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ブリジットの婚約
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翌日、朝一番に緊急招集がかかり王家の使者が公爵を迎えに邸を訪れた。
公爵は身支度もそこそこに使者と共に王宮に向かい、ブリジットと公爵夫人は邸に残った。
二人共不安のあまりに何をする気にもなれず、ただ心ここにあらずといった様子で只々待ち続けた。
結局公爵が屋敷に戻ったのは夕方過ぎとなり、疲れ切った様子の彼の口から今日の出来事が話される。
「王城へ向かうとすでにそこには帝国からの使者がいてな。やはりというかビクトリア嬢と王太子が今も通じているのではないかと責めていたよ。この国は帝国に喧嘩を売るつもりかと。まあそれは当然だな……」
やはり帝国は怒っている、と聞きブリジットは顔を青褪めた。
もしかしてこのまま開戦してしまうのかと不安に思っていると、公爵が思いもよらないことを口にした。
「そもそも……帝国はビクトリア嬢ではなく、ブリジットが来ると思っていたそうだぞ。そのことについても怒っていた」
「えっ…………? ど、どういうことですか!?」
公爵の話によると、帝国は最初に『公爵家の令嬢を皇太子の婚約者に』という話を王家に持ってきたらしい。
そしてこの国の公爵家の令嬢、しかも婚約者もいないとなるとブリジットしかいない。
なので当然ブリジットが来るだろうと思っていたら、やって来たのは王太子の婚約者だったビクトリア。
どうしてこうなった、と皇家は首を傾げるも、公爵令嬢であることは間違いないし、王太子と婚約解消までして帝国に来た女性を追い返すわけにもいかない。
致し方ない、とそのまま婚約者として扱うものの、恋文の件で元婚約者と未だに通じていると判断されたというわけだ。
『皇太子の婚約者にも関わらず他の男と通じるようなふしだらな女を妃には出来ない。しかもその男はこの国の王太子だなど、帝国を馬鹿にしてるのか?』
そう激怒し婚約解消されるのも当然の話だった。
「え? なら……ケンリッジ家が余計なことしなければ最初から私が帝国に行っていたということですよね?」
「ああ、そうなる。本当にあそこは余計なことばかりして国を滅茶苦茶に引っ掻き回す害悪な家だな……」
初めからブリジットが帝国に行けばこんな騒動は起こらなかったろうし、王太子に虐げられることもなかった。
事態をややこしくし、結果的に国を窮地に陥らせたケンリッジ家に王宮に集まった大臣達も憤慨していたとのこと。
「それでな、ビクトリア嬢に恋文を送り続けていた王太子の愚行に対する謝罪と賠償を求められたよ。賠償金は20億ゴールドだ」
「20億ゴールド!? え……貧乏な王家がそんな大金を支払えますか?」
「無理だろうな。元凶のケンリッジ家から出させることも考えたが、そちらはそちらで賠償金を請求されているから無理だろう」
「で、ですが……それが支払えないとなると、戦になってしまうのでは……?」
戦になればこの国に勝ち目はない。
人も建物も無残に壊され奪われる様を想像し身震いするブリジットに公爵は意外なことを言った。
「それがな……あちらはブリジットが皇太子殿下の婚約者として帝国に来てくれるなら、王家からの賠償金はなくてもよいと……」
「え………………?」
父親の言葉にブリジットは一瞬何を言われたか理解できずキョトンとしてしまった。
ここでどうして自分が帝国に嫁入りという話になるのかと。
「ブリジット、お前は帝国の皇太子殿下と面識があるのか?」
「は? え、ええ……夜会の際に数回お会いしたことはありますけど……」
王太子との婚約前、賓客として招かれた皇太子と挨拶を交わした覚えはある。
野生的な魅力の美青年だな、という印象はあるがそれだけだ。
特に踏み込んだ会話をしたわけでも、ダンスを踊った覚えもない。
「皇太子殿下はな、お前のことがものすごく好みなんだそうだ。本当はお前を花嫁にしたかったのだがケンリッジ家の横槍でそれも駄目になり落ち込んだそうだ。だから最初の予定通りにお前を、と望んできた」
「つまり……私が皇太子殿下と婚約すれば、この国に賠償は求めないと? 戦はしなくてもよいと?」
「ああ、そうなる。だがブリジット、私はお前に自身が望まない婚約をこれ以上強いたくない。だから受けるか否かはお前が決めるんだ。望まない王太子との婚約でお前は沢山傷つけられたんだ。もし嫌だといっても私が何とかしてやるから、もう無理はしなくてもいい」
