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愚かな王太子
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ブリジットが王宮から退去したとの報告を聞き、国王夫妻は王太子レイモンドを呼び出した。
「レイモンド! ブリジット嬢が出ていったとはどういうことだ!?」
「侍従の話ではブリジットは貴方とお茶をしている最中にいきなり席を立ち、そのまま王宮を後にしたと聞いたわ。レイモンド、貴方……ブリジット嬢に何を言ったの?」
前々から国王夫妻は息子の新しい婚約者への態度に苦言を呈していた。
ビクトリアがいなくなった今、王太子の婚約者になれるのはブリジットしかいない。
なのに彼はそれを理解していないのか、ブリジットに対して優しくしようとしない。
息子は自分の立場を分かっていないのか、と彼の言動は両親である国王夫妻を悩ませた。
「私はただ……ビクトリアとブリジットを比較しただけで……」
「ビクトリアだと? どうしてあの無礼にも一方的に婚約を解消したケンリッジの娘の名が出てくるのだ?」
国王夫妻はこちらの弱みに付け込んで一方的に婚約を解消したケンリッジ公爵とビクトリアを嫌っていた。
それこそ名前すら聞きたくないほどに。
「無礼なのはケンリッジ公爵だけでビクトリアは悪くありません。彼女は泣く泣く父親の命令に従っただけで……」
「は? お前は何を言っているんだ? ……ああ、今はその娘の話はいい。それよりもお前がビクトリアとブリジット嬢を比較したとはどういうことだ?」
国王は己の息子がブリジットのことを悪し様に言うだなんて少しも思っていなかった。
彼女は国のため、そしてレイモンドを王太子に返り咲かせるために婚約を引き受けてくれただけなのだから。
「い、いえ……ブリジットよりもビクトリアの方が優秀だったもので、その……」
「…………は? ビクトリアの方が優秀? 何を馬鹿なことを言ってるんだ? いや、それよりもまさか……お前はブリジット嬢をビクトリアと比べてこき下ろしたのではあるまいな!?」
そのまさかだったので、レイモンドは顔を青褪め俯いてしまった。
息子のその様子で全てを察した国王は顔を歪めて激昂した。
「このっ……愚か者が!! 何故あの娘と比べてブリジット嬢をこき下ろした!? お前はブリジット嬢のおかげで再び王太子に返り咲けたことを理解していないのか!」
「それは……分かっていますが、それとこれとは別で……」
「別であれば婚約者を蔑んでよいと言うのか!? 馬鹿者が! ケンリッジ公爵家の不義理な行いの尻ぬぐいをしてくれたブリジット嬢に対して何て失礼なことを……!!」
「レイモンド、お前はブリジット嬢よりもビクトリアの方が優秀だと言いますが、それは違うのではなくて? 教育係からの報告ではブリジット嬢の方がよほど優秀だとありますよ。お前は何をもってそんな愚かなことを言ったのですか?」
ブリジットの方がビクトリアよりも優秀、と王妃の口から出た言葉にレイモンドはひどく驚き、思わず反論した。
「何を仰っているのですか母上、そんなわけないでしょう? ブリジットは未だに5ヶ国語しか話せないんですよ!? ビクトリアは16歳の時すでに7ヶ国語をマスターしておりました! これのどこがブリジットの方が優秀だと言うのです?」
王族は10ヶ国語をマスターすることが必須となっている。
普通の貴族であれば3ヶ国語話せればいいものを、王族の主な仕事は外交なのでこれだけ覚える必要があるのだ。
「貴方それを本気で言ってるの……? ブリジットは王妃教育を受けてまだ1年しか経っていないのよ? 1年でそれだけマスターできたなら相当大したものじゃないの。それに比べてビクトリアは何年もかけてやっと7ヶ国語をマスターしたのよ? どちらが優秀かなんて明白じゃないの」
「あっ………………」
レイモンドはただ年齢のみで判断し、ブリジットがいつから教育を受けたかは頭から抜けていた。
ビクトリアは幼少の頃から王妃教育を受けていたのに対し、ブリジットはまだ始めて1年しか経っていない。
それだけの短い時間でこれだけ修めているのは彼女が相当優秀な証であるのに。
「それに、ビクトリアは18になっても10ヶ国語全てを学びきれなかったのよ? 言語の習得は妃としての必須項目だし、成婚前には成し遂げたかったのだけど無理だったの。彼女はどうもヤル気にムラがあるから教育が進みにくい、と教育係からも言われてたわ。ねえレイモンド、貴方は何をもってブリジット嬢よりビクトリアの方を優秀だなんて言うのかしら……?」
「えっ、あっ……そ、その……。で、ですが……ブリジットはビクトリアと比べると、私に対する配慮が足りないと……」
