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下働き

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「新入り! シーツの洗濯にいつまでかかってんだい!?」

「す、すみません……」

「汚れ物はまだまだあるんだよ! そんな調子じゃ日が暮れちまうじゃないか! もっと腰入れてやりな!!」

 逞しい体躯の中年女性がエーリックの背中をパーンと音を立てて叩く。
 その衝撃で彼の体は前のめりになり、危うく洗濯桶に顔から突っ込むところであった。

「いたた……。くっ……どうして僕がこんなことを……」

 貴族から一転、落ちぶれたエーリックは現在セレネ伯爵家の下働きへと成り下がっていた。
 どうしてこうなったのか。それは数日前まで遡る―――



 駆け落ちまでした相手に逃げられたと知ったエーリックは、何を思ったのか再び

 もう何の関係もないのに戻られても迷惑だ。
 そう告げても彼は斜め上の考えで非常識な言葉を吐く。

『君と僕は一度は愛を誓い合った仲だろう!? 見捨てるつもりなのか!』

 その誓いを立てた直後で破った人間は、どこのどいつだ。
 対応にあたったディアナはウンザリとした顔でため息をつく。

『下働きとしてなら邸に置いてあげます。使えなければ追い出しますので、精一杯頑張ってくださいましね?』

 意外にもディアナは追い出すことはせず、エーリックを使用人として雇うことにした。

 自分を裏切った男に対して破格の対応。
 少なくともこれでエーリックは路頭に迷わずに済んだのだから。
 
 だが、恩知らずを体現したかのような彼がディアナの温情に感謝するわけもなく……

「なんで僕がこんな下男のような真似をしなければいけないんだ……」

 置いてもらってる、という謙虚な気持ちなどない。
 頭にあるのは『どうして自分がこんな目に……』という被害者意識のみだ。

 おまけに彼は”下男のような真似”と言うが、厳密に言えばこれは下女の仕事。
 力仕事が主な下男の仕事では使い物にならなかったため、こうして洗濯女中の元まで回されたのだ。

 だがそんなことすらもエーリックは理解していない。
 貴族の頃から下男の仕事と下女の仕事に違いがあるとすら分かっていなかったのだから。
 つくづく当主の器などこれっぽちもない男である。

「ほらっ、休憩終わったらさっさと次の洗濯に取り掛かりな!」

「は、はい……!」

 おまけにこの指導係のような中年の洗濯女中は迫力が凄まじい。
 一度反抗したら「お嬢様を捨てたろくでなしが何言ってんだい!」と鬼の形相で怒鳴りつけられた。

「うう……どうしてこんな目に……」

 エーリックは下働きとして雇ってほしいなどこれっぽっちも思っていなかった。

 ただディアナと、セレネ伯爵家で優雅に暮らしたかっただけだ。

 考え無しのエーリックはそんな都合のいい妄想を働かせていた。
 仮にディアナと夫婦になっても彼がセレネ伯爵家に住むことはないというのに。

「ディアナ……ディアナに会いたい……」

 大人しく自分のやらかした事と向き合うことなどしないエーリックは、己の置かれている状況すら理解せず、機会があればディアナに会おうとする。
 
 だがその度に同僚の洗濯女中達にしこたま怒られるはめになった。

「お嬢様に会おうとするなんて図々しい! 下働きは主人一家の前に姿を見せちゃいけないっていう決まりを知らないのかい!?」

「浮気して逃げた盆暗がお嬢様に会ってどうしようって言うんだい!? 馬鹿言ってないでとっとと仕事に戻りな!」

 人生経験の長い女性の迫力にエーリックは何も言えず、ディアナの姿を遠目から眺めることしか出来ない。

 そんなことが続いたある日、エーリックは衝撃的な光景を目撃することとなった。
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