上 下
18 / 49

再会

しおりを挟む
 ここは、昔と変わらず美しいわ―――。

 久しぶりに訪れた王宮は記憶の中と変わらず、まるで楽園のような美しさのままだった。
 噴水の水は太陽に反射してキラキラと光り、花は色鮮やかに咲き乱れ、見る者の目を楽しませてくれる。

 特に美しいのは薔薇で飾ったアーチ。
 ここをくぐり抜けると王妃殿下専用の庭へと繋がる。

 昔はここに髪や服を引っ掛ける心配など皆無だったのに、今は気を付けないと駄目だ。
 薔薇に捕らわれぬよう慎重にそこをくぐり抜け、懐かしい庭へと向かう。

「えっ…………?」

 一層鮮やかな花々に囲まれたそこで待っていたのは妃殿下ではなかった。

 彼女によく似た優しい面差しの美しい方。
 私の初恋の君が微笑んでいた。

「久しぶりだね、レオナ」

 思い出よりも成長したその姿。
 より男らしさと色香が増した彼に目を奪われる。

「…………王太子殿下にご挨拶申し上げます」

 彼の姿に見惚れていたせいで挨拶が遅れてしまった。
 私は慌てて淑女の礼をとり、頭を下げる。紅く染まった顔を見られないよう深く。

「おや、昔のように“お従兄にいさま”とは呼んでくれないのかい?」

「お戯れを。もう子供ではございません。我が国の若き太陽に対し、そのような無礼がどうして出来ましょう」

 彼の前では淑女でありたい。
 隣に立つことは無理でも、せめて褒められるような女性でありたいのだ。

「そうだね、もう立派なレディだ。眩しいほど美しく成長したね」

「まあそんな……お褒め頂き恐縮です」

 本当は泣きそうなほど嬉しい。
 表に出さぬよう淑女の仮面を被ることが精一杯なほどに。

「まあ、座ってよ。一緒にお茶でも飲もう」

「え……? 殿下とですか?」

「そうだよ。嫌かな?」

「いいえ! 嫌だなんてとんでもない。ですが今日は王妃殿下から招待を受けておりますので……」

「……ごめん。それは私が母上に頼んで名前を貸してもらった。この場所もだけどね。未婚の令嬢を私の名で呼び出すのはよろしくないからさ」

「え? え……? な、なぜそのようなことを?」

「うん、それを今から説明するね。さあ、こちらへどうぞ……」

 愛しい彼に手を引かれ、庭に設置された椅子へと腰かけた。
 そしてテーブルを挟んで向かい側に彼が座ると、どこからともなく侍従がやってきてお茶の用意を始める。

 芳醇な香りが漂う琥珀色の液体が入ったカップを目の前に置かれ、湯気の向こうにいる彼の顔を盗み見た。

 蜂蜜色の眩い髪に、海のような深い青の瞳。
 王妃殿下によく似た美貌は年と共にその魅力を増している。

 会いたくて、夢にまで見た彼がそこにいる。
 それが嬉しくてたまらない。

 何故ここにいるのか考えられないくらいに。

「私の元婚約者がかなり迷惑をかけたようだね。諫めることが出来ず申し訳なかった」
 
 形のいい唇にカップの縁を寄せ、優雅にお茶を飲む姿に見惚れてしまう。

 それを隠すように私もお茶を一口飲み、ゆっくりと口を開いた。

「いいえ、殿下に謝っていただくなど恐れ多いことです。わたくしの元婚約者も、スピナー公爵令嬢に不適切な距離で接してしまい申し訳ございません」

「……互いに不誠実な相手と婚約を結んでいたようだね。正直言うと縁が切れてホッとしてる。もちろん君がロバス子息との縁が切れたこともね」

「え? それはどういう意味でしょうか……?」

「これでやっと君と婚約が結べるから、という意味だよ」

 私の目を真っ直ぐ見つめ、艶やかに微笑む殿下。
 その麗しい顔と衝撃の言葉に私は思わずカップを落としそうになった。

「殿下……それは……」

「私はね、子供の頃からずっと君がお嫁さんになると思っていたんだよ。君と二人でこの国を守っていくのだと、ずっと思っていた。でも……二代続けて同じ家から王妃を出すのはよろしくないと。そんな理由で君を諦めざるを得なかった……」

 二代続けて王妃の生家が同じでは権力に偏りが出る。
 そういう理由で私も初恋を諦めざるを得なかった。
 国の為と言われては、自分の恋を押し通すような真似など出来ようもない。

「そんな理由で宛がわれた婚約者がアレだ。恋心を持てないまでも、未来の妻として誠実に接してきたが……どうやら

 殿下のその言葉に耳を疑った。
 この国の大半の令嬢が望むであろう王太子殿下の婚約者の座。
 その幸運に恵まれておきながら、私が願っても得られなかった椅子に座っておきながら、それをお気に召さない?

 だからだろうか。噂では彼女はあまり王宮に顔を出さなかったと聞く。

「殿下とスピナー公爵令嬢の仲はそんなによろしいものではなかったと聞いております」

「よろしくないどころの話ではないな。彼女は私との交流を一切拒否していた」

「え!? 一切ですか?」

「ああ。私の恥となるので世間には漏れぬようにとスピナー公爵が情報統制をしてくれたので、当事者以外は知らぬのだが……」

「それは……気の使い方が間違っておりますね。それよりも公爵閣下はご自分の娘の不敬をどうにかした方がよろしかったかと」

 流石に婚約者、しかもこの国の王太子との交流を拒むなんて不敬が過ぎる。
 彼女はいったい何を考えてそんなことをしたのだろうか……。

「ああ、全くだ。むしろ世間に知られた方が早く婚約を解消できたものを……公爵が変に娘を庇うから解消ではなく破棄になってしまった。流石にこの国の流通の大部分を占めるレブンス商会と、各貴族家から抗議されるような娘を国母になど出来ないからね。彼女はレオナを含めた複数の婚約を壊した。ロバス子息と同様に婚約者持ちの令息と必要以上に親密になることでね」

「まあ……わたくし以外の婚約も壊れてしまったのですか……」

 スピナー公爵令嬢が婚約者持ちの令息と親しくしていることは知っていたが、その婚約が壊れていたことは知らなかった。だが私同様に他の令嬢もあんなことをされては婚約破棄したくなるのも当然かもしれない。

「そこまで奔放な令嬢を家柄だけで婚約者に定めてしまったことを陛下は後悔してらっしゃるよ。とはいってもここまで酷いとは想像もしていなかっただろうけど」

「それは、我が父もそうですわ……」

 あんな婚約者との交流に別の女を連れてくるような非常識で無神経な男と縁を結んでしまったことを泣いて謝られた。父も陛下同様に彼があそこまで酷いとは想像もしていなかったろう。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

なんで元婚約者が私に執着してくるの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:951pt お気に入り:1,844

わたくし、異世界で婚約破棄されました!?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:3,846

私に不倫を持ちかけたイケメン御曹司は、生き別れの兄でした

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:5

【完結】え?王太子妃になりたい?どうぞどうぞ。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:509

最初から間違っていたんですよ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,185pt お気に入り:3,351

【完結】運命の番じゃないけれど

恋愛 / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:764

処理中です...