6 / 19
ビクトリアの襲来
しおりを挟む
ブリジットが王宮から飛び出してきた日から数週間経った。
未だに彼女と王太子の婚約は継続されたままである。
もう後がないと知っている国王は、何が何でも婚約を解消しないと頑なな態度をとり続けたのだ。
一向に進まない婚約解消に焦れ、公爵夫妻が再び王宮へと足を運んだ日、一人の招かれざる客がマーリン家を訪れた。
「お願い! レイとの婚約を解消してちょうだい!」
先触れもなしにいきなり公爵家を訪れたのは帝国に渡ったはずのケンリッジ公爵令嬢ビクトリアだった。
やつれて美貌に陰りを見せた彼女は応対してくれたブリジットに開口一番そんな発言をかます。
親しい間柄でもない相手に対し、挨拶もなしにいきなり。
これにはブリジットも面喰ってしまい、しばし唖然としてしまった。
「…………ビクトリア様、帰国されていたのですか?」
ハッと我に返ったブリジットはビクトリアの発言を無視し、改めてそう聞いた。
何故、帝国に行ったはずの彼女がここにいるのか。
それが不思議で仕方ない。
帝国皇太子の婚約者がそう簡単に帰国できるはずがないからだ。
「そうよ。ちょっと前にね」
「はあ、そうなんですか……」
もしかして目の前の彼女はケンリッジ公爵令嬢に成りすました偽物なんじゃないか、とブリジットは訝しんだ。
王妃教育まで終えた公爵家の令嬢がここまで礼儀がなっていないのはおかしいと思ったからだ。
だが、ブリジットはビクトリアの顔を夜会などで数回見たことがあるが、話をするのはこれが初めてで、目の前の彼女が本物かどうかの判別はつかない。
そんなブリジットの探るような目にハッとなったビクトリアが慌てて取り繕った。
「ああ! ごめんなさいね、わたくしったら挨拶もなしにいきなりこんなことを! でもレイには貴女じゃなくてわたくしでないとやっぱりダメだのよ……それを分かってもらおうと思って!」
「はあ……レイとはどなたのことでしょうか?」
自分の意見だけをぶつける彼女にいちいち突っ込むのも馬鹿らしく思ったブリジットはそのまま会話を続けることにした。彼女の訪問の意図が分からないことには本物か偽物かも分からないからだ。
「王太子のレイモンドよ! 貴女が今婚約している相手のことよ!」
そういえば王太子はそんな名前だったな、とブリジットは今更思い出した。
彼は自分には名前呼びを許さなかったし、こちらも別に呼びたくなかったから”レイ”というのが彼の愛称だと結びつかなかった。
「はあ、王太子殿下のことでしたか。それで何故婚約を解消する必要が?」
すでに王太子とブリジットの婚約は破棄寸前で、それは社交界にも広がっているはずなのにビクトリアは知らなかったようだ。帝国にいたから情報が入ってこないのか、それとも彼女が偽物なのかとブリジットは判断に悩む。
「それはわたくしの方がレイに愛されてるし、わたくしの方がレイを愛しているからよ!」
うわ!この人王太子殿下と同じ人種だ、とブリジットは顔をひきつらせた。
王太子も愛があれば何でも許されると思っているお花畑な脳みそ所持者で、ビクトリアの方が好きだというしょーもない理由でブリジットを散々傷つけた。
ある意味この二人お似合いなんだな、とブリジットが冷めた目でビクトリアを見ると、何を勘違いしたのか彼女は涙をこぼしながら演説を始めた。
「分かってるわ……貴女もレイのことが好きなのよね? でも彼の心には昔からわたくしがいるの……それは今も変わらないわ。帝国に渡ってからも彼から何度も恋文が届いたの。それで分かったのよ……わたくしが真に愛しているのは彼だということを……!」
「え? 殿下は帝国にいる貴女に恋文を送っていたのですか?」
王太子が帝国皇太子の婚約者であるビクトリアに恋文を送っていたという事実にブリジットは顔を青褪めた。
帝国皇太子の婚約者に王太子が恋文を送るなど、この国が帝国に喧嘩を売っているようなもの。
帝国がこれを侮辱行為だとし、この国に宣戦布告しないとも限らない。
最悪の事態を想定し絶句するブリジットに、何を勘違いしたのかビクトリアは勝ち誇った顔を見せる。
「ええ、ショックよね、分かるわ。婚約者が別の女に愛を綴った手紙を送っているのだもの……。でも、これが現実なのよ。彼のことは諦めて……!」
王太子が自分以外の女に恋文を送ったことにブリジットが傷ついたと勘違いするビクトリア。
ブリジットは彼女のそのお花畑な勘違いと危機感のなさにゾッとした。
ブリジットとしては愛してもいない王太子が別の女に恋文を送ろうがどうでもいいことだ。
それよりも彼がやらかしている帝国への侮辱ととれる行為に恐怖を抱く。
そしてそれと同時にある仮説が頭によぎった。
――ビクトリア様はもしや皇太子殿下から婚約を破棄されたの……?
