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クリスフォードの来訪①

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 あれからそう日が経たないうちにエリナ様から贈り物が届いた。
 中身は以前会話に出てきた隣国の恋愛物語の本。
 なかなかに装丁の美しいそれに心が躍る。いったいどんな内容なのだろう。

 心が躍るままに本を開き、読み始めようとしたその時、不意に誰かが叫ぶような声が聞こえた。

「騒々しいわね。どうしたのかしら?」

「なんでしょうか? ちょっと見てきますので、お嬢様は部屋から出ないでくださいね」

 なにやら危険を感じたサリーが様子を見るために部屋を出た。
 しばらくして戻ってきた彼女の顔には嫌悪と怒りが浮かんでいる。

「どうしたのサリー? 何があったの?」

「それがですね……また来たんですよ。お嬢様の婚約者が……」

「あら、ここしばらく来ないと思ったらまた来たのね?」

「そうなんですよー……。しかも今日はしつこくて『お嬢様に会うまで帰らないー!』と地面に座り込んじゃったみたいです」

「まあ! あの気位の高い方が地面に!?」

「ええ、そこまでされると門番たちもどかせないしで困ってます。腐っても公爵家の人間ですし、無闇に触れるわけにもいかず……」

「それじゃ仕方ないわね。今回だけは会ってあげましょう」

「え!? いいんですかお嬢様?」

「ええ、ただし今回だけよ。次はないわ」

 エリナ様と話したことで彼がどんな人間かがよく分かった。
 それまでは理解不能で気味が悪くて、二度と言葉を交わしたくなかったが今は違う。

「応接室に案内して。それと室内には護衛騎士を数人配置してちょうだい」
 
 万が一彼が激高してこちらに襲い掛かってきた時の保険は用意しておかねば。
 あちらの方が爵位は上だが、防衛のためならば騎士は制圧しても不敬には問われない。

「ああ、それとお茶は用意しなくていいわ。もちろんわたくしの分もね」

 さっさと済ませて本の続きを読もう。
 私は本を閉じて応接室へと向かった。


 
 久しぶりに会ったクリスフォード様は随分と草臥れた姿をしていた。
 髪も肌も荒れていて、以前の貴公子めいた彼は何処に行ったのやらという風体だ。

「さて、お久しぶりですわね、ロバス子息。本日はどういったご用で?」

 低く、威圧を込めた私の物言いにクリスフォード様は随分と驚いている。
 それもそうだろう。婚約時代から私にこんな声で話しかけられたことなどないのだから。

「レオナ……そんな冷たい言い方はよしてくれ。私達の仲じゃないか?」

「まあ、どんな仲ですの? 親し気に言葉を交わすような間柄ではなかった、と記憶しておりますけど? それと質問に答えていただけます? 本日は、何の用があって当家へいらしたのですか?」

 淡々と矢継ぎ早に質問する私と、私の後ろに控える護衛騎士達に物々しい雰囲気を感じたのか彼は呆然としたままだ。
 
「何も話さないのでしたらお帰りいただけます? わたくしも暇じゃないんですよ」

「……待ってくれ! レオナ、どうして急にそんな冷たい態度を……」

「どうして? それは貴方に礼を尽くす理由が一切ないからですよ。いいですか? わたくしは今、善意で貴方の話を聞こうとしているのですよ? それなのに貴方はいつまで経っても用件を話そうとしない。一体どういうおつもりですか?」

「なっ……!? なんだその言い方は! たかが侯爵家風情が生意気な……!」

「左様ですか。ではお帰りください。ロバス子息がお帰りよ、玄関まで見送って差し上げて!」

 背後にいる護衛騎士にそう命じると、彼等はすぐさまクリスフォード様の両隣りに回った。
 すると彼は近くにまで来た護衛に驚き、慌てて弁解を始める。

「いや、待ってくれ! 分かった! 話すから!」

 彼がそう叫ぶと護衛騎士達はまた私の背後に戻った。
 彼等の目は常より鋭くなっており、睨みつけるようにクリスフォード様を見据えている。

 その眼力にビクッと体を震わせたクリスフォード様が小声で話し始める。

「実は……このままだと家を追い出されてしまうんだ! 父上は跡継ぎを妹に変えると言うし、そうなると私が邪魔だからどこかへ働きに出すと……」

「ふうん。そうなのですか」

 興味なさげに応える私にクリスフォード様は信じられない者を見るような目を向けた。

 そんな目を向けるということは、彼は私が同情するとでも思っていたのだろうか。
 だとしたら滑稽だ。

 彼の望む反応をするつもりなぞ、微塵もないというのに。


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