとっとと仕事に戻りな!」
人生経験の長い女性の迫力にエーリックは何も言えず、ディアナの姿を遠目から眺めることしか出来ない。
そんなことが続いたある日、エーリックは衝撃的な光景を目撃することとなった。
752
お気に入りに追加
3,534
あなたにおすすめの小説

完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。
結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに
「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております

代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです
天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。
その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。
元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。
代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。


冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


【完結】真実の愛のキスで呪い解いたの私ですけど、婚約破棄の上断罪されて処刑されました。時間が戻ったので全力で逃げます。
かのん
恋愛
真実の愛のキスで、婚約者の王子の呪いを解いたエレナ。
けれど、何故か王子は別の女性が呪いを解いたと勘違い。そしてあれよあれよという間にエレナは見知らぬ罪を着せられて処刑されてしまう。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」 これは。処刑台にて首チョンパされた瞬間、王子にキスした時間が巻き戻った少女が、全力で王子から逃げた物語。
ゆるふわ設定です。ご容赦ください。全16話。本日より毎日更新です。短めのお話ですので、気楽に頭ふわっと読んでもらえると嬉しいです。※王子とは結ばれません。 作者かのん
.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.ホットランキング8位→3位にあがりました!ひゃっほーー!!!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる