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わらびもち

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女官を派遣したい(王太子視点)

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 ビクトリアには何とかすると約束したものの、どうすればいいだろうか……。

 侍従に相談しても返ってくるのは「これ以上ケンリッジ公爵令嬢と親しくするのはお止めになった方がよろしいです」という答えのみ。

 せめてビクトリアの世話をする女官を派遣しようと女官長に相談するも、酷く冷たい声音でこう返された。

「王宮女官は王族ならびにそれに連なる方の為にいるのです。それでなくとも他家の方をお世話するために王宮職場を離れるなど言語道断です」

「ビクトリアは私の妻になるんだぞ? ならば王族に連なる存在ではないのか?」

「ケンリッジ公爵令嬢がであったならばそうですね。ですがすでに殿下とは婚約を解消した身、つまりは何の関係もない他人ではありませんか? いくら殿下の恋人といえども陛下の承認を得ていない関係ではわたくしども女官が侍る理由にはなりません。諦めてくださいませ」

「女官長は今のビクトリアを見ていないからそんな冷たいことが言えるんだ! 可哀想に……あれだけ華やかだったビクトリアの美貌は今や見る影もないんだぞ!? 私が愛したが損なわれるなどとんでもないことだ!」

 姿は本来のビクトリアではない。
 
 それにあのままでは私の妻として相応しくないではないか。

「…………殿下は、ケンリッジ公爵令嬢が美しくなければ愛せないのですか?」

「何を当たり前のことを聞いているんだ? 美しくないビクトリアなどではないか?」

 王子である私の寵愛を受けるなら美しくあることは当然だ。
 女官長はそんな当たり前のことすら理解していないのか?

「………………さようでございますか。それではどうしてもと仰るのならば陛下もしくは王妃殿下のご了承を得てからにしてください」
 
 ひどく呆れた様子の女官長はそれだけ言うと部屋から出ていってしまった。

 くっ……役に立たないなまったく!

 まあいい、それよりも父上か母上にビクトリアのことを相談しに行くか。
 父上はまた怒りそうだから母上の元へ行こう。
 母上はなんだかんだと私に甘いからな。すぐに女官を手配するなりしてくれるだろう。



「レイモンド、お前の頭はいったいどうなっているの? なんで自分を裏切った女の世話をさせるために王宮女官を派遣させようとしているの……? 意味が分からないわ……」

 ビクトリアのことを母上に相談したら呆れられてしまった。
 どうやら母上はまだビクトリアをしているらしいな。
 やれやれ仕方ない、それを解いてやらないと。

「母上、ビクトリアは私を裏切っていません。婚約解消の際に父上と母上に言った酷い台詞はケンリッジ公爵からそう言えと強要されたので仕方なく従っただけなのです! なのであれは彼女の本心ではありません」

「ケンリッジ公爵から強要されたですって……? お前はそれを誰から聞いたの?」

「もちろんビクトリア本人からです! 本当はそんなこと言いたくなかったけど仕方なかった、と泣いておりました。可哀想なビクトリア……あんな強欲な父親をもったばかりにいらぬ不幸を背負わされて……!」

 以前ビクトリアに会いにケンリッジ公爵家を訪れた際、他でもない彼女自身の口からそう聞かされた。
 
 彼女は私を裏切りたくなんてなかったが、父親の命令で仕方なく……と泣いていたんだ。

 あんなろくでもない父親をもったばかりに裏切り者の烙印を押されてしまうなんてビクトリアが可哀想だ!

「そう……。お前はそれを信じたのね……?」

「もちろんです! 愛する女性の涙を信じぬ男がどこにおりますか! 私はビクトリアを信じます、悪いのはケンリッジ公爵なのです!」

「ああそう…………。なら好きになさい」

「母上……! では、ビクトリアの世話をする女官を数名公爵邸に派遣してもよいのですか!?」

 やはり母上は父上と違って私のことを理解してくれるな!
 母上に相談してよかった!

「駄目に決まっているじゃないの、馬鹿も休み休み言いなさい。好きにしろと言ったのは、勝手に信じればいいわという意味よ。それにあんな我儘な子を世話させるなんて女官が可哀想よ」

「へっ…………?」

 分かってくれたんじゃないのか!?
 それに我儘って……ビクトリアが?

「お前はどうせ知らないでしょうけど、女官の間でビクトリアの評判は最悪だったのよ? 気まぐれで相手を振り回すものだから専属になりたがる女官がいなかったほどね。未来の王太子妃の専属希望が出ないってよっぽどのことだと理解していて?」

 はあ? ビクトリアの評判が最悪?
 そんな馬鹿な!? 確かに少し我儘ではあるが、それが彼女の魅力じゃないか!

「ビクトリアの我儘なんて可愛いものじゃないですか? それすら我慢できないなんて王宮女官も大したことないですね!」

「…………あのね、お前は生まれも育ちも王宮だけど、ビクトリアはのよ。それを理解していて?」

「…………はあ? 何を言っているんです?」

 ビクトリアがケンリッジ公爵家で生まれ育ったことなんて当然知ってるし、それが何だというんだ?
 母上は何が言いたい?

「例えばの話、ブリジット嬢が王宮で女官相手に好き放題に振る舞っていたらお前はどう思う?」

「は!? そんなの許せるわけないじゃないですか! ブリジットはマーリン公爵家の人間であって、王家の人間ではない! にもかかわらず王宮で好き放題するなんて図々しいにもほどがある!!」

「…………そういうことよ。ブリジット嬢をビクトリアに置き換えた状況がそれなの。ビクトリアは王宮で我儘三昧を繰り返していたのよ。……ブリジット嬢は我儘一つ言ったことはないけどね」

「あっ………………」

 昔から一緒にいたせいでビクトリアはもう家族のように思っていたのだが、よく考えれば彼女は王家の者ではない。そして当然王宮も彼女の家ではないのだ。

「乱暴な言い方をすればビクトリアは他人の家の使用人をこき使っていたのよ。お前と婚姻し、正式な王太子妃となればそれも許される行いだろうけど、まだ婚約者でしかないのに王宮女官に我儘放題なんて前代未聞よ!」

「それは……そうですが、ビクトリアの我儘なんて可愛いものじゃ……」

「可愛いなどと戯言を言うのはお前だけです! とにかく王宮女官をビクトリアの許に派遣するなどわたくしも陛下も決して許可しません!」

「そ、そんな……。それではビクトリアが……」

「あの子がどうなろうが知ったことではありません! それ以前に謹慎中だというのに王宮を出てケンリッジ公爵家に行くなどどうかしてるわ! このことは陛下にも報告しますからね!」

「えっ……!? は、母上、それは……」

「お黙り! 誰かレイモンドを部屋まで連れていきなさい!」

 父上にこのことが知られたら益々怒られるじゃないか……!

 そう母上に抗議しようにも近衛兵に力づくで部屋まで連れ戻されてしまった。

 うう……こんなことなら母上に相談するんじゃなかったな……。
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