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身請けします
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翌日、数名の護衛騎士を引き連れた私はとある場所を訪れました。
夕日が沈み、夜の帳が下りた今がちょうどその場所の稼ぎ時。
そう、夜でも真昼のように明るく輝く場所。娼館です。
「お嬢様、ここからは決して我々の傍を離れないでくださいね。それと辺りをキョロキョロ見回したり、不安そうな顔をするのも危険ですからお止めください。どうぞ悠然と構えていてください」
侮られないように、と母から助言を受けた私は普段はしないような派手な服装と化粧で臨みました。
体のラインに沿い、胸元が大きく開いたワインレッドのドレスに真っ赤な口紅、宝飾品も大きく目立つ物を身に着け、裕福なマダムのような見た目です。
この場所では小娘と侮られたら負けです。
交渉に勝つためにもこちらはいかにも余裕、といったところを見せておかなくては。
お目当ての店を見つけ、扉を開けて入ると、そこには一人の痩せた中年男性がおりました。
「ようこそお越しくださいました、奥様。本日はどのような子をお探しで?」
私の姿を見た男性が揉み手で接客をしてきます。
よかった、どうやら彼に上客と見なされたようですね。
「ブラウンはいるかしら?」
男性に対し、私はお目当ての方の呼び名を告げました。
すると彼は不思議そうに首を傾げます。
「ブラウンですか? 彼よりももっとよい子はおりますよ? 奥様でしたら当店でもトップクラスの子を用意することが可能ですが……」
「いいえ、私はブラウンがいいの。彼をすぐにここへ呼んでちょうだい」
私が目配せすると、護衛が金貨の入った袋を男性の手に握らせました。
それに気を良くした男性は「すぐに呼んで参ります」と丁寧なお辞儀をして店の奥に消えていきます。
そして数分も立たないうちにその男性は柔らかな栗毛の美青年を伴って戻ってきました。
「お待たせいたしました、奥様。こちらがご所望のブラウンです」
ブラウン、と呼ばれた彼の顔を見て私は思わず涙が出そうでした。
ずっとずっと会いたくて、夢にまで見た彼がそこにいる……。
それが嬉しくてたまりません。
そんな彼は私に気付いて驚愕の表情を浮かべました
どうしてここに君が……、と言いたそうな表情です。
「それで奥様、希望のコースはどうされますか? うちは店外で宿泊も可能ですよ」
感動の再会に水を差すような言葉を向けられましたが、彼は男娼で、男性はこの店の主なのですからその質問は当然でしょうね。
「いいえ、彼はこのまま身請けするわ」
また私が目配せすると、護衛が先ほどとは比べ物にならないほど重い金貨袋をドンドンと机の上に乗せていきます。これだけで豪邸が建てられるほどの金額でしょう。
「え? 身請けですか!? ……失礼ながら、奥様は当店のご利用は初めてですよね?」
本来の身請けの流れはお得意様になってからなのでしょう。
だけどそんな時間はありません。もたもたしていたら誰か他の人に身請けされてしまいますもの。
「ええ、そうよ。だけど私は貴族なの。私が欲しいと思えばそれが全てよ。それともこのお金では足りないとでも……?」
私の言葉に護衛が更に金貨袋を追加していきます。
それを呆気にとられた様子で見ていた店主ですが、目の前に積まれる金貨袋と先ほどの私の言葉で決断したようです。
「奥様はお貴族様でしたか……これは失礼しました! もちろんこれだけお支払いいただけるのであれば、喜んでブラウンをお渡しします!」
よかった。交渉は上手くいったようです。
店主は短い時間で『ブラウンが稼げるであろう金額』と『私が積んだ金貨の額』を計算し、どちらの方に利益があるのかを判断したのでしょう。身請けの作法からは外れておりますが、それも『貴族のきまぐれ』とみなしてくれたようです。
商売人相手の交渉は、如何に相手を納得させられるだけの利益を提示するかが要である。
そう私に教えてくださったのはアルシア公爵様です。
流石は斜陽だったアルシア家を一代で立て直しただけのことはありますね。
公爵様は出来の悪い息子の代わりとして私に事業経営をさせたかったようでして、経営のノウハウを教授してくださいました。まさかその目論見を当の息子自身に砕かれるとは思っていなかったでしょうけども。
ブラウンと呼ばれた彼は事態が呑み込めないのか唖然とした顔をしていらっしゃいました。
私はそんな彼を連れ、店を出ます。
馬車に乗り込み、改めて彼の顔を真正面から見つめました。
優しい茶色の瞳。私が大好きな貴方の色。
ああ、この優しい色を、もう一度見たいと何度思ったことか……。
夕日が沈み、夜の帳が下りた今がちょうどその場所の稼ぎ時。
そう、夜でも真昼のように明るく輝く場所。娼館です。
「お嬢様、ここからは決して我々の傍を離れないでくださいね。それと辺りをキョロキョロ見回したり、不安そうな顔をするのも危険ですからお止めください。どうぞ悠然と構えていてください」
侮られないように、と母から助言を受けた私は普段はしないような派手な服装と化粧で臨みました。
体のラインに沿い、胸元が大きく開いたワインレッドのドレスに真っ赤な口紅、宝飾品も大きく目立つ物を身に着け、裕福なマダムのような見た目です。
この場所では小娘と侮られたら負けです。
交渉に勝つためにもこちらはいかにも余裕、といったところを見せておかなくては。
お目当ての店を見つけ、扉を開けて入ると、そこには一人の痩せた中年男性がおりました。
「ようこそお越しくださいました、奥様。本日はどのような子をお探しで?」
私の姿を見た男性が揉み手で接客をしてきます。
よかった、どうやら彼に上客と見なされたようですね。
「ブラウンはいるかしら?」
男性に対し、私はお目当ての方の呼び名を告げました。
すると彼は不思議そうに首を傾げます。
「ブラウンですか? 彼よりももっとよい子はおりますよ? 奥様でしたら当店でもトップクラスの子を用意することが可能ですが……」
「いいえ、私はブラウンがいいの。彼をすぐにここへ呼んでちょうだい」
私が目配せすると、護衛が金貨の入った袋を男性の手に握らせました。
それに気を良くした男性は「すぐに呼んで参ります」と丁寧なお辞儀をして店の奥に消えていきます。
そして数分も立たないうちにその男性は柔らかな栗毛の美青年を伴って戻ってきました。
「お待たせいたしました、奥様。こちらがご所望のブラウンです」
ブラウン、と呼ばれた彼の顔を見て私は思わず涙が出そうでした。
ずっとずっと会いたくて、夢にまで見た彼がそこにいる……。
それが嬉しくてたまりません。
そんな彼は私に気付いて驚愕の表情を浮かべました
どうしてここに君が……、と言いたそうな表情です。
「それで奥様、希望のコースはどうされますか? うちは店外で宿泊も可能ですよ」
感動の再会に水を差すような言葉を向けられましたが、彼は男娼で、男性はこの店の主なのですからその質問は当然でしょうね。
「いいえ、彼はこのまま身請けするわ」
また私が目配せすると、護衛が先ほどとは比べ物にならないほど重い金貨袋をドンドンと机の上に乗せていきます。これだけで豪邸が建てられるほどの金額でしょう。
「え? 身請けですか!? ……失礼ながら、奥様は当店のご利用は初めてですよね?」
本来の身請けの流れはお得意様になってからなのでしょう。
だけどそんな時間はありません。もたもたしていたら誰か他の人に身請けされてしまいますもの。
「ええ、そうよ。だけど私は貴族なの。私が欲しいと思えばそれが全てよ。それともこのお金では足りないとでも……?」
私の言葉に護衛が更に金貨袋を追加していきます。
それを呆気にとられた様子で見ていた店主ですが、目の前に積まれる金貨袋と先ほどの私の言葉で決断したようです。
「奥様はお貴族様でしたか……これは失礼しました! もちろんこれだけお支払いいただけるのであれば、喜んでブラウンをお渡しします!」
よかった。交渉は上手くいったようです。
店主は短い時間で『ブラウンが稼げるであろう金額』と『私が積んだ金貨の額』を計算し、どちらの方に利益があるのかを判断したのでしょう。身請けの作法からは外れておりますが、それも『貴族のきまぐれ』とみなしてくれたようです。
商売人相手の交渉は、如何に相手を納得させられるだけの利益を提示するかが要である。
そう私に教えてくださったのはアルシア公爵様です。
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公爵様は出来の悪い息子の代わりとして私に事業経営をさせたかったようでして、経営のノウハウを教授してくださいました。まさかその目論見を当の息子自身に砕かれるとは思っていなかったでしょうけども。
ブラウンと呼ばれた彼は事態が呑み込めないのか唖然とした顔をしていらっしゃいました。
私はそんな彼を連れ、店を出ます。
馬車に乗り込み、改めて彼の顔を真正面から見つめました。
優しい茶色の瞳。私が大好きな貴方の色。
ああ、この優しい色を、もう一度見たいと何度思ったことか……。
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