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わらびもち

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マーリン公爵夫妻

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「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しく。突然伺ったにも関わらずご対応頂きありがとうございます」

 挨拶の言葉だけは恭しいが、顔はちっとも笑っていないうえに圧がすごい。
 そんなマーリン公爵夫妻に冷や汗を流した国王が先手を打った。

「マーリン公爵、そして夫人、ご息女のこと大変申し訳なかった」

 背後から黒い靄が出ていると錯覚させるほどドス黒い怒りを醸し出す公爵を前に、国王は下手な言い訳は悪手だと踏んだ。すぐに謝罪し、この怒りを少しでも抑えねばと。

「国王陛下に謝っていただくなど畏れ多いことにございます。なあに、我が娘がビクトリア嬢に比べて至らぬ点があっただけのこと。至らぬ点がどこかはわたくしどもも理解しておらぬのですがね」

 言外に「うちの娘のどこがあの女に比べて劣ってんだよ、ああん?」という意味を含めた公爵の言葉に国王は二の句が継げなかった。だがそれを全く理解していないレイモンドが余計な発言をかましてしまう。

「公爵、私の物言いがブリジットを傷つけてしまったのは申し訳なく思う。だが私はどうしてもビクトリアが忘れられない……。だからつい彼女とブリジットを比べてしまうのだ」