「配慮? 配慮とは何です?」
「その……私の趣味嗜好などへの理解が足りないかと! ビクトリアは私のことをよく分かっていたので共にいると居心地がよかったのです!」
「…………お前は馬鹿なの? 幼馴染として昔から交流のあったビクトリアと、まだ婚約して1年しか経たないブリジット嬢をそんなことで比べるなんて頭がおかしいとしか思えないわ。それに、どちらかといえばお前がブリジット嬢に配慮すべきではなくて? 彼女は慣れない王宮で必死に努力しているのに、婚約者のお前が配慮して支えてあげなくてどうするの!? はあぁ……まさかお前がこんなに傲慢で情けない男だとは……」
息子が婚約者に対して優しくできないどころか精神的苦痛を与えていたことに王妃はショックを隠せなかった。
どうして自分は気づかなかったのか、と悔やんでも悔やみきれない。
「とにかくレイモンド、お前はすぐにマーリン公爵家に向かいブリジット嬢に誠心誠意詫びてこい! 彼女に許してもらい婚約を継続してもらえなければお前は王太子のままでいられぬぞ!」
「……陛下、謝罪してもブリジット嬢が帰ってきてくれるとは思えません。努力を否定され、前の婚約者と比べて貶してくるような男を夫にしたい女性がいるでしょうか? 少なくともわたくしならごめんだわ。わたくしの子育てが悪かったばかりにブリジット嬢には辛い想いをさせてしまい、なんて申し訳ない……」
滅多に涙を見せない母親が嗚咽を漏らして泣く姿にレイモンドは困惑する。
自分が婚約者にしたことは母を泣かせるほどのことなのか、と。
「其方だけのせいではない。余こそ息子の所業一つ把握できなかったのだから……。だが今はこうして嘆いている場合ではない。すぐにでもマーリン公爵家に謝罪しに向かわないと取り返しがつかなくなる……!」
元々、マーリン公爵はこの婚約には反対していた。
そんな公爵が娘がこの事を知って激怒しないわけがない。
できるだけ早いうちに謝罪し、怒りを鎮めてもらわねば……と考えていた国王の許に嫌な報せが入った。
「陛下! 緊急にお伝えしたいことがございます! マーリン公爵ご夫妻が至急お会いしたいと……王宮にいらっしゃってます!」
「む……予想以上に動きが早いな……。致し方ない、直接会って誠心誠意謝罪をせねば……。レイモンド、お前も来い! いいか、公爵夫妻の前では決してブリジット嬢を貶めるような発言はするなよ?」
この時国王は分かっていなかった。
レイモンドが想像以上に傲慢で他者を思いやる気持ちの欠けた男だということを……。
「レイモンド! ブリジット嬢が出ていったとはどういうことだ!?」
「侍従の話ではブリジットは貴方とお茶をしている最中にいきなり席を立ち、そのまま王宮を後にしたと聞いたわ。レイモンド、貴方……ブリジット嬢に何を言ったの?」
前々から国王夫妻は息子の新しい婚約者への態度に苦言を呈していた。
ビクトリアがいなくなった今、王太子の婚約者になれるのはブリジットしかいない。
なのに彼はそれを理解していないのか、ブリジットに対して優しくしようとしない。
息子は自分の立場を分かっていないのか、と彼の言動は両親である国王夫妻を悩ませた。
「私はただ……ビクトリアとブリジットを比較しただけで……」
「ビクトリアだと? どうしてあの無礼にも一方的に婚約を解消したケンリッジの娘の名が出てくるのだ?」
国王夫妻はこちらの弱みに付け込んで一方的に婚約を解消したケンリッジ公爵とビクトリアを嫌っていた。
それこそ名前すら聞きたくないほどに。
「無礼なのはケンリッジ公爵だけでビクトリアは悪くありません。彼女は泣く泣く父親の命令に従っただけで……」
「は? お前は何を言っているんだ? ……ああ、今はその娘の話はいい。それよりもお前がビクトリアとブリジット嬢を比較したとはどういうことだ?」
国王は己の息子がブリジットのことを悪し様に言うだなんて少しも思っていなかった。
彼女は国のため、そしてレイモンドを王太子に返り咲かせるために婚約を引き受けてくれただけなのだから。
「い、いえ……ブリジットよりもビクトリアの方が優秀だったもので、その……」
「…………は? ビクトリアの方が優秀? 何を馬鹿なことを言ってるんだ? いや、それよりもまさか……お前はブリジット嬢をビクトリアと比べてこき下ろしたのではあるまいな!?」
そのまさかだったので、レイモンドは顔を青褪め俯いてしまった。
息子のその様子で全てを察した国王は顔を歪めて激昂した。
「このっ……愚か者が!! 何故あの娘と比べてブリジット嬢をこき下ろした!? お前はブリジット嬢のおかげで再び王太子に返り咲けたことを理解していないのか!」
「それは……分かっていますが、それとこれとは別で……」