王太子からの恋文を喜々として受け取る彼女は不貞を犯していると言えなくもない。
そしてそれを理由に皇太子の婚約者の座に相応しくないとされ、帝国を追い出されたと考えると、今彼女がここにいるのも納得できる。
その後もペラペラとどうでもいい王太子との思い出を話すビクトリアだが、それどころではないブリジットは手短にこう告げる。
「婚約解消します……。王太子殿下にはビクトリア様こそ相応しいですわ」
聞きたいことは山ほどあるが、それを我慢してブリジットは彼女の望む回答のみを出した。
きっと「こっちが婚約解消を望んでも陛下が了承してくれないんですよね」だの「二人して帝国に喧嘩売る真似してどういうつもりですか!」と言ったところで彼女には響かないだろう。
王太子や彼女のように、愛が全てと思う人種は己の満足する答え以外を受け入れたりしないから、聞くだけ時間の無駄なのだ。
そしてその考えは当たっていた。ビクトリアは自身の要求が通ったことを嬉しく思い目を輝かせた。
「……ええ! 分かってくれて嬉しいわ! 貴女には悪いと思うけど……仕方ないことなのよ! 真実の愛で結ばれた二人が添い遂げることこそ正しいことよ!」
どうでもいいから早く帰ってほしいと思ったブリジットは執事に目配せし、半ば強引にビクトリアに帰宅を促した。自分の意見が通りご満悦な彼女はそれでも不満を言わずに帰っていく。
「とんでもないことになったわ……。お父様達に早くお伝えしなきゃ……」
青褪めた顔でブリジットはそう呟いた。
未だに彼女と王太子の婚約は継続されたままである。
もう後がないと知っている国王は、何が何でも婚約を解消しないと頑なな態度をとり続けたのだ。
一向に進まない婚約解消に焦れ、公爵夫妻が再び王宮へと足を運んだ日、一人の招かれざる客がマーリン家を訪れた。
「お願い! レイとの婚約を解消してちょうだい!」
先触れもなしにいきなり公爵家を訪れたのは帝国に渡ったはずのケンリッジ公爵令嬢ビクトリアだった。
やつれて美貌に陰りを見せた彼女は応対してくれたブリジットに開口一番そんな発言をかます。
親しい間柄でもない相手に対し、挨拶もなしにいきなり。
これにはブリジットも面喰ってしまい、しばし唖然としてしまった。
「…………ビクトリア様、帰国されていたのですか?」
ハッと我に返ったブリジットはビクトリアの発言を無視し、改めてそう聞いた。
何故、帝国に行ったはずの彼女がここにいるのか。
それが不思議で仕方ない。
帝国皇太子の婚約者がそう簡単に帰国できるはずがないからだ。
「そうよ。ちょっと前にね」
「はあ、そうなんですか……」
もしかして目の前の彼女はケンリッジ公爵令嬢に成りすました偽物なんじゃないか、とブリジットは訝しんだ。
王妃教育まで終えた公爵家の令嬢がここまで礼儀がなっていないのはおかしいと思ったからだ。
だが、ブリジットはビクトリアの顔を夜会などで数回見たことがあるが、話をするのはこれが初めてで、目の前の彼女が本物かどうかの判別はつかない。
そんなブリジットの探るような目にハッとなったビクトリアが慌てて取り繕った。
「ああ! ごめんなさいね、わたくしったら挨拶もなしにいきなりこんなことを! でもレイには貴女じゃなくてわたくしでないとやっぱりダメだのよ……それを分かってもらおうと思って!」
「はあ……レイとはどなたのことでしょうか?」
自分の意見だけをぶつける彼女にいちいち突っ込むのも馬鹿らしく思ったブリジットはそのまま会話を続けることにした。彼女の訪問の意図が分からないことには本物か偽物かも分からないからだ。
「王太子のレイモンドよ! 貴女が今婚約している相手のことよ!」
そういえば王太子はそんな名前だったな、とブリジットは今更思い出した。
彼は自分には名前呼びを許さなかったし、こちらも別に呼びたくなかったから”レイ”というのが彼の愛称だと結びつかなかった。
「はあ、王太子殿下のことでしたか。それで何故婚約を解消する必要が?」
すでに王太子とブリジットの婚約は破棄寸前で、それは社交界にも広がっているはずなのにビクトリアは知らなかったようだ。帝国にいたから情報が入ってこないのか、それとも彼女が偽物なのかとブリジットは判断に悩む。