確かに望まぬ婚約をし、しかもその相手に沢山傷つけられた。
そんな自分を思いやってくれる父の気持ちもありがたい。
だが、ブリジットは自分が帝国に行くことでこの国の安寧を保てるのならば迷うことなどなかった。
「お父様、私は帝国に行きます。そして未来の皇太子妃として立派に務めを果たしてみせます」
「ブリジット……!? そんなすぐに決めていいのか?」
「そうよブリジット、ただでさえ望まない王太子との婚約で傷つけられてきたんだもの、これ以上貴女が犠牲になることはないのよ?」
今まで望まない婚約に縛られ傷つけられてきた娘を心配する公爵夫妻は、ブリジットにこれ以上の我慢をさせたくなかった。それこそ賠償金をマーリン家が肩代わりしてでも娘のことを守るつもりでいたのだ。
「お父様とお母様のお気持ちはとても嬉しいです。ですがご心配には及びません。私は今度は自分の意思で皇太子殿下との婚約をお受けしたいと思います」
数回話した程度だが、帝国の皇太子は礼儀正しく常識的な人という印象がある。
何より王太子はブリジットを望まなかったが、皇太子は望んでくれている。
ならばそう不幸な婚約にはならないんじゃないか。
それに国の民の安寧の為になるなら喜んでこの身を差し出そう、とブリジットは決意した。
「そうか、お前は本当に立派だな。私達の自慢の娘だ。こんな素晴らしい娘を蔑ろにし、あの阿婆擦れを選んだ王太子の目は腐食しているのだろうな」
「ええ、本当に。ブリジットどこに出しても恥ずかしくない立派な淑女ですわ。あんなどこに出しても恥ずかしい阿婆擦れとは根本から違います。あの猿王子が阿婆擦れを選びたければ好きになさればよろしいのよ。それに、これで陛下も王太子とブリジットの婚約解消に了承してくれますものね」
「それは勿論だとも。陛下はブリジットを手放したくないから渋るだろうが、無理やりにでも了承してもらおうか。なんせ国の為だ、陛下のくだらない我儘など無視するしかない」
こうしてブリジットの帝国行きが決まり、その後の手続きは最速で行われた。
まず翌日にブリジットと王太子の婚約を解消し、その足で帝国の使者の元に向かい皇太子との婚約を了承する旨を伝える。それを聞いた使者は満面の笑みで帝国へと帰っていった。皇帝陛下と皇太子にこの件を伝えるために。
婚約解消については国王が大分渋ったが、大臣達から王太子の愚行をこれでもかと責められて泣く泣く了承したようだ。
公爵は身支度もそこそこに使者と共に王宮に向かい、ブリジットと公爵夫人は邸に残った。
二人共不安のあまりに何をする気にもなれず、ただ心ここにあらずといった様子で只々待ち続けた。
結局公爵が屋敷に戻ったのは夕方過ぎとなり、疲れ切った様子の彼の口から今日の出来事が話される。
「王城へ向かうとすでにそこには帝国からの使者がいてな。やはりというかビクトリア嬢と王太子が今も通じているのではないかと責めていたよ。この国は帝国に喧嘩を売るつもりかと。まあそれは当然だな……」
やはり帝国は怒っている、と聞きブリジットは顔を青褪めた。
もしかしてこのまま開戦してしまうのかと不安に思っていると、公爵が思いもよらないことを口にした。
「そもそも……帝国はビクトリア嬢ではなく、ブリジットが来ると思っていたそうだぞ。そのことについても怒っていた」
「えっ…………? ど、どういうことですか!?」
公爵の話によると、帝国は最初に『公爵家の令嬢を皇太子の婚約者に』という話を王家に持ってきたらしい。
そしてこの国の公爵家の令嬢、しかも婚約者もいないとなるとブリジットしかいない。
なので当然ブリジットが来るだろうと思っていたら、やって来たのは王太子の婚約者だったビクトリア。
どうしてこうなった、と皇家は首を傾げるも、公爵令嬢であることは間違いないし、王太子と婚約解消までして帝国に来た女性を追い返すわけにもいかない。
致し方ない、とそのまま婚約者として扱うものの、恋文の件で元婚約者と未だに通じていると判断されたというわけだ。
『皇太子の婚約者にも関わらず他の男と通じるようなふしだらな女を妃には出来ない。しかもその男はこの国の王太子だなど、帝国を馬鹿にしてるのか?』
そう激怒し婚約解消されるのも当然の話だった。
「え? なら……ケンリッジ家が余計なことしなければ最初から私が帝国に行っていたということですよね?」
「ああ、そうなる。本当にあそこは余計なことばかりして国を滅茶苦茶に引っ掻き回す害悪な家だな……」
初めからブリジットが帝国に行けばこんな騒動は起こらなかったろうし、王太子に虐げられることもなかった。
事態をややこしくし、結果的に国を窮地に陥らせたケンリッジ家に王宮に集まった大臣達も憤慨していたとのこと。
「それでな、ビクトリア嬢に恋文を送り続けていた王太子の愚行に対する謝罪と賠償を求められたよ。賠償金は20億ゴールドだ」
「20億ゴールド!? え……貧乏な王家がそんな大金を支払えますか?」
「無理だろうな。元凶のケンリッジ家から出させることも考えたが、そちらはそちらで賠償金を請求されているから無理だろう」
「で、ですが……それが支払えないとなると、戦になってしまうのでは……?」
戦になればこの国に勝ち目はない。
人も建物も無残に壊され奪われる様を想像し身震いするブリジットに公爵は意外なことを言った。
「それがな……あちらはブリジットが皇太子殿下の婚約者として帝国に来てくれるなら、王家からの賠償金はなくてもよいと……」
「え………………?」
父親の言葉にブリジットは一瞬何を言われたか理解できずキョトンとしてしまった。
ここでどうして自分が帝国に嫁入りという話になるのかと。
「ブリジット、お前は帝国の皇太子殿下と面識があるのか?」
「は? え、ええ……夜会の際に数回お会いしたことはありますけど……」
王太子との婚約前、賓客として招かれた皇太子と挨拶を交わした覚えはある。
野生的な魅力の美青年だな、という印象はあるがそれだけだ。
特に踏み込んだ会話をしたわけでも、ダンスを踊った覚えもない。
「皇太子殿下はな、お前のことがものすごく好みなんだそうだ。本当はお前を花嫁にしたかったのだがケンリッジ家の横槍でそれも駄目になり落ち込んだそうだ。だから最初の予定通りにお前を、と望んできた」
「つまり……私が皇太子殿下と婚約すれば、この国に賠償は求めないと? 戦はしなくてもよいと?」
「ああ、そうなる。だがブリジット、私はお前に自身が望まない婚約をこれ以上強いたくない。だから受けるか否かはお前が決めるんだ。望まない王太子との婚約でお前は沢山傷つけられたんだ。もし嫌だといっても私が何とかしてやるから、もう無理はしなくてもいい」
確かに望まぬ婚約をし、しかもその相手に沢山傷つけられた。
そんな自分を思いやってくれる父の気持ちもありがたい。
だが、ブリジットは自分が帝国に行くことでこの国の安寧を保てるのならば迷うことなどなかった。
「お父様、私は帝国に行きます。そして未来の皇太子妃として立派に務めを果たしてみせます」
「ブリジット……!? そんなすぐに決めていいのか?」
「そうよブリジット、ただでさえ望まない王太子との婚約で傷つけられてきたんだもの、これ以上貴女が犠牲になることはないのよ?」
今まで望まない婚約に縛られ傷つけられてきた娘を心配する公爵夫妻は、ブリジットにこれ以上の我慢をさせたくなかった。それこそ賠償金をマーリン家が肩代わりしてでも娘のことを守るつもりでいたのだ。
「お父様とお母様のお気持ちはとても嬉しいです。ですがご心配には及びません。私は今度は自分の意思で皇太子殿下との婚約をお受けしたいと思います」
数回話した程度だが、帝国の皇太子は礼儀正しく常識的な人という印象がある。
何より王太子はブリジットを望まなかったが、皇太子は望んでくれている。
ならばそう不幸な婚約にはならないんじゃないか。
それに国の民の安寧の為になるなら喜んでこの身を差し出そう、とブリジットは決意した。
「そうか、お前は本当に立派だな。私達の自慢の娘だ。こんな素晴らしい娘を蔑ろにし、あの阿婆擦れを選んだ王太子の目は腐食しているのだろうな」
「ええ、本当に。ブリジットどこに出しても恥ずかしくない立派な淑女ですわ。あんなどこに出しても恥ずかしい阿婆擦れとは根本から違います。あの猿王子が阿婆擦れを選びたければ好きになさればよろしいのよ。それに、これで陛下も王太子とブリジットの婚約解消に了承してくれますものね」
「それは勿論だとも。陛下はブリジットを手放したくないから渋るだろうが、無理やりにでも了承してもらおうか。なんせ国の為だ、陛下のくだらない我儘など無視するしかない」
こうしてブリジットの帝国行きが決まり、その後の手続きは最速で行われた。
まず翌日にブリジットと王太子の婚約を解消し、その足で帝国の使者の元に向かい皇太子との婚約を了承する旨を伝える。それを聞いた使者は満面の笑みで帝国へと帰っていった。皇帝陛下と皇太子にこの件を伝えるために。
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