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アリッサの恋?
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選定期間四日目の午後、城で今まさに国際問題が勃発しそうな状況にある中、アリッサはバーティ家の一室で読書に興じていた。
「アリッサ、何を読んでいるんだ?」
「この邸の図書室にあった蔵書ですわ。中々興味深いですよ、お父様も読んでみます?」
読んでいた本に栞を挟んで閉じ、それを子爵へと手渡す。
どれどれ……と渡された本を開いて中に目を通す子爵だが、読み進めているうちに何とも言えない表情へと変化していった。
「……なんだこの荒唐無稽なお伽噺は……」
「お父様、お伽噺は荒唐無稽でないと面白くありませんよ?」
「いや、それはそうなのだが……私が知るものとは大分違う。だってこの内容……ただの村娘が王子に見初められて王妃になる? あるわけないだろう、馬鹿馬鹿しい……」
アリッサが読んでいた本は恋愛物語であった。
天真爛漫さと優しさだけが取り柄のヒロインが王子に見初められて王妃となり、いつまでも幸せに暮らしましたという予定調和もの。甘ったるい乙女の心情とキザな王子の愛を請う台詞はオジサンにはきつい。
そして何より理解しがたいのは平民が国母たる王妃に選ばれることだ。
知識・教養・財力・権威の全てが揃った令嬢が選出されることが当然とされているのに、どれも持ち合わせていないただの村娘に妃の位を授けるなど王子の正気を疑う。
「創作物としてなら面白いですよ? 現実でこんなことをすれば貴族の反感を買ってその座から簡単に追い落とされるでしょうけどね。あくまで物語としてなら楽しめます」
「そうか……オジサンには分からない感覚だ。しかし、大人びていてもやはりお前も年頃なのだな。こういう恋愛物語を好むとは……」
子爵がアリッサの娘らしさに感動していると、ふと何かに気づきハッとなった。
「いや、待て……。これはこの邸の蔵書なのだよな? ということは侯爵がこれを……?」
「多分そうでしょう。もしかするとこういうシチュエーションがお好みなのかもしれません。ちなみに他の蔵書も似たような内容の恋愛物語ばかりでした」
「そういえば侯爵もこれと似たようなことをやっているな……。しかし、理想と現実を一緒くたにしてはいかんだろう。身分差はそう簡単に埋められるものではないと分からぬものだろうか……」
呆れたように子爵が呟くと、ふとアリッサが一瞬悲しそうな顔を見せた。
「そうですよね……。身分差は、そう簡単には埋まるものではありません。その地位に似合った方と結ばれるほうが苦労はないでしょう……」
やけに気持ちが込められた口調に子爵は息を呑む。
まさか……と娘のやけに憂いを帯びた横顔を黙って見つめた。
(なんだこの……恋する乙女のような顔は……!? お父さんアリッサのそんな顔初めて見た……)
父親として言わせてもらえば娘のそんな顔は見たくなかった。
いつもの余裕のある表情ばかりを浮かべた強者然とした娘が、一国の王を言いくるめてしまうような策士の娘が、実の父親に女装姿を平気でさせるような精神強者の娘が……こんな、叶わぬ恋に身を焦がすような乙女の顔をするなんて……。
見目の良い娘の憂いを帯びた表情は息を呑むほどに美しい。
絵物語の挿絵に出てきそうなほど絵になる。
だけど物事全てを手の平で転がしていそうな娘が恋ごときで悩むことなどあるだろうか……。
「……お前でもそんなことを考えるのだな」
娘のこういうデリケートなことに口を出してはいけないと分かっていても、我慢できずつい口にしてしまった。しまった、と口を押さえる子爵の方を見もせずアリッサはポツリと呟いた。
「私にだって、叶えられぬことくらいありますわ……」
え? 何その意味深な発言は……。
まるで好いた相手がいることを匂わせるような発言。父親としては可愛い娘の口からそんなことを聞いてショックやら気恥ずかしいやらでどうしたらいいか分からない。
「アリッサ……。あの……」
その時、何かを言おうとした子爵の言葉を遮るように部屋の扉がノックされた。
「失礼いたします。今、よろしいでしょうか?」
なんだこんな時に……と怪訝な顔をする子爵とは反対にアリッサは「丁度良かったわ」と両手をポンと叩いた。
「この声は家令さんですね。丁度彼に話しておきたいことがあったのですよ。お父様、中に入れてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……勿論だ」
話が途切れてしまったことに子爵は何とも言えないモヤモヤとした気持ちになった。