「別であれば婚約者を蔑んでよいと言うのか!? 馬鹿者が! ケンリッジ公爵家の不義理な行いの尻ぬぐいをしてくれたブリジット嬢に対して何て失礼なことを……!!」
「レイモンド、お前はブリジット嬢よりもビクトリアの方が優秀だと言いますが、それは違うのではなくて? 教育係からの報告ではブリジット嬢の方がよほど優秀だとありますよ。お前は何をもってそんな愚かなことを言ったのですか?」
ブリジットの方がビクトリアよりも優秀、と王妃の口から出た言葉にレイモンドはひどく驚き、思わず反論した。
「何を仰っているのですか母上、そんなわけないでしょう? ブリジットは未だに5ヶ国語しか話せないんですよ!? ビクトリアは16歳の時すでに7ヶ国語をマスターしておりました! これのどこがブリジットの方が優秀だと言うのです?」
王族は10ヶ国語をマスターすることが必須となっている。
普通の貴族であれば3ヶ国語話せればいいものを、王族の主な仕事は外交なのでこれだけ覚える必要があるのだ。
「貴方それを本気で言ってるの……? ブリジットは王妃教育を受けてまだ1年しか経っていないのよ? 1年でそれだけマスターできたなら相当大したものじゃないの。それに比べてビクトリアは何年もかけてやっと7ヶ国語をマスターしたのよ? どちらが優秀かなんて明白じゃないの」
「あっ………………」
レイモンドはただ年齢のみで判断し、ブリジットがいつから教育を受けたかは頭から抜けていた。
ビクトリアは幼少の頃から王妃教育を受けていたのに対し、ブリジットはまだ始めて1年しか経っていない。
それだけの短い時間でこれだけ修めているのは彼女が相当優秀な証であるのに。
「それに、ビクトリアは18になっても10ヶ国語全てを学びきれなかったのよ? 言語の習得は妃としての必須項目だし、成婚前には成し遂げたかったのだけど無理だったの。彼女はどうもヤル気にムラがあるから教育が進みにくい、と教育係からも言われてたわ。ねえレイモンド、貴方は何をもってブリジット嬢よりビクトリアの方を優秀だなんて言うのかしら……?」
「えっ、あっ……そ、その……。で、ですが……ブリジットはビクトリアと比べると、私に対する配慮が足りないと……」
「配慮? 配慮とは何です?」
「その……私の趣味嗜好などへの理解が足りないかと! ビクトリアは私のことをよく分かっていたので共にいると居心地がよかったのです!」
「…………お前は馬鹿なの? 幼馴染として昔から交流のあったビクトリアと、まだ婚約して1年しか経たないブリジット嬢をそんなことで比べるなんて頭がおかしいとしか思えないわ。それに、どちらかといえばお前がブリジット嬢に配慮すべきではなくて? 彼女は慣れない王宮で必死に努力しているのに、婚約者のお前が配慮して支えてあげなくてどうするの!? はあぁ……まさかお前がこんなに傲慢で情けない男だとは……」
息子が婚約者に対して優しくできないどころか精神的苦痛を与えていたことに王妃はショックを隠せなかった。
どうして自分は気づかなかったのか、と悔やんでも悔やみきれない。
「とにかくレイモンド、お前はすぐにマーリン公爵家に向かいブリジット嬢に誠心誠意詫びてこい! 彼女に許してもらい婚約を継続してもらえなければお前は王太子のままでいられぬぞ!」
「……陛下、謝罪してもブリジット嬢が帰ってきてくれるとは思えません。努力を否定され、前の婚約者と比べて貶してくるような男を夫にしたい女性がいるでしょうか? 少なくともわたくしならごめんだわ。わたくしの子育てが悪かったばかりにブリジット嬢には辛い想いをさせてしまい、なんて申し訳ない……」
滅多に涙を見せない母親が嗚咽を漏らして泣く姿にレイモンドは困惑する。
自分が婚約者にしたことは母を泣かせるほどのことなのか、と。
「其方だけのせいではない。余こそ息子の所業一つ把握できなかったのだから……。だが今はこうして嘆いている場合ではない。すぐにでもマーリン公爵家に謝罪しに向かわないと取り返しがつかなくなる……!」
元々、マーリン公爵はこの婚約には反対していた。
そんな公爵が娘がこの事を知って激怒しないわけがない。
できるだけ早いうちに謝罪し、怒りを鎮めてもらわねば……と考えていた国王の許に嫌な報せが入った。
「陛下! 緊急にお伝えしたいことがございます! マーリン公爵ご夫妻が至急お会いしたいと……王宮にいらっしゃってます!」
「む……予想以上に動きが早いな……。致し方ない、直接会って誠心誠意謝罪をせねば……。レイモンド、お前も来い! いいか、公爵夫妻の前では決してブリジット嬢を貶めるような発言はするなよ?」
この時国王は分かっていなかった。
レイモンドが想像以上に傲慢で他者を思いやる気持ちの欠けた男だということを……。
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