「ほう?」

「レ、レイモンド! お前は何を言っているんだ!?」

 いきなり始まったレイモンドの独りよがりな演説にマーリン公爵は不敵な笑みを浮かべ、国王は焦りの表情を浮かべる。こいつは何の茶番を始める気かと。

「ビクトリアとは幼い頃から苦楽を共にして過ごした……まさに私の半身ともいえる大切な存在だ。そんな彼女を失った悲しさをブリジットにぶつけてしまったのだ……」

 レイモンドの自分に酔った言い草に国王は呆れた。
 こいつは全く反省していないし自分が悪いとも思っていない、と。

「ほうほう、殿下にとってビクトリア嬢はそんなに大切な存在だったんですね? それでは娘はにはなりませんね?」

 レイモンドのお花畑な物言いにも不敵な笑みを崩さない公爵の様子に国王は背筋が寒くなった。
 その笑みに物凄く嫌な予感がして仕方ない。

「ああ……誰もビクトリアの代わりにはなれない。私の愛はいまだ彼女のみに捧げられているのだから……」

 何をふざけたことをぬかしているのか!と国王がレイモンドを怒鳴りつけようとしたが公爵の言葉で遮られた。

「なら、娘との婚約は解消していただきましょうか。娘はビクトリア嬢の代わり……つまりは殿になれないのですからね」

「なっ……! 公爵、それは……!」

 慌てふためく国王とは反対に、涼しい顔で公爵は話を続けた。

「陛下、王太子殿下ご自身が仰ったのですよ? 誰もにはなれないと。……そこまで言われて、誰が可愛い娘を嫁がせたいと思うのですか」

「ええ、本当に。未来の王太子妃となるため寝食を削り努力を重ねていた娘を何だと思っているんです? ……馬鹿になさるのもいい加減にしてくださいませ」

 公爵に加えて夫人の絶対零度の眼差しと声音に国王もレイモンドも思わず身震いした。
 愛娘を奪われた挙句に蔑ろにされた親の怒りがひしひしと伝わる。

「当家も娘も十分王家に尽くしてきたと思うんですがねえ……? それなのに王家は我がマーリン公爵家を蔑ろにするとは……悲しいですな」

「ち、違うぞ公爵! 余はマーリン公爵家とブリジット嬢の献身に感謝しておる!」

「あら……ではどうして王太子殿下はこのような戯言を? ケンリッジ公爵令嬢をいまだ愛しているからといって、ブリジットを蔑ろにするのはどうなのでしょうねえ……?」

 公爵夫妻から代わる代わる繰り出される嫌味の応酬に国王はたじろいでしまう。
 どう言いつくろっても自分の息子が10割悪い。だからこそ返答に困ってしまう。

「すまない……レイモンドにはブリジット嬢を大切にしろとは言ってあったのだが……」

「まあ……! では、王太子殿下はを無視したと!? 王命に背くだなんて……正気でしょうか?」

 わざとらしい口調でおどける公爵夫人の発言に国王は絶句した。
 
 言い方に棘はあるものの、その内容は正論といえる。
 
 いかに親子といえど、国王が王太子に言いつけたことは王からの命令ともとれるだろう。
 
 それに反するということは王命に背いたも同然と判断できる。

「い、いや……公爵夫人、それはいささか大袈裟では……」

「あらそうですか? わたくしども臣下は陛下の言とあらば従うのが当然と思っておりましたわ。だからこそ愛娘を泣く泣く手放したのですけど……どうやらそれは大袈裟だったようですね? ねえ、旦那様?」

「そのようだな。陛下自ら大袈裟にとらえなくともよいと仰るのなら我らも殿

 この流れはまずい、と国王は冷や汗をかいたが時すでに遅かった。

 公的な場では息子といえど、公爵夫妻同様に国王の臣下であることは間違いない。
 なら、王太子が国王の命に従わないのであれば同じ臣下である公爵夫妻も従わなくてよいことになる。

 大袈裟などと言わず、国王は息子である王太子を夫妻の前で叱りつけなければいけなかった。
 今回の件はどう考えてもブリジットを不当に虐げた王太子が悪いのだから。

 それを怠り息子を庇ったせいで最悪の事態に発展してしまったのだ。

「なら娘の婚約は解消でよろしいですね? にも陛下のお言葉をご命令だと判断した私共が馬鹿正直に受けてしまいまいたが、やはり嫌なものは嫌なのでね。なあに、解消したところでなことにはならないでしょうよ」

 やたらと『大袈裟』をアピールする公爵に国王は言葉に困った。

「い、いやそれは…………」

「ええ、ブリジットでなくともまた別の誰かに頼めばよいだけの話ですもの。解消したとしてもなことにはなりませんわよね?」

 公爵夫人が追い打ちをかけてくるが、国王もここで折れるわけにはいかない。
 ブリジット以外の誰かなど、少なくとも国内には存在しない。そして悲しいことに国外にもいない。いるのならそもそも帝国の皇太子が国外に嫁を求めたりしないのだから。

「すまないがそれだけは勘弁してくれ……! ブリジット嬢との婚約を解消してしまえばレイモンドにはもう後がない……!」

「おやおや、ですよ陛下」

「そうですわ陛下、でしてよ。ブリジット以外の候補者がいないわけではないでしょう? たしか侯爵家に未婚の令嬢が2名ほどいたはずですわ。どちらかのご令嬢を新たな婚約者に迎えればよろしいのではなくて?」

 公爵夫人が言った2名の侯爵令嬢とは両方とも産まれて1年にも満たない赤子であった。
 
 流石に赤子相手に婚約を求める行為はこの国では非常識と眉を顰められる。

「ああ……ですが、王太子殿下はケンリッジ公爵令嬢以外を娶りたくないんですよね? ならどなたも無理ではなくて? もちろん、我が家の娘もね……」

 話は終わったと言わんばかりに公爵夫妻は席を立ちその場から去っていった。
 国王相手に無礼な行為ではあるが、先に無礼を働いたのは王太子なのだから知ったことではない。

 結局謝罪を受け入れてもらうことも婚約を継続してもらうこともできず、国王はその場で頭を抱えた。
 ふと王太子の方を見ると言われたことを理解していないのかポカンと呆けている。

 息子の教育を間違った、と後悔するもすでに遅い。
 公爵夫妻がブリジットと王太子の婚約継続を認めない限り彼女はもう王宮へは来ないだろう。

 二度も婚約を解消するなど恥でしかない……と国王は絶望した。
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