娘に好いた相手がいるのかどうかが知りたいような知りたくないような……。
こんな父親特有の複雑な感情は初めて味わった。
出来ればこんな場所、こんな格好のまま味わいたくはなかったな……。
「アリッサ、何を読んでいるんだ?」
「この邸の図書室にあった蔵書ですわ。中々興味深いですよ、お父様も読んでみます?」
読んでいた本に栞を挟んで閉じ、それを子爵へと手渡す。
どれどれ……と渡された本を開いて中に目を通す子爵だが、読み進めているうちに何とも言えない表情へと変化していった。
「……なんだこの荒唐無稽なお伽噺は……」
「お父様、お伽噺は荒唐無稽でないと面白くありませんよ?」
「いや、それはそうなのだが……私が知るものとは大分違う。だってこの内容……ただの村娘が王子に見初められて王妃になる? あるわけないだろう、馬鹿馬鹿しい……」
アリッサが読んでいた本は恋愛物語であった。
天真爛漫さと優しさだけが取り柄のヒロインが王子に見初められて王妃となり、いつまでも幸せに暮らしましたという予定調和もの。甘ったるい乙女の心情とキザな王子の愛を請う台詞はオジサンにはきつい。
そして何より理解しがたいのは平民が国母たる王妃に選ばれることだ。
知識・教養・財力・権威の全てが揃った令嬢が選出されることが当然とされているのに、どれも持ち合わせていないただの村娘に妃の位を授けるなど王子の正気を疑う。
「創作物としてなら面白いですよ? 現実でこんなことをすれば貴族の反感を買ってその座から簡単に追い落とされるでしょうけどね。あくまで物語としてなら楽しめます」
「そうか……オジサンには分からない感覚だ。しかし、大人びていてもやはりお前も年頃なのだな。こういう恋愛物語を好むとは……」
子爵がアリッサの娘らしさに感動していると、ふと何かに気づきハッとなった。
「いや、待て……。これはこの邸の蔵書なのだよな? ということは侯爵がこれを……?」
「多分そうでしょう。もしかするとこういうシチュエーションがお好みなのかもしれません。ちなみに他の蔵書も似たような内容の恋愛物語ばかりでした」
「そういえば侯爵もこれと似たようなことをやっているな……。しかし、理想と現実を一緒くたにしてはいかんだろう。身分差はそう簡単に埋められるものではないと分からぬものだろうか……」
呆れたように子爵が呟くと、ふとアリッサが一瞬悲しそうな顔を見せた。
「そうですよね……。身分差は、そう簡単には埋まるものではありません。その地位に似合った方と結ばれるほうが苦労はないでしょう……」
やけに気持ちが込められた口調に子爵は息を呑む。
まさか……と娘のやけに憂いを帯びた横顔を黙って見つめた。
(なんだこの……恋する乙女のような顔は……!? お父さんアリッサのそんな顔初めて見た……)
父親として言わせてもらえば娘のそんな顔は見たくなかった。
いつもの余裕のある表情ばかりを浮かべた強者然とした娘が、一国の王を言いくるめてしまうような策士の娘が、実の父親に女装姿を平気でさせるような精神強者の娘が……こんな、叶わぬ恋に身を焦がすような乙女の顔をするなんて……。
見目の良い娘の憂いを帯びた表情は息を呑むほどに美しい。
絵物語の挿絵に出てきそうなほど絵になる。
だけど物事全てを手の平で転がしていそうな娘が恋ごときで悩むことなどあるだろうか……。
「……お前でもそんなことを考えるのだな」
娘のこういうデリケートなことに口を出してはいけないと分かっていても、我慢できずつい口にしてしまった。しまった、と口を押さえる子爵の方を見もせずアリッサはポツリと呟いた。
「私にだって、叶えられぬことくらいありますわ……」
え? 何その意味深な発言は……。
まるで好いた相手がいることを匂わせるような発言。父親としては可愛い娘の口からそんなことを聞いてショックやら気恥ずかしいやらでどうしたらいいか分からない。
「アリッサ……。あの……」
その時、何かを言おうとした子爵の言葉を遮るように部屋の扉がノックされた。
「失礼いたします。今、よろしいでしょうか?」
なんだこんな時に……と怪訝な顔をする子爵とは反対にアリッサは「丁度良かったわ」と両手をポンと叩いた。
「この声は家令さんですね。丁度彼に話しておきたいことがあったのですよ。お父様、中に入れてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……勿論だ」
話が途切れてしまったことに子爵は何とも言えないモヤモヤとした気持ちになった。
娘に好いた相手がいるのかどうかが知りたいような知りたくないような……。
こんな父親特有の複雑な感情は初めて味わった。
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