「それはわたくしの方がレイに愛されてるし、わたくしの方がレイを愛しているからよ!」
うわ!この人王太子殿下と同じ人種だ、とブリジットは顔をひきつらせた。
王太子も愛があれば何でも許されると思っているお花畑な脳みそ所持者で、ビクトリアの方が好きだというしょーもない理由でブリジットを散々傷つけた。
ある意味この二人お似合いなんだな、とブリジットが冷めた目でビクトリアを見ると、何を勘違いしたのか彼女は涙をこぼしながら演説を始めた。
「分かってるわ……貴女もレイのことが好きなのよね? でも彼の心には昔からわたくしがいるの……それは今も変わらないわ。帝国に渡ってからも彼から何度も恋文が届いたの。それで分かったのよ……わたくしが真に愛しているのは彼だということを……!」
「え? 殿下は帝国にいる貴女に恋文を送っていたのですか?」
王太子が帝国皇太子の婚約者であるビクトリアに恋文を送っていたという事実にブリジットは顔を青褪めた。
帝国皇太子の婚約者に王太子が恋文を送るなど、この国が帝国に喧嘩を売っているようなもの。
帝国がこれを侮辱行為だとし、この国に宣戦布告しないとも限らない。
最悪の事態を想定し絶句するブリジットに、何を勘違いしたのかビクトリアは勝ち誇った顔を見せる。
「ええ、ショックよね、分かるわ。婚約者が別の女に愛を綴った手紙を送っているのだもの……。でも、これが現実なのよ。彼のことは諦めて……!」
王太子が自分以外の女に恋文を送ったことにブリジットが傷ついたと勘違いするビクトリア。
ブリジットは彼女のそのお花畑な勘違いと危機感のなさにゾッとした。
ブリジットとしては愛してもいない王太子が別の女に恋文を送ろうがどうでもいいことだ。
それよりも彼がやらかしている帝国への侮辱ととれる行為に恐怖を抱く。
そしてそれと同時にある仮説が頭によぎった。
――ビクトリア様はもしや皇太子殿下から婚約を破棄されたの……?
王太子からの恋文を喜々として受け取る彼女は不貞を犯していると言えなくもない。
そしてそれを理由に皇太子の婚約者の座に相応しくないとされ、帝国を追い出されたと考えると、今彼女がここにいるのも納得できる。
その後もペラペラとどうでもいい王太子との思い出を話すビクトリアだが、それどころではないブリジットは手短にこう告げる。
「婚約解消します……。王太子殿下にはビクトリア様こそ相応しいですわ」
聞きたいことは山ほどあるが、それを我慢してブリジットは彼女の望む回答のみを出した。
きっと「こっちが婚約解消を望んでも陛下が了承してくれないんですよね」だの「二人して帝国に喧嘩売る真似してどういうつもりですか!」と言ったところで彼女には響かないだろう。
王太子や彼女のように、愛が全てと思う人種は己の満足する答え以外を受け入れたりしないから、聞くだけ時間の無駄なのだ。
そしてその考えは当たっていた。ビクトリアは自身の要求が通ったことを嬉しく思い目を輝かせた。
「……ええ! 分かってくれて嬉しいわ! 貴女には悪いと思うけど……仕方ないことなのよ! 真実の愛で結ばれた二人が添い遂げることこそ正しいことよ!」
どうでもいいから早く帰ってほしいと思ったブリジットは執事に目配せし、半ば強引にビクトリアに帰宅を促した。自分の意見が通りご満悦な彼女はそれでも不満を言わずに帰っていく。
「とんでもないことになったわ……。お父様達に早くお伝えしなきゃ……」
青褪めた顔でブリジットはそう呟いた。
683
お気に入りに追加
5,252
あなたにおすすめの小説
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
婚約破棄をしてきた婚約者と私を嵌めた妹、そして助けてくれなかった人達に断罪を。
しげむろ ゆうき
恋愛
卒業パーティーで私は婚約者の第一王太子殿下に婚約破棄を言い渡される。
全て妹と、私を追い落としたい貴族に嵌められた所為である。
しかも、王妃も父親も助けてはくれない。
だから、私は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる